ひいじいちゃんと「は行」
子どもの頃、熱を出して寝込んだことがある。
たぶん夏風邪だったと思う。
父も母も祖母も留守で、代わりに来てくれたのは、めったに会うことのない母方のひいじいちゃんだった。
母は薬のことや、りんごの置き場所なんかを慌ただしく説明すると、仕事へ出ていった。
ひいじいちゃんと、二人きりになった。
薬が効いてきたのか、苦しさはなかった。
ただ、熱のせいで頭がぼんやりしていたのだろう。
うっすら目を開けると、ひいじいちゃんが近くで竹を割いていた。
鎌のような刃物を器用に使い、黙々と竹を削っている。
何を作っているのだろうと思いながら、私はまた眠った。
しばらくして目を覚ますと、切ったりんごを差し出してくれた。
「んっ」
そう言っただけだった。
りんごを食べ終わると、今度は弓と矢を渡してくれた。
いつの間に作ったのか、さっきまで竹だったものが立派な弓矢になっていた。
熱でぼんやりしていた子どもの私には、それが魔法のように思えた。
熱も下がってきたのか、私はすっかり元気になり、さっそく弓を引いてみた。
だが、思うように飛ばない。
すると、ひいじいちゃんは首をかしげながら、
「はあ」
と言った。
もう一度やってみても飛ばない。
今度は、
「ふう」
と困ったような顔をする。
何度か繰り返し、ようやく少し飛んだ。
すると、
「へぇ」
と、うれしそうな声を出した。
うれしくなった私は、あれこれ話しかけた。
ひいじいちゃんの返事は、ほとんど「は行」で終わる。
「はあ」
「ふう」
「へぇ」
「ひっ」
「ほっ」
思い返してみても、ちゃんと会話は成立していた。
なかでも私が好きだったのは、
「ほっ」
だった。
驚いたような、何かに気づいたような、とぼけたような顔になる。
その顔がおかしくて、私は何度も話しかけた。
すると、ひいじいちゃんはそのたびに、
「ほっ」
と言ってくれた。
そうしているうちに母が帰ってきた。
ひいじいちゃんは、私の熱のことや様子を普通に話していた。
子どもの私は、それが少し不思議だった。
ぼんやりした頭で、
今度会ったら、「あ行」だけで話してもらおう。
そんなことを考えていた気がする。




