シーフ・アンド・キング_1
イストゥールの東側。
穏やかな平地となだらかな山々に囲まれたエッカワ。
山岳地帯に構え大きな湖や川のあるアターチ。
その間に位置するカシン街。
王都に向かう間には、 海に面した村などもあり、 恵まれた国土を有するスミャカーナ国。
オリヘン・アーサー王が統治するこの国は農業や漁業、毛織物業など様々な生産業に恵まれた王国であり、 のんびりとして栄えていた。
スミャカーナ出身の人間は口を揃えて「住むならあそこだ」と言う程で、カシン街には周りの村から集まった人々や商人が市場を賑わせ、宿屋や商館も存在している。
ニートはカシン街の入り口に立っている。
レンガを積み立てカシン街を覆うように作られた壁。
商人の荷車が通れるように少し大きめに作られたアーチ状の門。
門と言っても扉はなく、誰でも入れるようになっている。
と言うのもカシン街自体が森林地帯の中にありイストゥール国民以外は一度、スルダン王都を経由しなければならない。
その為、変な入国者はおらず隣接する村々は自由に行き来する事が出来るようになっている。
それでもまれに侵入する者もいるが、王都より派遣されている警備の兵達の宿舎もあり、目立った賊等はおらずカシン街は開かれた街となっていた。
ニートは歩き出し門をくぐり抜けた。
子供の頃、母の商売を手伝う為に何度かきた事のある懐かしい街。
市場の露店で品を売る声。
街を歩く人々の足音。
様々な人の会話。
彼は懐かしい喧騒と、久しぶりに感じる他人の存在に童心に似た高揚と、不安を感じていた。
というのも彼が街に来るのは本当に久しぶりなのである。
エッカワ村では小さな学舎を15で卒業する。
すると村の子供達は皆、それぞれの家業を継いだり街に出たり、王都に就学に行くのだが
森をフラフラ
山をフラフラ
日課の川釣りで晩飯の魚を釣っては毎日
彼はのんびりしていた。
そのおかげで関わる人といえば殆ど母親のみ。
そんなターニャは何も言わず、いつもと変わらずに彼に接してくれていた。
元々、 放任的な育て方だったとはいえ、今度は急に勇者として旅に出す。
そんな母の「なんとかなるでしょ」と言わんばかりの息子の育て方は「まぁ、なんとかなるでしょ」という彼の『まぁ、なんとかなるよ精神』を育むには充分だったのだ。
そんな心構えでニートは足取りを進め始めた。
目指すは冒険者組合。
この世界には冒険者という職業がある。
文字通り冒険者とは冒険をする者であり、その仕事は多岐にわたる。
戦場で闘ったり。
未開の地を調べたり。
怪物を倒したり。
財宝を見つけたり。
魔王を倒したり。
詰まる所、 冒険者とは何でも屋みたいな物で、 何をしても自由だし何をするにも自分次第。
国から依頼を受ける事もあれば商人や貴族、村人等あらゆる人々からの依頼を受けてそれを生業とする、 そうゆう職業なのだ。
誰でもなれるし何でもできる、 組合に登録してしまえば出来るこの仕事は、 優秀な者には富や名声を、 そうでない者は何も得られない。
自分の能力だけが全てを決める、 誰でもなれるという事は、 誰にだって出来てしまうのだ。
出来る者に関して言えば、だが。
そんな競争の激しい冒険者に何故なるのか?
これは組合に登録する事で冒険者として国境を越える事が容易になるからだ。
目的もわからないような人間を容易に入れてくれる場所ばかりではないので、一種の通行許可証とでも言うべきか、そういった役割もそれは持っているので、国の外に出る個人の多くはこれを取得するのだ。
ニートは市場の人々の隙間を抜け街の中央にある案内図を見て冒険者組合の場所を確認する。
「ここからあの道をまっすぐ行って、道を二本……左手……か」
「ねー!おかーさん!あの人なんでふくきてないのー?」
「こら!見ちゃいけません!!!」
「なんだあいつ……」
「かわいそうな人……」
人々の、 哀れみや、 侮蔑や、 そういった感情の篭った声が彼の耳に刺さる。
またその眼差しを一身に受けたその体。
森の中で毎日過ごした事により、引き締まり、大きくはないがしっかりとした筋肉、生まれたままの姿に股間部分を隠すように巻いた下着。
胸に勇者の証をつけた男。
そう、下着と勇者の証と銀貨5枚。
それだけが今のニートの持っている全てなのだ。