第21話 初期設計
世界樹の深層には、
時間の層がある。
新しいログの下に、
古い記録が沈み、
さらにその下に――
誰も触れなくなった設計の痕跡が眠っている。
俺は、そこに意識を沈めた。
神の操作も、
自動整理も、
届いていない場所。
「……初期設計、か」
言葉にすると、
少し大げさに聞こえる。
だが実態は、
もっと無骨だった。
世界樹が作られた当初、
それは“永遠の装置”ではなかった。
ログに残っている思想は、
驚くほど割り切っている。
――世界は、急成長する。
――不安定になる。
――だから、強引に支える。
奇跡を使い、
問題を即座に潰し、
破綻する前に帳尻を合わせる。
世界が成熟するまでの、
暫定措置。
「……なるほどな」
ここには、
慈悲も理想もない。
あるのは、
短期的な安定を最優先する設計思想だけだ。
世界樹は、
世界を育てるための補助輪だった。
転びそうになったら支える。
危なければ、無理やり立たせる。
だが――
補助輪は、
いつか外す前提で使うものだ。
初期設計では、
世界樹の運用期間は
数千年程度とされている。
その間に世界は成熟し、
奇跡に頼らずとも
自力で回るようになる。
そして、
世界樹は役目を終える。
「……終える、はずだった」
だが、
現実は違った。
世界は、確かに安定した。
奇跡は便利だった。
問題は、すぐに消えた。
神々は、
それを“成功”と判断した。
だから――
補助輪を外さなかった。
世界樹は、
暫定装置のまま、
恒久運用に切り替えられた。
仕様は、
更新されないまま。
負荷上限も。
例外処理の再配分も。
長期運用を前提とした設計変更も。
何一つ、行われなかった。
「……そりゃ、歪む」
根が壊れる前提なのは、
悪意じゃない。
想定外だっただけだ。
短期間で役目を終える装置に、
寿命を考慮した設計は要らない。
だから、
壊れることは“問題ではなかった”。
壊れたら、
次を用意すればいい。
その“次”が、
俺だった。
胸の奥に、
怒りは湧かなかった。
代わりに、
ひどく冷たい納得があった。
「……誰も、間違ってない」
いや。
正確には。
誰も、止めなかった。
便利さに慣れ、
奇跡に依存し、
世界が自力で立つ機会を奪った。
それが、
今の歪みを生んだ。
世界は、
本来もっと強くなれた。
だが、
強くなる前に、
全部助けてしまった。
「……皮肉だな」
守るために支えた結果、
守られる側は
支えなしでは立てなくなった。
そして、
支える側だけが
壊れていく。
初期設計の最後には、
簡潔な一文が残っていた。
――想定運用期間終了後、
――本装置は段階的に停止する。
停止。
今となっては、
誰も口にしない言葉だ。
「……止められなかったんだな」
止めるには、
勇気が要る。
奇跡を減らし、
不便を受け入れ、
世界に考える時間を与える。
それは、
管理者にとって
一番嫌な選択だ。
だから、
世界樹は止まらなかった。
止まらなかった結果が、
今の俺だ。
「……でも」
俺は、
深層のログから意識を引き上げながら、
一つだけ、はっきりと理解した。
このシステムは、
誰かを苦しめるために
作られたわけじゃない。
だが――
もう、役目は終えている。
暫定のまま走り続けた装置は、
いつか必ず破綻する。
それを、
壊れるまで使い続けるか。
それとも――
今からでも、
回り方を変えるか。
俺は、
世界の下で、
静かに決めた。
この世界を、
補助輪付きのまま
走らせ続けるつもりはない。
世界が自分で立つなら、
俺は、
その邪魔をしない。
そして、
壊れる前提で
使われるつもりもない。
「……これは、反逆じゃない」
根の奥で、
誰にも聞かれない言葉を結ぶ。
保守だ。
世界を、
長く走らせるための。
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