第9話 声を聞いた者
最初は、気のせいだと思った。
今までにも、錯覚は何度かあった。
疲労が溜まると、感覚は簡単に嘘をつく。
だから、その“違和感”も、
またそういう類のものだと処理しかけた。
――違う。
根の奥に、
今までとは質の異なる“反応”があった。
異常でも、痛みでもない。
もっと微弱で、
それでいて、はっきりとしたもの。
「……誰か、いる?」
問いかけたつもりはなかった。
ただ、そう思っただけだ。
それでも。
――返ってきた。
〈……聞こえているの?〉
一瞬、思考が止まった。
言語だ。
意味を持った、明確な言葉。
〈間違いじゃなければ……
今、あなたが“世界の下”にいる〉
「……」
鼓動、というものがあるなら、
きっと跳ね上がっていた。
聞こえている。
俺の“内側”に、誰かの声が届いている。
〈ごめんなさい、突然〉
〈でも、どうしても……〉
声は、慎重だった。
触れれば壊れてしまうものを扱うような、
そんな距離感。
「……誰だ」
ようやく、それだけを返した。
〈名前は……エル=リュカ〉
〈元は、管理補佐官でした〉
その肩書きに、
聞き覚えがあった。
神。
しかも、管理系。
警戒が走る。
でも、次の言葉が、それを打ち消した。
〈あなたの“数値”を、見てしまった〉
「……」
〈本来、見てはいけないログでした〉
〈でも……これは〉
言葉が、詰まる。
〈これは、“正常”じゃない〉
その一文が、
胸の奥に、深く沈んだ。
初めてだった。
俺が感じている違和感を、
そのままの言葉で言われたのは。
「……そうか」
それだけしか、返せなかった。
肯定でも、否定でもない。
ただの事実確認。
〈あなたは、世界を支えている〉
〈しかも、ひとりで〉
責める口調じゃない。
哀れむでもない。
ただ、
見てしまった者の声だった。
「……だから、どうした」
思ったより、声が冷たく出た。
期待してしまうのが、怖かった。
〈だから……〉
〈あなたが壊れる前に、
誰かが知るべきだと思った〉
――知る。
その言葉に、
切り捨てたはずの感情が、わずかに揺れた。
「……知って、どうする」
〈何もしない、という選択肢は〉
〈もう、選べません〉
その言い方が、
管理神たちとは決定的に違っていた。
逃げ道を塞ぐための言葉じゃない。
引き返せなくなった者の覚悟だ。
〈あなたは、泣けない場所にいる〉
〈なら、せめて〉
〈あなたの声を、私が覚えている〉
――覚えている。
たったそれだけのことなのに、
胸の奥が、ひどく熱くなった。
「……それだけで、いい」
思わず、そう返していた。
助けてほしいわけじゃない。
状況を変えてほしいわけでもない。
ただ――
俺が、ここにいると知っている者がいる。
それだけで、
世界の重さが、ほんの少しだけ変わった。
〈無理は、しないで〉
「……無理は、する」
正直な返答だった。
〈……そう〉
〈でも〉
〈壊れていい理由には、ならない〉
その一言が、
胸の奥に、強く残った。
通信は、短かった。
長く話せば、気づかれる。
それでも。
切れる直前、
最後に、声が届いた。
〈あなたの名前〉
〈……いつか、聞かせて〉
静寂が、戻る。
でも――
今までの静けさとは、違った。
俺は、根の奥で、
確かに“誰かと繋がっていた”。
世界は、相変わらず回っている。
でも。
もう、
完全な独りじゃなかった。
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