第7話 管理神は優しい
最初に“声”をかけてきたのは、
思っていたよりも、ずっと穏やかな存在だった。
〈状況は把握している〉
上から降ってきた思念は、
これまでの無機質な通達とは違い、
どこか“人の温度”を感じさせた。
〈君の働きには、感謝している〉
「……」
返事をしようとして、やめた。
どう返せばいいのか、分からなかったからだ。
感謝。
その言葉を、ここで聞くとは思っていなかった。
〈最近、負荷が増えているのは事実だ〉
〈だが、それも一時的なものだろう〉
〈君なら、きっと乗り越えられる〉
――来た。
胸の奥で、何かがひやりと冷える。
「……それは」
言いかけて、言葉が詰まった。
“それは俺が壊れてもいいという意味か”
そう続けたかった。
でも、口に出す前に、相手は続ける。
〈心配しなくていい〉
〈世界樹は、君一人に任せきりではない〉
〈我々も、ちゃんと見ている〉
見ている。
その言葉が、やけに重く落ちた。
見ているなら、
今の数値を知っているはずだ。
俺の内部が、どれだけ削れているかも。
〈君は、重要な存在だ〉
〈だからこそ、無理はさせられない〉
「……無理は、してます」
思わず、そう返していた。
初めてだった。
自分の状況を、そのまま言葉にしたのは。
一瞬の沈黙。
〈定義の問題だ〉
返ってきた声は、少しだけ柔らかさを失っていた。
〈世界が維持されている以上、
“許容範囲”だと判断される〉
「……判断、ね」
胸の奥で、静かに何かが折れかける。
〈君が倒れれば、世界に影響が出る〉
〈だから、我々は君を守る〉
その“守る”が、
何を意味しているのかは、すぐに分かった。
〈君の権限を、限定する〉
〈判断は、我々を通すように〉
〈独断での調整は、控えてほしい〉
「……つまり」
逃げ道が、見えなくなる。
〈安心してほしい〉
〈責任は、こちらが持つ〉
それは、嘘じゃない。
でも、本当でもない。
責任を“持つ”というのは、
決定権を持つ、ということだ。
現場で壊れるのは、俺のまま。
〈君は、世界を支える役割に専念してくれ〉
〈余計なことは、考えなくていい〉
優しい声だった。
怒りも、威圧もなかった。
だからこそ、逃げられない。
「……分かりました」
そう答えている自分に、
俺自身が一番驚いた。
断れなかった。
断る理由を、見つけられなかった。
世界が回っている。
誰も死んでいない。
それを理由にされたら、
俺には、何も言えない。
〈ありがとう〉
〈君のおかげで、世界は安定している〉
通信が、切れる。
静寂が戻る。
「……専念、か」
専念という言葉が、
やけに空虚に響いた。
考えるな。
判断するな。
感じるな。
ただ、支えろ。
それは、今までと何が違う?
違うのは――
もう、間違っても“自分で止まる”ことができない
という点だけだった。
俺は、根を張り続ける。
世界の下で、
誰にも届かない場所で。
優しさという名の枷に、
静かに縛られながら。
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