第二章 調べてはいけないもの
その日の夜。
私はベッドの上でスマホを見ていた。
ワンルームの小さな部屋。
時計の音だけが聞こえる。
カチ。
カチ。
カチ。
この部屋は、少し静かすぎる。
施設にいた頃の部屋は、もっと賑やかだった。
誰かの寝息。
誰かの寝返り。
廊下を歩く足音。
でも今は違う。
完全に、一人だ。
私は静かな部屋が少し苦手だった。
だからスマホを触る。
誰かと繋がっている気がするから。
メッセージアプリを開く。
友達のグループ。
サークルのチャット。
翔太とのトーク。
普通の会話が並んでいる。
それを見ると、少し安心する。
私は一人じゃない。
そう思えるから。
その時、ふと思い出した。
昼間の会話。
翔太の言葉。
「零の親ってどんな人なの?」
私はスマホを置いた。
天井を見る。
「……そういえば」
私は自分の親について、ほとんど知らない。
施設にいた頃、何度か聞いたことはある。
でも返ってくる答えはいつも同じだった。
「分からない」
それだけ。
私はベッドから起き上がる。
机の引き出しを開ける。
そこには、古い封筒が入っている。
施設を出るときにもらったものだ。
私はそれを取り出す。
中には書類が数枚入っていた。
名前。
生年月日。
そして。
保護記録。
私はゆっくり読む。
そこに書いてある情報は少ない。
親の名前。
不明
住所。
不明
家族構成。
不明
私は苦笑した。
「ほんとに何もないな」
その時。
封筒の底に、小さな写真があることに気づく。
私はそれを取り出した。
古い写真。
色あせている。
そこには、小さな子供が写っていた。
多分、私だ。
まだ三歳くらい。
誰かに抱えられている。
でも。
その人の顔は――
ぼやけている。
私は目を細める。
よく見る。
スーツを着た男。
少し猫背の姿。
でも。
顔だけがはっきりしない。
まるでそこだけ、消えているみたいだった。
「……変なの」
私は写真を机に置く。
その時。
スマホが震えた。
翔太からメッセージだった。
「今何してる?」
私はすぐ返信する。
「部屋でゴロゴロ」
すぐ既読がつく。
「俺も」
少し安心する。
こういう普通の会話が好きだ。
私はスマホを置く。
でも、さっきの写真が気になった。
私はもう一度それを見る。
ぼやけた顔。
スーツの男。
私はスマホを手に取る。
検索画面を開く。
なんとなく思った。
親について調べてみよう。
私はキーワードを打つ。
施設
保護児童
親 不明
いくつかのページが出てくる。
私は適当にスクロールする。
その時。
奇妙なページが目に入った。
掲示板のようなサイト。
タイトルが書いてある。
「人の記憶から消える存在」
私は眉をひそめる。
「なにそれ」
少し気になってページを開く。
そこには書き込みが並んでいた。
「友達が消えた」
「誰も覚えてない」
「写真からも消えてた」
私は苦笑する。
「ただの怖い話じゃん」
その時。
一つの書き込みが目に入る。
短い文章だった。
⸻
『その人のことを調べ始めた人も、最後は消える』
⸻
私は少し背筋が寒くなった。
その下に、もう一行書いてある。
⸻
『最後に行く場所は決まっている』
⸻
その文章の下に、リンクが貼ってあった。
動画サイト。
タイトル。
「人生の走馬灯を見てみませんか?」
私は動きを止めた。
胸の奥がざわつく。
なぜか分からない。
でも。
どこかで見た気がする。
私はしばらく画面を見つめる。
その時。
翔太からメッセージが来る。
「まだ起きてる?」
私は笑う。
「うん」
「明日会える?」
「授業終わったら」
普通の会話。
それだけで安心する。
私はスマホを置く。
そして。
もう一度、あの動画のリンクを見る。
ほんの少しだけ迷う。
でも。
私は指を動かした。
再生ボタンを押す。
画面が暗くなる。
黒い画面。
何も映らない。
「……あれ?」
その瞬間。
スマホの画面に、ぼんやり何かが映る。
動画じゃない。
反射した、自分の顔。
そして。
その背後に。
人の影が立っていた。
私は慌てて振り返る。
誰もいない。
静かな部屋。
私はもう一度スマホを見る。
黒い画面。
でも。
ほんの一瞬だけ。
影がゆっくり口を動かした気がした。
そして。
その瞬間、画面に文字が浮かんだ。
「またどこかで」




