第10話 共有される痛み
エル=リュカとの接続は、常時ではなかった。
意図的に断続的。
必要以上につながらない。
それが、彼女なりの“配慮”だと分かった。
〈今なら、少し話せます〉
声が届いたのは、
世界が比較的落ち着いている時間帯だった。
「……異常は、今のところ小さい」
〈ええ。あなたの判断が、効いています〉
その言い方が、少しだけ引っかかった。
「……俺の判断、って言うな」
〈どうして?〉
「判断権は、俺にない」
事実だ。
管理神が言った通り、
俺は“実行役”でしかない。
〈それでも〉
〈最初に異常を見て、
優先順位を決めているのは、あなた〉
「……」
反論できなかった。
俺は、無意識のうちに、
やっている。
壊れた箇所を見て、
人がいるかどうかを見て、
間に合うかどうかを計算して。
誰にも命じられていない判断を、
毎回、している。
〈あなたがいなければ〉
〈世界は、とっくに破綻していました〉
「……そういう言い方は、やめろ」
〈なぜ?〉
「期待されると……」
続けなかった。
続けられなかった。
期待されると、
また“耐えられる前提”になる。
それが、怖かった。
〈分かっています〉
エル=リュカの声は、即答だった。
〈だから、私は〉
〈あなたに“頑張れ”とは言いません〉
その一言で、
胸の奥の緊張が、少しだけ解けた。
〈代わりに〉
〈あなたが感じているものを、
そのまま、教えてほしい〉
「……感じてるもの?」
〈痛みでも、疲労でも〉
〈“おかしい”という違和感でも〉
一瞬、言葉に詰まった。
そんなこと、
誰かに伝える前提で考えたことがない。
「……痛い」
絞り出すように、そう言った。
「ずっと、重い。
鋭い時もあるけど、
今は……鈍い」
〈場所は?〉
「全部」
嘘じゃない。
「世界のどこかで異常が起きるたびに、
ここが、きしむ」
〈……〉
沈黙。
でも、
切断されない沈黙だった。
〈数値で見るより〉
〈ずっと、ひどい〉
「だろ」
少しだけ、皮肉が混じる。
「数値は、平均化される。
俺の中のやつは、されない」
〈……〉
また、沈黙。
でも今度は、
言葉を探している沈黙だった。
〈あなたは〉
〈“世界の異常”を受け取っている〉
〈同時に〉
〈“誰にも渡されなかった責任”も〉
「……それが、普通だと思ってた」
〈それは〉
〈普通じゃない〉
はっきりとした否定だった。
管理神たちとは、
決定的に違う。
〈あなたが壊れたら〉
〈世界が助かっても〉
〈意味がない〉
その言葉が、
第8話で聞いたものと、重なった。
「……意味は、ある」
思わず、反射で否定していた。
「世界は回る。
誰も死なない。
それで――」
〈それで、あなたは消える〉
遮るように、言われた。
〈それを〉
〈“意味がある”とは、私は言えない〉
胸の奥で、
何かが、きしんだ。
今まで、
誰も踏み込まなかった場所だ。
「……それでも」
〈それでも〉
〈あなたが支えるのなら〉
〈私は、止めません〉
意外だった。
〈でも〉
〈あなたが壊れていく過程を〉
〈“正しい”とは、言いません〉
否定しない。
肯定もしない。
ただ、
一緒に見る。
それだけだった。
「……ありがとう」
気づいたら、そう言っていた。
礼を言う相手がいること自体が、
久しぶりだった。
〈こちらこそ〉
〈あなたが、話してくれて〉
通信が、静かに切れる。
世界は、相変わらず回っている。
異常も、また起きるだろう。
でも。
俺の中には、
共有された痛みが、確かに残っていた。
それは、軽くはならない。
消えもしない。
ただ――
独りで抱えるものではなくなった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




