隣町オルトの出会い
ココナツ村を出発してから1時間と少し。クーザとシギはオルトの町に到着していた。
どこを歩いても活気があり、店もたくさん開いていて、それだけでなく路上に露店さえ開かれている。ココナツ村と違って畑なんてどこにも無いし家の造りも全く違う。
一言で言い表すならば“別世界”だ。
買い物を先に済ましてしまうと荷物が増えるため2人はまず各々の目的を果たすために別行動をしていた。
町の本屋はすぐに見つかり、軽い足取りで店の中へと姿を消したクーザを見送ったシギも1人で町を歩いていると難なく武器屋を見つけて目的の弓を無事購入し、本屋にいるであろうクーザと合流するべく再び本屋へと足を向けていた。
並ぶ露店にも目もくれず足早に本屋へと向かうシギはクンッと左腕を引かれて思わず足を止めた。振り返るとそこには腰までのさらさらな金髪に、陽の光を浴びて輝く露出の高い服、化粧は多少濃いがそれでもとても可愛らしい顔立ちで普通の男性ならば一目で落ちてしまうのではないかという程の美女がいた。だが残念な事にシギの女性の好みは綺麗だとか可愛いとかそういうものではなく、目の前の美女には何も感じないわけで。上目遣いで腕に抱きついている美女から己の腕を抜き取った。
「…おにーさん?」
こんな反応をされるとは思わなかったのだろう。キョトンとする美女は腕を抜かれたままの妙な格好のまま停止している。
「一緒に遊んでいる時間も金も無いんで。悪いが他を当たってくれ」
それじゃ、と軽く手を上げて美女に背を向けて歩き出す。いや、歩き出そうとして足を踏み出したが再び腕を引かれてそれは叶わなかった。溜息を零しながらシギは再び美女に振り返る。
「何か用か?」
「お兄さん、剣を使えるのよね? 私を連れて行って欲しいところがあるの!」
「…遊女じゃなかったのか?」
「えっ、はっ? ゆ、遊女!? そんなわけ無いわ!」
顔を赤くして頬を膨らませる美女の様子は先程の作っているものではなく自然なそれでシギはやっと突き放すことはやめて苦笑を漏らした。
「それは悪かった。そんな派手な格好して色目を使ってくるもんだからてっきり遊女かその類かと…」
「だってこの方が大抵の男の人はお願い聞いてくれるのだもの。でもお兄さんは違ったみたいね」
「あぁ、悪いな。そういうのはあまり好まないもんで。悪いついでにさっきも言ったが俺は暇じゃないし連れもいるんだ」
「お連れさんって、大切な方なのかしら?」
そう言う美女は意地悪っぽく微笑んでシギの顔色を伺う。しかしこの男シギは生憎と揶揄われるより揶揄う側の人間であり、どこかの美青年王子と違って慌てる事はなく。残念そうな顔をする美女に逆に笑うのだった。
「あれ、シギ? こんな所にいたのか」
噂をすれば、というやつなのだろうか。美青年王子もといクーザの登場にシギは助かったと美女を置いて隣に立つとクーザの肩に腕を置いて美女に振り返った。
「これが連れ。まぁ大切といえば大切なやつに違いはないな」
「何の話だ? ん、弓買ったのか」
シギの背中に背負われている弓を確認したクーザは次に目線を美女に向ける。
「それで、貴女は?」
「あら、格好良いお兄さんはそちらのお兄さんと違って私に興味があるのね。…ふぅん、あなたも剣士なの」
ふふっと笑う美女にゲッと声を漏らしたのはシギだ。肩に乗せたままの腕をずらしてその肩をぐっと握るとクーザから痛いと批難の声がした。
「クーザ。あの女に関わるな。行くぞ」
「は? ちょ、待て、引っ張るな! 転ぶ」
「そんな意地悪言わないで欲しいわ。私はただ、ちょっと遠いけれど帝都近くのミクトリムの町まで護衛をして欲しいだけなの。帝都の治安がすごく悪くなってきてるみたいで、近くの町まで護衛してくれる人がいなくて…困ってるのよ」
帝都の治安が悪いという言葉にクーザは眉根を寄せる。あそこはとても華やかで兵士も仕事に熱心なおかげで治安が極めて良い事で有名なのだ。とても信じられる話ではない。
未だ肩を掴んで引っ張るシギの手を逆に掴んで足を止めるクーザの名をシギが呼ぶが言う事を聞くつもりはないらしい。彼の興味はすでに美女の言葉に引かれていた。
「その話もう少し詳しく聞けるか?」
「ええいいわよ。私も見たわけじゃないのだけれど、聞いた話によると帝都の上空に時々太陽が赤黒く見える時があるみたいね。その時は何ともないのだけれど、その太陽が出た翌日…夜が明けた時、人や動物の性格が荒ぶってるらしいわ」
「太陽が、赤黒く…?」
「ま、太陽がそんな奇妙な色になるなんて眉唾物よね。でもそのせいで護衛を引き受けてくれる傭兵さんがいないから困ってるのよ」
はぁ、と信じられないとばかりに首を左右に振る美女とは対照的にクーザの深刻な表情で考え込んでいる様子にシギは首を傾げる。正直、美女と同じでシギも全く信じていない話なだけにそこまで深慮するほどの事だろうか。
「興味深い話をありがとう。俺はクーザ。貴女の名を伺っても良いだろうか?」
「トーリンよ」
「トーリンか。ミクトリムの町までの護衛だったな。引き受けた」
「本当!?」
「おい待てクーザ!」
ぱあっと顔を輝かせる美女トーリンからぐいっと引っ張られたクーザの目には眉間にシワを寄せたシギが変わりに映った。
ミクトリムの町といえば国境近くの町で、ここからは西の方角になる。オルトからだと通り道でココナツ村を通るから1度戻ってからの出発になるとはいえ、ココナツ村からミクトリムの町まではかなりの距離がある。ちょっといってきますで済まされる距離ではないのだ。危険だと噂される方角ならば尚更。
そして何故だか先程のクーザの表情を見てからシギには妙な不安のようなものが駆り立てられていた。まるでそのまま帰ってこないような…ふらっと村にやってきたように、ふらっと出て行くような、妙な不安だ。そんな不安を掻き消すようにシギは声を荒げた。
「お前っ、何で危険だと言われる所に自ら行こうとするんだ!」
「俺は旅をしていた頃に帝都に寄った事がある。街は華やかで人は穏やかで良い所だったよ」
「でも帝都はその頃より治安が悪くなってるんだろう! その赤黒い太陽とやらのせいで」
「だから行くんだ」
納得がいかないと益々不機嫌になるシギにクーザは苦笑を漏らす。人を散々揶揄うくせに変に心配性で怒りやすい男だが、だからこそ好感が持てる。怒られるのは好きではないが。
「シギ。これは俺の問題で、俺がやりたい事だ。別に村を少し空けるだけで出て行くわけではないぞ」
「だけどな…っ」
「そろそろ肥料買って戻ろう。遅くなる。話は歩きながらでも良いだろう? トーリン、俺たちは買い出し中でな…今日中に村に戻らないといけない。ミクトリムまでの道中にもなるし、村に着いたらそこで夜を過ごして明日出発でも良いか?」
「ええ、いいわよ。私はね…」
トーリンはちらりとシギを見る。まだ怒ってる彼は道中ずっとクーザを説得し続けるのだろう。トーリンからすればそれは非常に困る状況なのだが、もしクーザが考えを改めるようなことがあれば泣き落としでも何でもすれば良いだけの話だ。そういう事には慣れている。
「…とりあえずは様子見かなぁ」
ぐちぐちと文句を言うシギとそれをちゃんと受け止めているクーザの後ろをついて行きながら2人の様子を眺めてトーリンは小さく呟いた。