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楽聖は、闇夜に鳴く

分割してみました


―――――――道の無い、巨木だらけの森の中。

肩で荒く息をする3人。

「…助かりました、ありがとうございます」

薄着の女の子が小さい声で話す。

「私、冒険者ギルドに所属している魔導士のエリーゼです。お恥ずかしい格好で申し訳ありません…」

「俺は転生者のアケノ。えっと…もちろんだけど、君の好みで着ているわけではないよな?」

「も、もちろんです!ダイスケさんが、私の冒険者パーティに勝負を挑んできて…」

「大体察しはつくよ」


モンスター狩りに飽き飽きし力試しのしたかったダイスケは、一方的に冒険者に挑んだ。

命まで奪ったかはわからないが、同じ仲間を守るためにこの子は身を差し出したのであろう。

まったく、最近のガキは妙にスケベでしょうがない。


最近の…ガキ?


ふと、彼の衣装や言動を思い出す。

『裏技』『テレビゲーム』『バッドエンド』『コンピューター』

今どきの少年が、そんな言葉遣いをするだろうか。

むしろ、そういういい方は。

「俺の若い頃に使うようなセリフだよなぁ」

「アケノさん?」

つい、物思いに耽ってしまいすぐに現状に思考を戻す。


「ともかく、バシリスクからは離れられたがかなり道をそれてしまったな」

空を見上げる。

夕暮れが近いのか、日がかなり傾いていて森の中に差し込む光が少ない。

あっという間に、この周辺は真っ暗になってしまうだろう。



「……アケノさん。あのバシリスクはどうして私たちを襲ったのでしょうか…」

「そりゃあ、あれだけ騒がしかったら」

ルインが首を横に振る。

「バシリスクは人の声や音にとても臆病で、滅多に人前に現れないんです。あれだけ騒がしいと、寧ろ怯えて逃げ出してしまうほどなんです。私も実際に生きているのを見たのは初めてです…」

山登りをしている時にクマに合わないように音を鳴らすみたいなものか。

「でも、あれだけ好戦的なのは何か理由があると思うんです」

「縄張りに入ってしまったから…とか?」

「人の歩く道に縄張りを作る個体は居ませんわ」

ルインが不安そうに空を眺める。

「…仕方ありませんね、ともかくここで野営しましょう」

「大丈夫か?バシリスクが追ってきたりしないか?」

「先ほども言いましたが人の気配を恐れるモンスターなので、火を焚いていれば大丈夫ですわ」

本当に、クマみたいな奴だな。


ルインが手近な倒木を引きずると、斧も使わず倒木を割いていく。

もはや、彼女の怪力にはツッコまずに黙って作業を見ている。

木を組み上げ、幻石を木の隙間に差し込むとすぐに火が上がる。

「おいおい、大丈夫か?こんな森の中で焚火して」

「この辺りの木々は、ちょっとやそっとの炎じゃ燃えないんです。水分量が異常に多くて」

倒木の中の水分が多いからなのか、煙ではなく蒸気が発生している。

「こうして幻石で無理やり着火させない限り火はつきませんわ」


「ヒッ」


ふと、エリーゼが小さい悲鳴を上げる。

「あ、アケノさん!その腕の中に居るのはなんですか!」

腕の中にいるニワトリを指さす。

そうか、彼女は目を伏せていてこちらをよく見ていなかったな。

「これか?これはニワトリと言ってな」

「ば、バシリスクの子供なんじゃないですか?!」

「…いや、コイツはこの身体の大きさで大人」

言いかけて、ふと思う。


本当に、コイツの見た目がバシリスクの子供と同じだったら?

「それはないですね」

まるで思考を読んだかのようにルインが声を上げる。

背中に背負っていたリュックを地面におろすと、ドスンと重い音がする。

よくそんなもの背負ってあれだけ走れたな…。

「バシリスクは卵から生まれるんですが、最初トカゲがメインなんです」

「トカゲがメイン?」

「トカゲの体をしているヒナが、大人になるにつれて羽毛が生えそろってあの見た目になるんです」

図鑑に載っている恐竜をイメージする。

二足歩行の小さなトカゲのような見た目が、次第に大きくなるにつれて上半身だけ羽毛が生えていく。

「なるほど…確かにあの見た目に落ち着くのはわかる」

半身が丸々トカゲの姿だったバシリスクを思い出す。


「とはいえ、アケノさんのニワトリはバシリスクそっくりですよね」

「まあな、俺の抱えているのも雌だし、アイツも雌だったから同類と間違えたのかもな」

「うふふふ」

「あははは」


――――――原因これじゃない?

3人の誰もが思ったのと同時に草むらから『ゴエーッ!』という鳴き声が木霊した。

「追ってきてるぞルイン!」

「え?!どうしてですの?!」

バサッという音ともにバシリスクが草むらの中から飛び出してくる。

咄嗟で逃げ場がない。

「アケノさん、つかまってください!」

エリーゼを抱えたルインに飛びつく。


「フンヌッ!」という掛け声と共にルインの身体が垂直に飛び上がる。

それと同時にルインの足元ですさまじい閃光が光る。

間一髪だった。

15メートルぐらい垂直に飛んだ後巨木の枝に手をかけるルイン。

慌てて先ほど突貫で作った靴紐を結んだロープを投げて枝に引っ掛けると、ロープ伝いに枝の上によじ登った。

まるで巨大なパイプの上に乗っているかのような錯覚にも感じる巨木の枝。

「危なかったなルイン」

ふと、彼女のほうを見ると少し顔色を悪くして膝をついている。

「……どうした?」

「…今のジャンプで、ちょっと力を使ってしまいまして」

「…まさか、このタイミングで腹が減ったとは言わねえよな?」

ルインが静かに頷く。

当初の計画では、今日の夜前にはエルフの街に到着する予定だった。

しかし、何度も食事休憩をはさんだので食料は空っぽだ。

当然、薄着のエリーゼが食料を持っているはずもなく。

「…仕方ない、またニワトリに犠牲になってもらうか…」

ガックリと肩を落とす。

「えっ!?それ食べちゃうんですか?!」とエリーゼが驚きの声を上げる。

「…一応、替えというか…これを呼び出せるのが俺の能力だし」

ニワトリを殺めることに、次第に躊躇いがなくなっている自分が怖いが。

「ルイン、幻石はあるか?可食部だけでも切り出して、串焼きにでも」

ルインが首を横に振る。

足元を指さしている。

足元で蒸気を上げながら、焚火の炎が揺らいでいるのが見える。

…そういえば、着火しにくい木材だからと彼女の幻石を焚火の中に置いたままだ。

また、生肉を食うのか?

しかし、今回はエリーゼがいる。

ルインとの約束の『聖女の力を見せない』という条件を破る事になってしまう。


うーん、と腕組みをしていると仄かに甘い香りがする。

焚火の蒸気が、枝の上まで達してきており水蒸気から木の独特の匂いが漂っている。

枝に掛けられていたロープを回収し、下を見下ろす。

「…スモークできるかもな」

「まさか…今ここで?!」

顔を青くするエリーゼ。


ニワトリを床…正確には木の枝の上に寝かせる。

「悪いな…、オマエ達には貰ってばかりだよ」

ナイフをニワトリの首に立てる。

「…いただきます」


―――――――――――――


オークに設えてもらった皮の袋はもう一枚ある。

それは、『首を落としてもなお、暴れまわるニワトリを入れるため』の袋だ。

羽根を必死に動かし、自らの死に抗うかのように暴れまわるニワトリの身体を袋に入れる。

生の時間が途切れる最後まで、必死に身体を動かすニワトリ。

その小さな身体からは想像もつかないほどに袋の中で暴れまわる。

その姿を黙って見つめる。

何度やっても、この瞬間だけは身体の芯が冷たくなる。

人間という生き物は、なんて残忍なんだろうかと。


―――――十分に血の抜けたニワトリの身体から羽根を毟る。

空腹で全く動けないルインを、心配そうにエリーゼが見ている。

まさか、お腹が空いて動けませんなんて言ったらどんな目をされるのやら。


内臓を取り除き、適当なサイズに肉を切ると村で貰った塩と胡椒をこれでもかと塗りたくる。

本来は乾燥や塩抜きの時間が必要だが、一晩もこの木の上で過ごすわけには行かない。

ある程度ドリップして出てきた水分を、十分にふき取る。

ロープの先端に結びつけると、徐々に焚火の上に降ろしていく。


ふと、焚火の傍でバシリスクがまるでくつろぐかのように羽根を広げていた。

まるで、身体を乾かす…いや、干すかのような仕草をしている。

「なるほど…もしかして、ベースがトカゲだから身体を日干ししているのか」

「何関心しているんですか…早くしてください」

グオオオオオッと獣の声のような腹の音を鳴り響かせる。

「ヒッ!何か別の生き物の気配がします!」

エリーゼが辺りを慌ただしく見回す。

「……本当ですわね、一体何のモンスターの声なのでしょうか」

「おいコラ」


しかし、絵面は最悪だ。

『巨大なニワトリの上に、吊るされたニワトリが煙と熱で燻されている』構図。

極めて、生命に対する侮辱を感じる気がする。

それとは別に、煙と熱でニワトリの肉から油が滴り落ち木の上にまで匂いが漂ってくる。

「ああっ!アケノさん!早くしてください!狂いそうですわ!」


「しっかりしてくださいルインさん!ああ、こんな時『聖女の一部』があれば」


「聖女の一部?」

「ああ、アケノさんは転生者ですものね。えっと、聖女様にはすさまじい治癒や消毒の力が宿っているんです」

その聖女の身体から生み出されるものは、すべて即効性は無いが他者に施しを及ぼすのだという。

聖女の爪で、傷口を掻くとみるみる傷が癒えていく。

聖女の唾液の混じった薬を飲めば、内側から回復していく。

聖女の髪で、傷口を縫えばどんな深い傷でも跡すら残らない。

聖女の身体は、回復薬や消毒薬、ましてや治癒薬の製造機にもなりえるのだという。


―――――ルインが、なぜ自分を聖女であることを隠しているのかがわかってきた。

それはまるで、かつて寒さを凌ぐためにラッコの乱獲をしたかのように。

油を得るために、クジラを乱獲したかのように。

聖女は、『狩られる対象になりえる』のだろう。

「ひでえ話だ…」

「そうですか?聖女様は、どんな首都の王様より手厚く愛育されるんですよ?」

「でも、自分の排泄したもの全てが他者に奪われるんだぞ…?」

「国によりけりですね、確かエルフの国の女王様は聖女様なんだとか」

あまり、浮かない顔をしているルイン。

この話は、避けたい所だ。


「なあ、君は魔導士なんだろ?何ができるんだ?」

自分の背丈ほどもある杖を見せるエリーゼ。

「全然、私は見習いでして…」

空中で、小さな石の塊が生まれる。

「こんなボールみたいな石が出せるだけなんです」

野球ボールほどのサイズの石を見せる。

「すごいじゃないか、これを魔力で飛ばしたりするのか?」

「いえ、生み出すだけです」

「……あとは?」

「わかりません」

ガクッと肩を落とす。


―――――――――――――


40分ぐらいして、ロープを引っ張り上げる。

本当は、煙臭さを抜くために一晩干したいのだが…

よだれを垂らしてコチラを見ている獣がいるので仕方がない。

「……ほら、一応火が通ったぞ『バシリスク監修スモークチキン』だ」

しかし、皿がない。


「ルイン、胸当て脱げ」

「ちょっと!また私の装備で飯を盛るんじゃないでしょうね?!」

「じゃあ、エリーゼの装備を脱がせるぞ」

ほとんど、裸同然のエリーゼを指さす。

「ヒッ」と悲鳴を上げ、胸元を押さえながら震えるエリーゼ。

「バカッ!アケノさんのエッチ!」

顔を膨らませながら、胸当てを片方取り外すルイン。

皿代わりに並べて、ナイフで切り分けていく。

メイラード反応で、すっかり褐色色になった鶏肉が並べられる。

普通に焼くよりも、中は脂が抜けてパサパサしているが表面は程よい弾力を持っている。

「本当なら、もっと時間をかけたいなぁ」

一切れ口に放り込む。

「ああ!ずるいですアケノさん!」

ルインも、一番大きな部位を食べ始める。

「ほら、エリーゼも食べなよ」

「…はい、お言葉に甘えて」

渡された鶏肉を、恐る恐る食べ始める。

「…すごい匂いですね。煙を口に入れているみたいです」

「それに、油が抜けて食べやすいですわ」

ルインがハイペースで食べている。

「腹も膨れれば、少しは知恵も回るだろう」

「そうですわね」

「…大丈夫なんでしょうか」

黙々と食べる3人の下で、徐々に弱くなる焚火に身体を干しているバシリスクがいた。


―――――――――――――


夜が更けてくる、完全な暗闇が森を包む。

かすかな葉の隙間から、まぶしいほどの月明かりが照らされる。

すでに、焚火の炎は消え燻ぶった幻石が赤く小さく光っていた。

焚火の傍で身体を丸めながら寝息を立てているバシリスク。

どうやら、体温が下がると動きが鈍くなるのはトカゲと性質が同じなようだ。


ロープを垂らし、ルインとエリーゼがゆっくりと降りていく。

地面から5メートルの所で、ロープの長さが限界に来る。

「ルイン、エリーゼ、頼むぜ」

ルインの肩に乗ったエリーゼが頷く。


「いきますわよ!」

「はいっ」

ルインがロープから手を放し落下する。

両足からズンッと地面に着地すると、すさまじい地響きが鳴る。

その音に反応して、バシリスクがハッと顔を上げる。


「ルインさん!お願いします!」

エリーゼがボール大の石を宙に生成すると、ルインがそれを掴む。

「これでも食らえっ!」

見事な投球フォームで放たれたそれは、風切り音を鳴らしながら放物線すら描かずにまっすぐに飛ぶ。

そのままバシリスクの頭を打ち抜くと、近くにあった大木に大きな穴を開けた。


「やったぁ!」

「どんなもんです」


ゆっくりとその場に倒れるバシリスク。

「おーい、俺も降ろしてくれ」

「アケノさん、飛び降りてくださいな!キャッチします!」

「…………………………怖い」

「何女々しい事言っているんです!男なら降りなさい!」

「お前に女々しいって言われたくねえよ!」

「なんですって、乙女に対して失礼ですわ」

「砲丸並みの石を、160キロのスピードで投げる奴は女じゃない」

「そんなこと言っていると、そこに置いていきますわよ」

「あ!ずるい!じゃあ俺は竜田揚げを作らないぞ!」

「なんですのその素敵な響きは!料理ですか!料理なんですね?!」

二人の問答を見て、エリーゼがクスクスと笑い出す。


―――――――――――――


結局飛び降りられず、ルインがもう一度ジャンプして俺の身体を抱きかかえたまま落下するという荒業で解決したのだが、再び腹の虫を鳴らすルイン。

焚火のそばに置いてあった、ルインの巨大なカバンも無事だった。

まあ、危険も去ったし、結局野営するのは仕方ない。

「さっき捌いた内の、残りの部位をちゃんと焼くか」

何気なくいつもの癖で、フッとニワトリをその場に生成する。

現れたトサカのひと際大きいオスのニワトリが威勢よく走り回る。

「あ、おい、何に興奮しているんだコイツは」

ニワトリを捕まえようと追いかける。


と、草むらの中から一回りも大きい影が現れる。

……バシリスクが、雄のニワトリの前に立ちふさがっていた。


「えーっ!?まだいる!!」


焚火に当たるバシリスクが、気温の下がる夜に動かなくなるのではという予想は見事に外れる。

一回りも二回りも小さい雄のニワトリは、その大きな身体に圧倒されて動けなくなっていた。

3人の間に緊張が走る。

バシリスクから、十分に距離があるとはいえ少し詰め寄られれば全員が石化してしまうだろう。

そして何より懸念すべきは、ルインだ。

再度のジャンプをしたせいで、活発には動けない状態にあるようだ。

フラフラとしながらも、逃げる準備をしているが問題は俺とエリーゼの2人だ。

二人を抱きかかえて走って逃げるほどの、気力はないようだ。


万事休すか…。

転生者はすぐに亡くなる。

ダイスケがそうであったように、俺もここまでかもしれない。

せめて、ルインとエリーゼだけでも。


ふと、バシリスクの奇妙な動きが目に付く。

攻撃をするわけでもなく、雄のニワトリの周りをまるで品定めするかのように歩き回っている。

羽ばたきや低い姿勢での歩行、鳴き声。

雄のニワトリも、地面をコツコツと突いている。

これは間違いない。


「…求愛ディスプレイ行動か?!」

「ですぷれい?」

「死を始めるな」


~~~~~【女神ちゃんのなぜなに解説コーナー】~~~~~~

「お姉さんお姉さん」

「なあにハジメ君」

「臭いお兄さんの言っている求愛ディスプレイ行動ってなに?」

「いい質問ですね!」

『求愛ディスプレイ行動とは』

・クジャクが立派な尾羽をメスに向かって広げる

・ゴリラが胸を叩いて自身をアピールする

・オオカミやネコなどの尿マーキング行動

「オスが、メスに対して自分の強さや優秀さをアピールするための行動ですよ」

「へー、要するに告白ってこと?」

「どちらかというと、お見合いや合コンといった言葉が近いですね」

「なんか言葉を変えるとすごい安っぽくなるの嫌だな…」

「ちなみに、ハジメ君にもあるのよ求愛ディスプレイ行動」

「やめてよ、なんか急に恥ずかしくなってきた」

~~~~~【またみてね♪】~~~~~~


間違いない、最初のバシリスクの執拗なまでの俺たちへの攻撃性。

そして、いま行われている雄ニワトリへのこの品定めのような行動。

バシリスクの視点から、俺の呼び出しているニワトリは同種同類に見えているのだ。


ニワトリは、1羽のオスを中心に複数のメスを囲ういわばハーレムを形成する。

自分の縄張りに、他のメスが入ってくれば当然そのハーレムは敵意を示す。

俺の手に持っていたメスに対してあそこまで攻撃的に追ってきたのはそのためだ。

一方で、いま行われているこの行動。

縄張りに新たに入ってきたオスが、自分達のハーレムの中心になりえるかを見極めている。

つまり…


ドン…ドン…

と、ひと際大きい足音が近づいてくる。


月光を浴びて、ひと際大きいバシリスクが現れる。

巨大な鶏冠、嘴から爛れた肉髯 ( にくぜん )、雌のバシリスクよりも一回りも大きな身体。

雄のニワトリの前にゆっくりと歩み寄っていく。

「アケノさん…!まずい…です」

ルインが小さく悲鳴を上げる。


―――――周囲を、完全にバシリスクに囲まれていた。


雄のニワトリが、果敢にも雄のバシリスクに羽根を広げ威嚇している。

答えるように、バッと羽根を広げるとニワトリに対してゆっくりと近づく。


一瞬だった。

飛びかかろうと飛び上がった雄のニワトリを一蹴する。

ピクピクと動かなくなった雄のニワトリを見下ろすバシリスク。


『ゴアーーーッ!』と、独特の雄たけびを勝利の咆哮のように上げる。


「アケノさん!エリーゼさん、私につかまってください…!できるだけ遠くに投げ飛ばします!」

「ルインよせ、お前空腹で」

ルインが力なく首を横に振る。

「アケノさんを守りたいんです。あなたのパートナーですから」

力なく笑うルイン。

バシリスク達が徐々に距離を詰めてくる。

エリーゼが力なくその場に蹲る。

本当に、バッドエンドなのか。


「ああ…ごめんなさい、フィデリオ、ミサ…私ここで終わっちゃうんだ」

「エリーゼさん!こんな運命受け入れないでください!」

「でも、私のためにルインさんが犠牲になるなんて!」

バシリスク達が興奮気味に、お互いに声を上げる。

3重いや、4重奏のように…。


何か心に引っかかる。

四重奏?エリーゼのために…?


エリーゼのために!!!!???


心臓が大きく脈打つ。


「あっ!思い出した!!」


突然の大声に、バシリスクもルインもエリーゼもビクリと身体を震わせる。

祖父の飼っていたニワトリ。

不気味な鳴き声で、堂々とした身体。


音楽室で見た、白髪の不機嫌そうな男の顔!

その名は!


「ベートーヴェン!!」


突然、暗闇の中から現れたそれは、雄のバシリスクの眼を掻いた。

『ギャウッ!』と悲痛な声を上げて雄のバシリスクが悶える。


雄のバシリスクの足元。

かつて、祖父の抱えていたそのニワトリが、荒々しくバシリスクを見上げていた。


「…お前、ジイちゃんの?」

「アケノさん見てください!ブロイラーと全然見た目が違います!」


血の滾るような、燃える炎のような真っ赤な鶏冠。

顔から胸元まで、まるで白銀のヴェールを被ったかのような羽毛。

そして、胸から下にかけて暗闇を従えるかのような漆黒の身体。

アケノの呼び出していたニワトリと違い、真っ直ぐに伸びた尾羽が立っている。


『ゴアガガララララッ!』と雄たけびを上げるバシリスク。

まるで、そんな雄のバシリスクを憐れむかのような退屈そうな目線を送るニワトリ。


グッと、身体を起こし月に向かって頭を伸ばす。


「グッ…グルゥルゥルウウウーーーーーーー!!!!」


と、まるで獣の遠吠えのような、長く低い囀りが森に響き渡った。

思わずルインも、エリーゼも、雌のバシリスクも見とれてしまう。


そのニワトリの名前は通称『コエヨシ』。

声良鶏 (こえよしどり)と呼ばれるそのニワトリは国指定天然記念物にもされ

声を楽しむためだけに生み出された品種の1つだ。

名前の通り、その声は一般的なニワトリの甲高い声とは違う。

低く、長く、胃に響くような…まるで声変わりをした渋い大人のような声を響かせる。


キッと自分より数倍も大きなバシリスクを睨むニワトリ。

まるで、『俺に敵うか?』と言わんばかりだ。

バシリスクが少し後退すると、ニワトリは逆にバシリスクに詰め寄る。


再びの長い長い囀り。

まるでオートバイのような、機械のような声を森に響かせる。

片目を傷つけられた雄のバシリスクは、その姿と声に圧倒されたのか次第にその場から引いていく。


再度、追い打ちのように声を上げるとバシリスクは背を向けて草むらの中へ消えていった。


「ベートーヴェン…なのか?お前」

アケノの声に、一瞬視線を向けるがすぐにそっぽを向く。

雌のバシリスク達が、ベートーヴェンの傍によると身体を地面近くに擦らせ羽根を広げている。

その姿はまるで、恋をした女性がときめいて身を捩るようなそんな仕草にも見える。

悠然と、歩き始めるベートーヴェン。

その後ろを、雌のバシリスク達がついて歩く。


森の奥へ、奥へと歩いていく小さな影。

「待ってくれ!ベートーヴェン!」

アケノの声に一瞬振り返る。

フンと鼻息を鳴らし、首を持ち上げる。

その姿はまるで『しっかりやれよ』と、こちらを鼓舞しているかのようなそんな姿であった。


「アケノさん…あのニワトリは…?」

ヨロヨロと立ち上がり、ルインがアケノに歩み寄る。

「…ジイちゃんが昔飼ってたニワトリだ…あんな立派な奴だったんだ」

「…あれは美味しいのです?」

「おいコラ」

「ふふ、冗談ですわ」

「冗談に聞こえねえんだよ」

「…また、助けられてしまいましたね」

「俺は何もしてねえよ」

「そう…ですね、ふふ」

お互いに顔を見合わせて笑う。

ひとまず、危機は去ったようだ。


――――――――――――――――――――――


一式の荷物を回収し、道なき道を歩く。

真っ暗な森の中、手がかりもないがまたバシリスクと出くわすのはごめんだ。

「とはいえ、野営したほうがいいのではなくて?」

「俺としては、一刻も早く街道に出たいなぁ」


ふと、視線の先に何か光るものがある。

「おい、何か光ってるぞ」

「あ!本当だ!もしかして人かしら!」

木々をかき分けて、光の元へ進む。


「こ、これは!?」


そこには、巨大な剣を構えたまま立ち続ける1つの石像。

石化されたダイスケが、月明かりを浴びて光り輝いていた。

当然、そこにはダイスケ達といざこざをした街道がある。


「助かった~」

「助かりましたわ~」

ドッと疲れが出たのか、ルインとエリーゼがその場に座り込む。

「まさかお前に助けられるとはな、ダイスケ」

本人に聞かれているかは定かではないが、石化した身体をポンポンと叩く。

少しの月明りで、まるで電灯のように輝いているのは女神の加護の一部なのだろうか。

ともかく、この謎の光る姿のおかげで森の中で遭難する心配はなくなった。


「おーい、無事ですか!」

見ると、ダイスケとともに居た青髪の男が手を振っている。

「お前も無事だったようだな」

「おかげさまで…どうしてそっちばかり狙ったのでしょうかね?」


「それはそうと、貴方。エリーゼさんとアケノさんに随分な事をしましたね」

ボキボキと指を鳴らすルイン。

「あっ!いや、俺はダイスケさんに雇われただけで!そんなつもりは!?」

手にしていた弓を地面に置き、必死に手を振る。

「問答無用!…と、言いたいところですがお腹が空きましたわ~」


「じゃあ、安全なところまで来たしニワトリを捌いて…」


と、言いかけたアケノを羽交い絞めにするルインとエリーゼ。

「「もうあんな思いをするのは懲り懲りです!!」」

蚊帳の外に置かれた青髪の男は、ずっと不思議そうな顔をするしかなかった。


――――――――――――――――――――


青髪の男…フンメルと名乗る男が持っていた、食料を4人で食べている。

冒険者の基本的な携帯食とされる、乾燥したパンと質素なスープ。

こんな質素な食事ですら、安心したあとでは美味しく感じてしまうものだ。

「……アケノさん、エリーゼさん、本当に申し訳ありませんでした」

フンメルが、改めてその場に頭を下げる。

「…俺はいいよ、ニワトリしか呼び出せないのは事実だしアイツほど強くないのも事実だしな」

石像を指さす。


「…私、元の冒険者パーティに戻ります」

エリーゼが伏し目がちに言う。

「無事なのか?」

アケノの問いに、小さく頷く。

「私の身体を捧げるとダイスケさんに提案したら、他のメンバーの命まではとらなかったので」

「……俺も一緒に行っていいですかエリーゼさん」

フンメルがエリーゼの手を取る。

「あの人たちに謝りたいんです俺」

「私一人では、帰れませんから助かります」

「ちゃんと送り返してやれよ」とフンメルの背中を叩くアケノ。

「はい、許して貰えるかはわかりませんが…贖罪をしたいんです」


「それはそうと、このエロガキに何か一発お見舞いしてやりたいですわ」

腕をブンブンと振り回しながらダイスケの石像に近づくルイン。

「とりあえず、そのスケベな手を折ってやりますわ!」

「おい、本人に意思があるかはわからないけど…よしてやれよ」

「アケノさんだって、散々笑われたじゃありませんか!」

「いいんだよ、コイツは十分仕打ちを受けたじゃないか」

意味もなく、豪華に光るダイスケの像を見上げて力なく笑う。

明日は我が身だ。

でも、誰かに恨まれて死ぬのだけは御免だ。


―――――――――――――――――――――


森に、光が差してきた。

丸々一晩中、バシリスクと追いかけっこをしていたようだ。


「あれ?アケノさーん?!」

と、街道の向こうから声がする。

大きなトカゲに荷車を引かせた青年が手を振っている。

あれは…以前の村で養鶏を教えていた青年の1人じゃないか?

荷車が止まる。

「とっくにエルフの街に着いたと思ってたのにまだここだったんですか?」

「色々あってな…色々」

3人で顔を見合わせて笑う。

「僕これから、エルフの街に行く予定があるんです。乗りますか?」

「渡りに船とはこの事だな、助かったよ」

「私ももうボロボロですわ~」

ルインと共に、荷車に乗り込む。


フンメルとエリーゼが、荷車を見上げている。

「僕たちはこの道を引き返します。彼女を元の冒険者パーティに送り届けます」

「ああ、気をつけてな2人とも」

「はい、ありがとうございましたルインさんアケノさん」

「ダイスケも、がんばれよ」

石像に話しかける。

当然何も答えないダイスケ像。

「…こんなところに石像なんてありました?それにしてもおかしな格好ですね!よく目立ちますよ」

何も知らない青年がケラケラと笑う。


これは余談だが、女神の加護を受けたダイスケ像はこの後どんな風雨に晒されても欠けることも、苔むすことも無くたち続け、街道を歩く人たちの目印として手厚く信仰されたという。

夜になっても光り輝くその像を、人々は「暗闇を照らす勇者の像」として崇めたんだとか。


元の冒険者パーティと合流した、エリーゼとフンメルはその後2人で冒険を続けたそうだ。

エリーゼの生み出した小さな石弾を無限に発射する【投石紐のフンメル】は、名だたる狩人として世界に名を轟かせる。


――――――――――――――――――――


荷車が揺れている。

瞼が重くなり、揺れに合わせて首がガクガクと揺れる。

肩に、ルインが頭を置いてくる。

「おい、重いぞ」

「いいじゃないですか、少し眠いんですの」

「…俺も、疲れちゃったな」

「アケノさん」

「…なんだよ」

「私は、貴方のパートナー…ですよね?」

「なんだよ急に」

「…なんでもないです」

スウスウと寝息を立てるルインに釣られて瞼を閉じる。


ベートーヴェンは上手くやれるだろうか。

他人…いや、ニワトリの心配をしている場合じゃないか。

でも今は、こうして揺れに身を任せて眠っていたい。


遠くで、彼の長い鳴き声が木霊した気がした。




(次回に続く)

ありがとうございました

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