第6話 痛みが日常になる
最初は、痛みしかなかった。
鋭くて、逃げ場がなくて、
「これは無理だ」と何度も思わせるやつ。
でも――。
いつの間にか、それが“背景”になった。
世界の異常が起きる。
痛みが走る。
根を伸ばす。
補修する。
その一連の流れを、俺はもう考えなくなっていた。
「……次」
頭の中で、淡々と処理する。
北の山岳地帯。
魔力の偏重。
氷結と膨張による地盤破壊の兆候。
対応:
圧力分散。
魔力流量を一割カット。
代替経路を仮設。
完了。
南の沿岸部。
潮流異常。
結界干渉。
対応:
根を一本切り離し、緩衝材として使用。
完了。
「……」
何も、感じなかった。
いや、正確には、感じている。
身体――というか、“存在”は確実に削れている。
でも、それを痛いとは認識しなくなっていた。
ただの情報。
ただの数値。
ただの処理対象。
「……まずいな」
思考のどこかで、そう判断した。
前の職場で、同じことがあった。
炎上案件が続いた時期。
最初は胃が痛んで、眠れなくなって、
それでもある日、ふっと楽になった。
楽になったんじゃない。
壊れ始めていただけだ。
今の俺は、ちょうどその状態に似ている。
痛みを“感じない”のは、
慣れたからじゃない。
切り捨てているからだ。
「……これ以上、切ったら」
何が残る?
そう思った瞬間、
根の奥で、小さな異変が起きた。
――検知遅延。
ほんの一瞬。
本当に、刹那。
異常の“立ち上がり”を、
俺は捉え損ねた。
気づいた時には、
すでに二次被害が発生している。
「……っ」
慌てて補修に入る。
通常より、深く、強く。
間に合った。
ギリギリで。
でも、分かった。
今の俺は、
完璧じゃない。
それでも、世界は回っている。
上からの評価も変わらない。
〈世界安定度:良好〉
〈想定範囲内の変動〉
「……想定、ね」
想定しているのは、
“世界が壊れないこと”だけだ。
俺がどうなっているかなんて、
評価項目にすら入っていない。
その事実を、
以前よりも、ずっと冷静に受け止めている自分がいた。
怖い。
怖いが――
それでも、止まれない。
止まる理由が、どこにもない。
俺が止まれば、
世界が止まる。
それだけだ。
「……まあ、いいか」
ふと、そんな言葉が浮かんだ。
良くはない。
絶対に、良くない。
でも、その言葉が
すっと馴染んでしまう。
それが、一番まずかった。
世界のどこかで、
子供が生まれている。
誰かが恋をして、
誰かが明日を信じて眠っている。
その“普通”を守れているなら、
俺がどうなっても――。
「……」
思考が、そこで止まった。
“どうなってもいい”。
その一文が、
今までよりも、ずっと自然に出てきたことに、
俺は気づいてしまった。
そして、気づいた瞬間、
根の奥で、また一つ、何かが削れた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




