異界のドラゴン 7
「1回暗示をといてみて、私にいきなり斬りかかったりドラゴン憎いとか言ったら、暗示かけ直すのってどう?」
「「「……」」」
ちょっと何この沈黙は!
私変なこと言ってないよね?
不安になっていると師匠がやっと口を開いた。
「まあ良いだろう」
それだけ言うと窓を開けて野郎に片付けてから家の中に入るように命令する。
するとすぐに大量の薪と斧を家の裏にある倉庫に運び出し、何往復かしてから家の中に入ってきた。
無駄な動きがなさすぎてすごいというより怖い。
この暗示も充分怖いと思う。
師匠の従順な犬と化した野郎は、師匠に屈めと言われればすぐに屈んだ。
「これからお前にかかった暗示をとく。絶対に動くな」
野郎は眉を閉じて全く動かなくなった。
それを見て師匠は野郎に手を翳し、小さな声で何かを呟いた。
すると野郎の周りを包むように白い光が地面から出てきた。
白い光が消えると野郎は眉を上げて勢いよく立ち上がるとただ見ていた私の肩を掴んで、後ろに下がる。
私はいきなりの事で固まっていると首を野郎の腕で絞められた。
言葉は出ず代わりにうめき声か咳しか出てこない。
「どういうつもりだ、勇者気取り。師匠が暗示をといてやったのにその行動!」
「俺に近付けばこの娘の息の根を止める。もちろん魔術を使ってもだ」
呪文を唱えようとしていたラルゴは苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨む。
アドルフも師匠も動かず野郎を見る。
身につけていた鎧や武器は安全のため全て外させたので、現在の野郎は剣といった武器らしい武器は全く持っていない。
「動くな。死にたいのか」
首が先程より絞まる。
ちょっとか弱い女の子が動いただけで絞めるなんて余裕なさ過ぎるだろ。
くらくらしてきた頭ではちゃんと考えられない。
悪あがき、上手くいくだろうか。
目をつぶり右腕に出来るだけ意識を集中するために拳をつくる。
出てこい、鱗!
私の異変に気付いた野郎は首を絞めていた腕を離し、私の背中を押して自分から遠ざける。
上手く立てない私は床に倒れかけた所を1番近くにいたアドルフに支えられた為、顔面衝突は避けられた。
振り返り野郎をみれば、素手で構えたまま後退していく。
そして突然何も無いところに向かって殴る蹴るのような真似をしだした。
何をしているんだと思っていたら、ラルゴが舌打ちした。
「魔術を素手で弾くなんて!さすがに選ばれただけあるね。けど、無駄だよ」
突然野郎の身体の周りに透明なロープの様なものが現れる、拘束した。
無理矢理動こうにも動くのは頭だけらしく、険しい表情で頭を振り回していた。
「無駄だ。それは一度かかれば私かそれ以上の魔術師にしかとけない」
野郎は諦めたのか、頭を振り回す事をやめて師匠を睨む。
師匠は全く怯む事なく近付き野郎の前髪を掴んで上を向かせた。
表情は変わらない。
「恩をアダで返すとはな。本当にさすが、ユーシャサマとやらに選ばれただけある。この人殺し」
「人殺し、だと?」
「そうだ。お前はそこに居る女を2度も殺そうとした。それにあの人殺し集団の雇われユーシャサマだろ」
「2度、とはどういう事だ?人殺し集団?」
「優しい私が教えてやろう」
師匠は掴んでいた髪を捨てるように放し、私の元へ来ると少し黒くなっている腕を掴んで何かを呟く。
腕周りが白く光ったと思ってたら腕がいきなり熱くなって、黒い鱗と手の爪が大きく鋭くなっていった。
そしてあっという間にドラゴンの腕の出来上がりだ。
「この女はあの馬鹿げた宗教による異界移転の禁忌魔術によって、こちらの世界に無理矢理連れてこられた異界人とは言え、人間だ。異界人は何故かこちらの世界に来る時、人の形以外になる。その証拠がこれだ。見覚え、あるな?」
野郎はこちらをじっと睨み、急にハッとしたような表情になる。
「まさか、ドラゴン!!」
「正解だ。そう、この女はお前が殺そうと、殺して英雄になろうとしたドラゴンだ。そしてあの人殺し集団はお前を使い、自分達の娯楽のためにお前に暗示をかけ嘘を吹き込んだ。ここまで理解できたな?」
師匠が掴んでいた私の腕を離すとじわじわと腕が人の腕に戻っていった。
野郎は思い詰めた顔をして俯く。
「ドラゴンは災厄を呼ぶんじゃなかったのか?!暴れ回り神殿の中に封印するのが大変だったんじゃなかったのか?!」
「ハッ。自分達でドラゴンが出て来るまで人間を殺し続けといて、よく言う奴らだ」
野郎は勢いよく顔を上げた。
「シショーといったな。魔術をといてくれ」
「何故?」
「奴らは俺が殺すからだ!」
師匠は面白い、と魔術をあっさりとといてしまった。
透明なロープはゆるゆると取れて消えていく。
「では、協力しよう。宗教潰しを」