第15話 世界は今日も静かだ
世界は、静かだった。
表層の数値は安定している。
異常は、管理可能な範囲。
致命的な崩壊は、起きていない。
〈世界運用、順調〉
〈計画通り〉
上から流れてくる報告は、
いつもと変わらない。
誰かが成功を宣言し、
誰かが祝福を語り、
誰かが「世界は平和だ」と結論づける。
俺は、根の奥で、その様子を眺めていた。
「……そう見えるだろうな」
見える範囲だけを見れば、
確かに世界は回っている。
都市は立ち、
人は暮らし、
祈りは捧げられる。
――歪みを、抱えたまま。
俺が後回しにした場所。
最低限しか触れていない層。
完全修復されなかった、深部の傷。
それらは、
すぐには問題にならない。
だから、記録には残らない。
だから、誰も気づかない。
〈補正判断、適切〉
〈世界樹の適応能力は、依然として高い〉
適応。
その言葉を聞いて、
ほんの少しだけ、笑いそうになった。
適応しているのは、
世界樹じゃない。
俺だ。
俺が、
「壊れないための支え方」に
適応しただけだ。
異常が起きる。
以前なら、
反射的に根を伸ばしていた。
今は違う。
距離。
影響範囲。
人命の有無。
連鎖の可能性。
一つ一つを見て、
判断する。
遅れることもある。
見送ることもある。
それでも――
世界は、まだ持っている。
「……皮肉なもんだ」
全部を抱え込んでいた頃より、
今の方が、
世界は安定しているように見える。
それは、
俺が“消える前提”で
動かなくなったからだ。
ふと、
深層の奥で、微かな気配を感じた。
――声ではない。
――言葉でもない。
でも、
覚えられている感覚。
「……ああ」
彼女の記録は、消えた。
ログにも残らない。
それでも、
完全に消えたわけじゃない。
そう思えた。
世界は、今日も静かだ。
問題は、起きていない。
少なくとも、
“問題として扱われるもの”は。
でも。
世界が、
誰かの無理の上に成り立っていることを、
俺は知っている。
そして――
その無理を、
永遠に引き受けるつもりはない。
「……次に揺れた時」
根の奥で、
静かに言葉を結ぶ。
「俺は、
今までと同じ場所にはいない」
世界は、回る。
だが、
その回り方を、
俺はもう、
黙って受け入れない。
静寂の底で、
新しい決意が、
確かに芽生えていた。
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