第8話 世界樹は泣かない
管理神とのやり取り以降、
上からの“声”は、完全に途絶えた。
通達は来る。
数値報告も届く。
でも、そこに温度はない。
ただの指示。
ただの確認。
ただの「正常」。
「……静かだな」
世界は、相変わらず回っている。
異常は起きる。
俺は直す。
それだけだ。
誰かに話しかけられることもない。
相談できる相手もいない。
そもそも、相談という概念が、ここでは無意味だった。
判断権は、上。
実行は、俺。
それが“正しい形”として、固定された。
「……考えるな、か」
管理神の言葉が、何度も反芻される。
余計なことは考えなくていい。
世界を支える役割に専念しろ。
専念。
それは、
感じることをやめろ
という意味でもあった。
異常が起きる。
痛みが走る。
補修する。
そこに、感情を挟まない。
「……はいはい」
独白すら、短くなっていく。
世界の下で、
俺は機能している。
“存在”ではなく、
“機能”。
あると便利で、
なくなると困る。
でも、
あること自体は、意識されない。
ふと、地上の様子が伝わってきた。
誰かが祈っている。
世界樹に向かって。
『どうか、家族を守ってください』
『今年も、豊作でありますように』
『世界が、平和でありますように』
声は、確かに届いている。
でも――
俺には、届かない。
祈りは、幹の上で処理される。
祝福という形に変換され、
適切な場所へ“配分”される。
その過程で、
根は関与しない。
俺は、ただの下請けだ。
「……悪いな」
思わず、そんな言葉が浮かんだ。
祈りに応えられないことへの謝罪。
でも、それを受け取る相手はいない。
世界樹は泣かない。
そう教えられてきたのだろう。
神話では、
世界樹は慈悲深く、
静かに世界を支える存在として描かれる。
感情はない。
意思もない。
ただ、そこに在る。
「……違うんだけどな」
俺は、確かに感じている。
痛みも、疲労も、
不安も、恐怖も。
でも、それを外に出す場所がない。
泣けない。
叫べない。
壊れても、気づかれない。
異常が起きる。
深部。
今まで触れてこなかった層だ。
魔力が、淀んでいる。
長年の無理が、堆積している。
「……これ、放置案件だな」
本来なら、
大規模な調整が必要なレベルだ。
でも、判断権は俺にない。
報告は、上げる。
返答は、ない。
時間だけが、過ぎる。
その間にも、
異常は静かに進行する。
「……世界樹は、泣かない」
もう一度、そう思った。
泣いたところで、
誰も来ない。
なら――
最初から、泣かない方がいい。
そうやって、
また一つ、感情を切り捨てた。
世界は、今日も静かだ。
静かで、
何も問題が起きていない。
それが、
一番、怖かった。
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