寡黙な剣士と、星空のおねだり
宿屋で酒を持って騒ぐ仲間たちの楽しげな笑い声が、だんだん遠ざかっていく。
町はずれにある小さな森へと足を踏み入れると、虫の声が2人を誘うように響く。
草を踏むカサ、カサという微かな音と、2人の衣服が擦れ合う音だけが、暗闇に消えていく。
一緒に旅をしているラグナスに連れられて、外に来ていた。
彼はあまり喋らないので考えていることはわかりにくい。
ただ、今まで一緒に旅をしてきたどの仲間よりも剣の腕が良い。視野が広いので後衛のミナが助けられることは多かった。
「……ミナ、こっち。足元、気をつけて」
振り返ったラグナスの銀色をした髪が、月明りに透けて淡くきらめいた。
きれいな色に目を奪われながら「うん」と返事をした。
ミナは自分の深い闇の髪を撫でたが、暗くてよく見えなかった。
2人はそれから口を開かず黙々と歩いていた。
歩幅の広いラグナスは、ミナを置いていかないように何度も振り返る。
彼の気遣いにも気づかず、ミナは輝かない暗い髪を執拗に触り目を伏せていた。
ひらけた丘に出ると、2人は圧倒される光景に言葉を失った。
視界を埋め尽くす幾重にもかがやく星の群れ。
目を凝らすと時折、星空の中光が走っていく。「あ!」すでに去った一瞬のきらめきに息が漏れる。
星空を映したように、2人の瞳がかがやいた。
吸い込んだ空気が、胸の奥をひんやりと満たしていく。
満天の星が、彼の淡い髪や、腰に下げた剣の鞘を冷たく照らしている。
昼間、みんなの前では一歩引いて静かに佇んでいる彼が、今は信じられないくらい近くにいた。
「……綺麗すぎて、びっくりだね」
ミナが小さく呟くと、彼は星空からゆっくりと視線を落とし、ミナの瞳を見つめる。
「……機嫌治った?」
「え?」
ミナは何を言われているのかわからなかった。
最近は、みんなと旅をする時間が心地よかった。ラグナスは強い剣士だし、他にも優秀な仲間たちがいる。
「わたし怒ってないよ?」
彼は苦虫をつぶしたような顔をし、彼女の言葉を疑っていた。
「……あ」
ミナは自分の髪を癖で撫で上げて思い出した。
ここに来るまでに彼の髪を羨ましそうに見つめたことを。
「ごめん、ラグナスの髪キレイだから……」
ミナが不機嫌そうに見えていたかもしれない。
さきほどより星空の下かがやく彼の髪はやっぱり綺麗だと、ミナは微笑む。
彼は不思議そうな顔をしたあと見えない自分の髪を触った。
「そうか?初めて言われた」
たいして興味なさそうに言った。
「そうだよ!私は暗くて、重いとか辛気臭いなんて言われる」
ミナは自身の髪を指先で持ち上げ毛先を見た。
親や今まで一緒に旅をしていた仲間たちを思い出し、ミナは口が歪む。
「こんなにキレイなのに」
ラグナスは、彼女が触れていない髪の束を掬い、指の間をすり抜けていく。
糸のようにはらはらと落ちていった。
「でも、暗いとよく見えなくて」
彼に触れられた自分の髪をぼんやりミナは見ていた。
「俺はずぶぬれのネズミなんて言われる」
「ネズミ?」
たしかに。彼の髪は光を差さないと、くもり空みたいだった。
背の高い彼と小さすぎるネズミを想像してあまりにも不釣り合いでミナは笑った。
「……夜空みたいだ」
彼の瞳は、まぶしそうに細められた。
彼からそんな言葉が出るとは思ってもいなくて、ミナは驚いて息を忘れそうになった。
彼が掬い上げている自分の髪の束をもう一度見た。今は星の下、すこしだけ艶がでている。
「……そんなこと言ってくれるのはラグナスだけだね」
ミナのいやな思い出は、空に消えてしまったようだった。
「……サラサラもしてる」
何度も髪の感覚を確かめるように、ラグナスはやさしく撫でるように触れる。
髪の毛に神経があるのかと疑うくらい、ミナはくすぐったくなった。
ラグナスは、彼女の深い海を見つめていた。
彼女と出会うまで、仲間を入れ替えながら旅をしていた。損得勘定による仲間のつぶし合いに、寡黙を貫いてきた。
誰もそんな彼には心を開かず追い出されたりもしたが、彼はそれでいいと思っていた。
だけどミナは。
しつこいくらいに彼を最高の剣士だと、無垢な瞳を向けて全身全霊で肯定した。
海の底のように深く広い心で、すべてを包みこむ夜空のような人だと思っていた。
黙り込んだラグナスの睫毛に、ミナは目を奪われていた。
睫毛の先に、星の光が小さな粒のように留まっている。
「(キレイだな……)」
ばちり、と目が合った。
彼の瞳の奥にも、星空が万華鏡のように映り込んでいる。
色素の薄い彼の瞳は光を吸い込み、まるで精巧なガラス玉のようだ。
彼の冷えた指先がミナの指先に触れた。おそるおそる、そっと壊れ物を扱うように。
熱を孕んだガラス玉のような瞳が、じわじわ近づいてくる。
ミナは、彼の顔があまりに近いことにおどろいて我に返った。
冷たい夜の風の中で、自分の顔だけが急激に熱くなる。
「だ、だめだってば」
ミナは彼の唇を片手で塞いだ。
不意を突かれたラグナスは、面白くなさそうに小さく眉をひそめる。
「まだ?」
降るような星の光を背負って、彼は覗き込むようにミナを見つめた。
熱を孕んだ瞳は、先日ラグナスが彼女に想いを告げたときと全く同じだった。
「ま、まだ」
ミナの心臓が壊れそうなほど脈打っている。彼に聞こえてしまわないか、本気で心配になる。
顔を真っ赤にして小さくなる彼女を今すぐ抱きしめたくなるのを、ラグナスは耐えた。
はやる気持ちをなんとか抑えて。抑えて、彼女の肩に自身の頭をこすり付けた。
ミナは驚いたが、大きい猫が甘えてきたようでうれしい。
星空で発光している細い彼の髪に手を伸ばした。
「……早く僕のこと好きになって欲しい」
彼の弱々しい声に驚き撫でようと思った手は固まった。
彼の口からそんなストレートな言葉が出るなんて反則だ。
ミナは、彼への気持ちにまだ名前がついていない。
だから真摯に見つめる目を逸らし続けてきた。
しかし、自分の肩に顔を押し付けている猫のようなラグナスに、彼女の庇護欲はくすぐられていく。
「〜〜……あのね、……っ」
ラグナスは頭をあげて、彼女の真っ青な瞳を見上げた。
ミナが紡ぎ出そうとする言葉を1つも漏らさないように、彼は耳をそばたてた。
「……手なら、いいよ」
蚊の鳴くような声を出し、ミナは自分の手を彼に差し出した。
恥ずかしいことを言った自覚があり、さらに顔が真っ赤になる。
「(なんか、偉そうだったかも……)」後悔の渦に飲み込まれる彼女とは裏腹に、彼は嬉しそうな顔をした。
ラグナスはミナの震える指先を、そっと包み込んだ。
彼の指先は思ったより冷たく、ミナは驚いて肩を揺らした。
重ねられた指先から、自身の熱がどんどん吸い取られていくような感覚がする。
彼の壊れ物を扱うような手つきは、やはりくすぐったく、逃げ出したくなるくらいに恥ずかしい。
指先をやわくこすり、一本ずつ感覚を刻み込もうとする姿は、貪欲のかたまりだった。
彼の大きな手のひらに包まれ、ミナは視界が揺らぐ。
彼への気持ちに、自分から名前をつけようとしている。強引な自分の行動が恥ずかしかったからだ。
恥ずかしさで潤んだ真っ青な彼女の瞳はきらきらと輝いている。
その瞳を熱っぽく、ラグナスはのぞき込んだ。
「……ほんとうに、まだ?」
「ま、まだです!」
ミナは耐えきれずに必死に顔を伏せたが、赤くなった耳たぶまで隠せていない。
ラグナスは彼女の瞳の奥のかがやきに気付いていたが、こらえるように長い溜息を吐いた。




