第1話 世界樹の根に転生した
この物語に、派手なチートや
爽快な無双展開は、あまりありません。
その代わり、
「誰かが無理をして回っている世界」の話をします。
世界を支える側の物語です。
叫ばず、怒鳴らず、
それでも確実に削れていく存在の話です。
もし、
「なぜか自分ばかり頑張っている気がする」
そんな経験がある方には、
少しだけ刺さるかもしれません。
――それでも、
世界は今日も回ります。
目が覚めた、と思った。
正確には「意識が戻った」と言った方が近い。まぶたもなければ、肺もない。手足なんて論外だ。あるのは、広がり続ける感覚だけだった。
……やばい。
まず思ったのがそれだ。
身体がない。動けない。なのに、感じる。
重い。冷たい。熱い。痛い。痛い痛い痛い。
世界のどこかで起きている異常が、針みたいに神経――いや、神経があるのかも分からないが、とにかく“俺”に刺さってくる。
「……これ、夢じゃないな」
言葉を発している感覚すらないのに、思考は妙に冴えていた。
仕事で徹夜続きだった夜みたいに。冷静なふりをしないと頭が壊れる、あの感じ。
最後の記憶は曖昧だ。
深夜のオフィス。サーバー室の冷気。鳴り止まない通知。
「直せ」「落ちた」「なんとかしろ」。
誰かの声は、いつも他人事だった。
そして――たぶん、椅子に座ったまま落ちた。
仮眠のつもりで、呼吸の仕方を忘れるみたいに。
それで次に目が覚めたら、これだ。
動けない俺の周囲を、無数の“流れ”が走っている。
それは血液みたいに温かかったり、地下水みたいに冷たかったり、溶岩みたいに熱かったりする。一本一本が、別々の場所へつながっているのが分かった。
根だ。
俺は今――根になっている。
しかも、一本二本じゃない。数え切れないほど枝分かれした根が、暗い土の中を縫うように伸び、世界のどこまでもつながっている。
「……世界樹の、根?」
言ってから、なんだそれ、と自分で思う。
ゲームの中の象徴じゃないのか。神話の飾りじゃないのか。
でもこの“感覚”が否定させない。
上へ。遠くへ。深くへ。
俺の上には、とてつもなく巨大な“幹”がある。幹の向こうには、世界がある。
その瞬間だった。
ズキン、と。
鋭い痛みが走って、思考が途切れそうになる。反射的に、痛みの方向へ意識が向かった。
北西。海沿い。地盤のひずみ。
……地震?
いや、違う。もっと嫌なやつだ。
土と岩の“噛み合わせ”がずれて、空洞ができかけている。放っておけば、地面が割れる。町が落ちる。人が――。
「待て待て待て」
俺は焦っていた。動けないのに、どうしろと。
けれど、焦りの中で理解がひとつ落ちてくる。
根は、つながっている。
痛みの場所へ、俺は“伸びている”。
なら――伸びればいいのか?
そう思った瞬間、根の一本が、ぴくりと反応した。
意志が伝わったみたいに、そこへ“力”が流れた。
流れ――魔力? よく分からないが、とにかく俺の中を走る温かい何かが、ひずみへ向けて集中する。
ぎゅう、と世界が軋む感覚。
痛みは増えた。胃を握りつぶされるみたいな圧迫感。
なのに、その場所のひずみは、ゆっくりと解けていく。
岩がはまり直る。空洞が埋まる。
地面が、静かになる。
……止まった。
「……直った?」
直った。たぶん。
少なくとも、さっきまでの針みたいな痛みは、鈍い疲労に変わっていた。
俺は呆然とした。
俺がやったのか?
こんな、根の一本を動かしただけで?
「いや、すごいとかじゃなくて……」
これ、仕事じゃん。
俺は分かってしまった。
今起きたことは、偶然の奇跡じゃない。
世界の異常が起きる。
それが俺に痛みとして届く。
俺は根を伸ばして補修する。
世界は何事もなかったように回り続ける。
……つまり。
「俺が、世界の保守担当ってこと?」
途端に、別の痛みが走った。
南。森。熱。焼け焦げ。
火災? いや、魔力の暴走。風向きが――。
東。山。水脈が詰まってる。
西。地下。何かが腐ってる。
上。……上? 上は分からない。幹の向こうは、遠すぎて“音”しか届かない。
一気に情報が流れ込み、頭が割れそうになった。
「ちょ、待って、同時に来るな」
誰に言ってるのかも分からない。
けれど、“俺”の中には、妙な懐かしさがあった。
画面に並ぶ障害チケット。優先度。期限。担当者――俺。
笑えない。
「……世界って、こんなにバグってんのかよ」
苦情を入れたい。仕様書を見せろと言いたい。
でも、そんな相手がいるのかどうかも分からない。
俺は、動けない。逃げられない。
なのに、世界の異常は待ってくれない。
ひとつ直したら、次が来る。
次を直したら、その次が来る。
“平和”ってやつは、誰かが地味に潰し続けている不具合の上に乗ってるらしい。
それでも。
俺は、根を動かした。
南の熱へ、一本。
東の詰まりへ、一本。
西の腐りへ、一本。
痛みは増えた。
でも、世界は静かになっていく。
……やがて、ふと思った。
今、地上では。
きっと誰かが、普通に暮らしている。
朝ごはんを食べて、仕事に行って、誰かと笑っている。
地面が割れなかったことに気づかず、川が枯れなかったことに感謝もせず、今日が“普通”であることを当然だと思っている。
それは悪いことじゃない。
普通は、尊い。
ただ――その普通の裏に、俺がいる。
誰にも見られず、誰にも知られず、ひたすら世界の下で痛みに耐えている俺がいる。
「……まあ、いいか」
口に出せない言葉を、心の中で言った。
誰も知らなくていい。
感謝なんて、いらない。
俺がやらなきゃ、誰かが死ぬ。なら、やる。
そうやって耐えることには、慣れていた。
慣れているからこそ、怖かった。
慣れたまま、ここで――いつか、折れる気がした。
世界の底で、静かに。
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