第三章 違和感
朝、目が覚めたとき。
私はしばらく天井を見つめていた。
カーテンの隙間から、柔らかい朝の光が差し込んでいる。
静かな部屋だった。
昨夜のことを思い出す。
スマホの画面。
黒い画面。
背後に立っていた影。
そして。
「またどこかで」
私は小さく息を吐いた。
「……気のせいだよね」
そう呟いて、スマホを見る。
再生履歴が残っている。
「人生の走馬灯を見てみませんか?」
私は眉をひそめる。
なんとなく気味が悪い。
でも、ただの動画だ。
そう思うことにした。
私は顔を洗って部屋を出た。
大学までは徒歩十五分。
朝のキャンパスは賑やかだ。
学生たちの声。
笑い声。
誰かの会話。
私はこの空気が好きだった。
人がいる場所。
それだけで少し安心できる。
教室に入る。
いつもの席に座る。
隣にはサークルの先輩がいた。
私は軽く会釈する。
「おはようございます」
先輩は一瞬こちらを見る。
でも。
ほんの少しだけ、反応が遅れた。
「あ……おはよ」
その声は、少し戸惑っているようだった。
私は先輩の顔を見る。
先輩は少しだけ眉を寄せていた。
まるで。
何かを思い出そうとしているみたいな顔。
でもすぐに視線をノートに落とした。
私は何も言わなかった。
ただ、胸の奥が少しだけざわついた。
その時、教授が入ってくる。
講義が始まった。
出席を取り始める。
名前を順番に呼んでいく。
学生が返事をする。
私はノートを開いて待っていた。
もうすぐ私の順番だ。
でも。
教授はそのまま次の名前を呼んだ。
私は顔を上げる。
「……あれ?」
小さく呟く。
でも、すぐに顔を下げた。
聞き逃しただけかもしれない。
そう思うことにする。
出席なんて、たまに適当なこともある。
そういうことだ。
私はノートに視線を落とした。
でも。
胸の奥の違和感は消えない。
授業は続く。
私はノートを取る。
でも、あまり頭に入ってこなかった。
隣を見る。
先輩は普通に授業を聞いている。
さっきの表情はもうない。
でも。
あの一瞬の顔が頭から離れない。
まるで。
私のことを思い出そうとしていたみたいな顔。
その時。
ポケットの中でスマホが小さく震えた。
私は机の下で画面を見る。
黒い画面。
そこに自分の顔が映っている。
そして。
その背後。
ぼんやりと。
人の影が立っていた。
私はゆっくり振り返る。
教室には学生たちがいる。
教授が黒板に文字を書いている。
誰も私を見ていない。
私はもう一度スマホを見る。
影は消えていた。
でも。
画面の奥に、小さな文字が浮かんでいた。
「はじまった」
私は瞬きをする。
次の瞬間。
画面は普通に戻っていた。
私はスマホをポケットにしまう。
そして。
何も言わなかった。
ただ、ノートを見つめた。
胸の奥の違和感を――
気づかないふりをした。




