第3話 誰も見ていない
世界は、今日も平和だった。
少なくとも、地上から見れば。
俺は根の先で、ゆっくりと流れを整えていた。
昨夜――いや、時間の感覚が曖昧だから、さっきと言うべきか――追加された新仕様は、どうにか最低限の安定ラインに乗せた。
最低限、だ。
魔力循環はギリギリ。
排熱は限界。
生態系は無理やり帳尻を合わせている。
それでも、崩壊は起きていない。
つまり――「成功」だ。
「……はいはい、今日も世界は無事ですよっと」
独り言にもならない独白を、心の中で吐き出す。
返事はない。
いつも通りだ。
しばらくして、上から“報告”が降りてきた。
〈新種族実装、順調〉
〈魔力効率、想定以上〉
〈世界樹の祝福により、世界は安定している〉
淡々とした文面。
問題なし。成功。予定通り。
「……祝福ね」
思わず、苦笑する。
祝福っていうのは、誰かが意図的に与えるものだ。
少なくとも、こんな必死の帳尻合わせを指す言葉じゃない。
俺は、ただ壊れないように支えているだけだ。
祝ってもらうほど、立派なことはしていない。
いや、違う。
祝ってもらう“資格”があるかどうかじゃない。
そもそも――俺は、報告対象に含まれていない。
世界樹が自動で処理した。
自然に安定した。
そういう扱いだ。
「……まあ、そうだよな」
世界樹は“物”だ。
少なくとも、あいつらにとっては。
物に礼は言わない。
物が壊れたら、交換するだけだ。
ふと、地上の様子が伝わってきた。
都市の広場。
神官が演説している。
『神々の導きにより、世界は新たな段階へ進みました!』
歓声。拍手。祈り。
俺は、根の奥で静かに聞いていた。
『世界樹の恵みは、我々すべてに平等に注がれています!』
……恵み。
その言葉が、少しだけ胸に引っかかった。
恵みっていうのは、受け取る側が意識できるものだ。
少なくとも、「誰かが無理をしている」と気づかれない形で流れるものじゃない。
俺は、根を通して、都市の地下を見る。
排水路の歪み。
基礎部分の劣化。
魔力供給炉の微細なズレ。
全部、俺が抑えている。
一つでも手を抜けば、都市は混乱する。
でも、誰も知らない。
知らないどころか、
**「神がやったこと」**になっている。
「……成果横取りってやつか」
前の職場でも、見たことがある構図だった。
現場が必死にトラブルを潰す。
上は、問題が起きなかったことを“手柄”として報告する。
問題が起きなかった=仕事をしていない、ではない。
むしろ、問題が起きなかったのは、誰かが必死に動いたからだ。
でも、その“誰か”は、記録に残らない。
「……慣れてる、はずなんだけどな」
そう思った瞬間、胸の奥に、微かな違和感が生まれた。
慣れている。
確かにそうだ。
でも――ここでは、違う。
前は、辞めるという選択肢があった。
逃げることも、倒れることもできた。
今は、できない。
俺が止まれば、世界が止まる。
それだけの責任を背負っているのに、
誰にも見られていない。
評価も、感謝も、罵倒すらない。
完全な無関心。
「……これ、結構きついな」
自覚した瞬間、
根の奥で、何かが少しだけ軋んだ。
物理的なダメージじゃない。
精神的なやつだ。
俺は、世界の下で、ひたすら支えている。
なのに、世界は俺を前提にすらしていない。
まるで――
最初から、俺が壊れることも、計算に入っているみたいだ。
そのとき、また上から通達が来た。
〈世界安定度:良好〉
〈引き続き、現行運用を継続〉
「……了解しました、っと」
返事をする相手はいない。
ただ、そう言うしかなかった。
世界は今日も、静かだ。
静かで、平和で、
何も問題が起きていない。
それが、俺の仕事の成果だ。
誰にも見えない場所で、
誰にも知られないまま。
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