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食卓に、境界線はない

なんやかんや期間が開いてしまいました。すいません。


―――――――――――――――――――――


……身体が揺れている。

おそらく、オークの肩に担がれた麻袋の中の俺は、オークの背中に何度も身体をぶつけられる。

その度に、袋の中のニワトリが暴れまわるものだから、袋の中は羽毛と糞でいっぱいになっていた。


しばらく、その揺れに身を任せていると1時間ぐらい経ったころ揺れが治まる。

急に身体が宙に浮く感覚がしたと思えば、身体が地面に落下した。

麻袋の口が開き、顔だけが麻袋の外に出る。

「ぶはあ!なんだ?!」


パッと視界が開けると視線の先は、まるで牢屋のように何かの獣の骨が格子状に囲われている。

どうやらオークの牢屋に囚われてしまったようだ。

恐る恐る麻袋の中から抜け出す。


…格子の外で一際大きなオークが鎮座しているのが見える。

首から大量の何かの頭骨をぶら下げており、丸太のような二の腕に刺青が施されている。

ひと際長い牙を生やし、禿げあがった頭部には角というよりも牙に近い鋭い物が生えている。

「おい、にンげん」

大きなオークが、獣の喉の音のような声で語りかけてくる。


「おレは、この一団の族長をしているドラド・シドだ」

低い鼻から息が、ボイラーのように噴き出す。

「おマえの命の『所有権』はおレの手の中にある。おレの気分次第で、おマえはこうなる」

首に吊り下げられていた、明らかに人間の頭骨を見せつけてくる。

……冷や汗をかきながら、静かに頷く。


「おヤじ!勝手なことをするな!」


周りより一回り小柄なオークが恐れる事なく、俺とシドと名乗ったオークの間に入ってくる。

「ミラ、何故こんなおトこを連れ帰ってきたのだ」

「おヤじ、あタしにはあタしなりの考えがあるんだ、勝手に殺そうとするな!」

シドとは違い、艶やかな頭髪が生えている。

他の上半身裸体のオークとは違い、身体を覆い隠すような身なりと、ふくよかな体格から女性であることが伺える。


「乱暴な事をして申し訳なかった、あタしはこの族長の娘ドラド・ミラ」

小さく頭を下げるオークの娘。

「…アケノです」

丁寧な挨拶につられて名乗りながら、小さく頭を下げる。

こういうところが日本人だよなぁ、と心の中で自分を冷笑する。


と、麻袋の隙間からニワトリが飛び出し、牢の中を激しく暴れまわり始めた。


「おお!やはりおマえが持っていたのか!」

不思議そうにニワトリを指さし「これ?」と呟く。

「そう、それ」とミラが無邪気に笑う。

「それは何という生き物なのだ?!」

「えっと…これは、ニワトリだ」

「ニワトリ?」

首を傾げるミラと、取り巻きのオーク達。


そうだった、この世界にはニワトリは居ないんだったな。


「えっと、俺の世界における食肉に育てている家畜の鳥の総称…コイツは正確に言うと【ブロイラー】という品種だ」


~~~~~【女神ちゃんのなぜなに解説コーナー】~~~~~~

「お姉さんお姉さん!」

「なあにハジメ君」

「ブロイラーって何?ニワトリはニワトリじゃないの?」

「あらハジメ君、また臭いお兄さんの事見てたの?仕方ないわね~」

【ブロイラーとは】

・人が生み出した品種改良の果てのニワトリ

・たった50日で食肉としての出荷が可能なほどの成長スピード

・ガニ股で歩き、その姿はまさに肥満児

「業の深い生き物なんだね~」

「あら、人間なんて生き物を改造して、自分たちの都合よくさせて生きているのよ」

「ひどい連中だね~」

「サラブレッド、マウス、蚕、ペットの犬…あ、ペットの猫にチンチラって改良された生き物もいるわよ」

「……ボクって…改造されていたんだ…」

「…ハジメ君はネズミのほうのチンチラよ」


~~~~~~【またみてね♪】~~~~~~


―――――――――――――――――――――


「ルイン…おい、ルイン起きろ!」

…誰かに肩を揺すられている。

頭がガンガンと鳴り響いている。

どうやら、かなりのペースで酒を飲んで寝てしまったようだ。

「ふあ…あれ?マスターどうしてここにぃ?」

まだ視線の定まらない視界の中に、髭の男が心配そうな顔をしてのぞき込んでいる。

「連れの男はどうした?」

「連れのおとこ…?」

「ほら!転生者だよ!アケノとか言った」

「アケ…アケビの…炒め物…」

瞼がダランと閉じてくる。

「何処に行ったんだと聞いているんだよ」

「…横に座ってるじゃないですかぁ」

薄目を開くと、椅子にマントがかけられたままになっている。

何より、窓の景色が夜になっているではないか。


一瞬で血の気が引く。


「わあ!!いま何時ですか!!?」

飛び起きて壁を見る。

やけに針の多い振り子の時計が時刻を示している。

…少なくとも、食事をし始めてから4時間以上経っている。

「トイレに行くと行ったきり…」

マスターが深いため息をつく。


「櫓で見張りをしていた奴から”麻袋を担いだオーク”を見たという報告があったんだよ」


絶句する。

「…村人全員の数も調べた、冒険者の所在も調べた、あとは…わかるな?」

「た、大変です!助けにいかなくちゃ!」

「落ち着け、俺のほうで調査隊を用意している」

「で、でも!」


転生者は、すぐに亡くなる。

私が注意したばかりじゃないか。


と、ドアを勢い良く開けて鎧の男が飛び込んでくる。

「ギルドマスター!大変です!オークの一団がすぐそこに!」

食堂内がざわつく。

「まずいな…数は?」

「10から20匹ほど!」

マスターが爪を噛む。

「こりゃちょっとキツいな…寝ている冒険者もすぐに叩き起こせ。今村にいる人数で総力戦になるぞ!」


ルインが淡々と立ち上がり、肩を回しながら食堂を出ていく。

「おいルイン!どこへ行く」

振り返り、ルインが無邪気に笑う。


「ちょっと、お酒を抜いてきますね」



―――――――――――――――――――――


「わレらはドラド族の勇敢なる戦士!わレらの聖域を汚す者たちに罰を与えに来た!」

村の外で松明や槍を掲げたオーク達が荒い雄たけびを上げている。

「勇気あるものはわレらに立ち向かうがいい!臆病者は逃げよ!わレらは誇り高き一族!慈悲を与える!」

遠くで冒険者や村の人々が、門の近くで不安げにオーク達を見ている。

情けない、ああ人間はなんと情けないのだ。

こんな情けない者たちに、我らは負けぬ。


と、オークの一団に向かって歩いてくる1つの影がある。


カチャリ、カチャリと鎧の音を立てて静かに歩み寄ってくる。

女だ、それなりの背丈のあるおそらく冒険者ギルドの傭兵。

月明かりに照らされて、白銀の短い髪が揺れている。


「どうやら少しは骨のあるにンげんもいるようだな」

数メートル先で、女が立ち止まる。


「おンな!武器を忘れたか?それともおマえの身体が武器かぁ?」

オークの一団がギャハハハと大声で笑いだす。

「おンなだから見逃せといっても無駄だぞ?わレらに立ち向かうものは種族も性別も問わず容赦はせん」

一匹のオークが歩み寄る。

太い、人間の子供の腕ほどある太い指で女の顎を撫でる。

「言うておくが、オークに色仕掛けは迷信だぜぇ?そんな気持ち悪い白い肌喰う気も失せるわ」


「この部族のリーダーはどなたです?」

視線をオークの指先に落としながら、女が澄んだ声で話す。

「あ?」

「リーダーにお会いしたいのですが」

「おンなぁ…おめぇみたいな軟弱な奴が、おレたちのシド様に会えるわけが


ゴッ


短い音がして突然、緑色の巨体が宙に跳んだ。


直立のまま、5メートルほど錐揉み回転しながら飛ぶとそのまま地面に落下する。


落下時のすさまじい音が辺りに響き、土煙が舞う。

オーク達の笑い声が止み、あたりに静寂が訪れる。


「シドというんですね、案内していただけますか?リーダーの場所まで」


女性…ルインは、オークたちを見て口角を広げて不敵な笑みを浮かべた。


―――――――――――――――――――――


「つまりそれは、おマえの世界の食べ物なのか?」

オークの娘、ミラは興味深そうにニワトリを見ている。

「あ、ああ」

「もっと、沢山は居ないのか?」

「お、俺の世界になら沢山…」

「どれぐらいだ!」

「うちは小さい養鶏場だけど…4万羽…多いところだと6万羽」


オークの集団がざわつく。

「これが…よんまん…今すぐ出してくれ!」

興奮気味のミラに気おされるが、首を横に振る。


「わからないんだ…どうやって出てきたのか」


シドが大口を開けて笑い出す。

「残念だったなむスめよ!アテがハズレたようだな!」

ガハハハと割れたチューバのような笑い声が響き渡る。

「まだだ!こイつが呼び出せればまだ可能性はあるだろう!」

シドがゆっくりと立ち上がる。


「決まりだ、日の出と共に村に攻撃を仕掛ける!」


周囲を取り囲むオークに向けて声を上げる。

…村には、ルインが居る…!


「ま、待ってくれ!俺がニワトリを呼び出せたら攻撃を止めてくれるのか?!」

アケノを冷たい視線で睨むシド。

「それはミラが勝手に決めたことだ、おマえもその周りの奴らも日の出と共に処分する」

シドが指さす先に、牢屋の隅に横たわる鎧の男たちが居る。


―――――――俺が草原ですれ違った奴らか。

ルインを探していると言っていたが、そのうちオークに捕らわれていたのだろう。

鎧に覆われているとはいえ、鎧が凹み激しい殴打跡が見える。

致命傷ではなさそうだが、隅で蹲り辛そうに息をしている。


「頼む!じゃあせめてニワトリが出せたらこの男たちだけでも!」

フンッと鼻息を浴びせてくるシド。

「にンげんの言うことなど聞けるか」

ミラを指さし。

「むスめだから多少のワガママを許してやっていたが、これっきりにするんだぞミラ!」

シドが牢屋の前から地響きを鳴らしながら去っていく。


静寂が訪れる。

牢屋の格子の前に、座り込むミラが居る。

「…なんか、悪かったな期待させてたのに」

ミラが首を振る。

「いいんだ、結局オークは野蛮なのがお似合いなのかもな」

さみしそうに笑うミラを見て、無力な自分に心が痛む。

「…かつて、この集落の周りには森があったんだ」

ミラが語り掛けてくる。

「沢山の木の実とキノコが取れてな、あタしはそんな森が好きだったんだ」

「…家畜による、森林伐採の影響か」


ミラは、人間にそれをやめさせたかったのだろう。

暴力ではなく、おそらく和解として。


ニワトリは、省スペースで大量の肉を取ることができる。

特に、ブロイラーは人類が改良を重ね続けて生み出した肉を作るための家畜の究極体だ。

ミラは、俺たちの野営後のニワトリの亡骸を見て思いついたのだろう。

人間に、大型の家畜ではなくニワトリの飼育を選択させれば森を減らさずに済むのだと。


この子は俺に期待していたんじゃないか。

それなのに、俺は何も…。


それよりも、このままでは牢屋の男達も、村の人も、ルインも危ない。

自分も心配もしなければならないが。

立ち上がり、手のひらを見つめる。

ルインや、マスターが言っていた。


『転生者は、何か特殊な物を授かって現れるのだ』と。


「…俺にも、何か”貰っている”ってことなんだよな?」

多少の羞恥を捨てて、試しに両手を前に出してみる。



「いでよ!ニワトリ!」



シーンとした牢屋。


足元のニワトリが『コッコッ』と小さく鳴いているのが聞こえるほどの静寂。

たまらず恥ずかしくなって、頭に血が上るのがわかる。

…20過ぎた男が、何やってんだ。

ミラが口を開けて、アケノを見ている。


「おマえ…もしかして”掴んでない”んじゃないのか?」

「つかむ?」

ミラが立ち上がり、腕を見せる。

腕にいくつも入れ墨が掘ってあり、それらはオークの姿や顔にも見える。

「あタしは、力が無い代わりにシャーマン…降霊士をしている」

「降霊…?」

「先祖や動物の魂に語り掛けて、知識を得たり危険を察知するんだ」

ようはイタコか。

ふと、脳内でしわくちゃの老婆が数珠を構え必死にお経を唱えている姿を思い浮かぶ。

格子の傍まで近寄ると、手を伸ばしてくる。

「アケノ、お前は召喚士や降霊士とは違う何かのようだな」

「そうなの?」


「おマえ自身からは、なんの魔力も感じない。おマえを何かが、囲んでいるのが見える。」


手招きしているように見える。

手を取れと言っているのか?

比較的ふくよかなミラの手のひらに触れる。


ファンタジーの世界や漫画で聞くオークの手とは違い、その手は艶やかで綺麗だ。

そういえば、この集落のオークは皆汚れを感じない。

もしかして…豚に似ているからキレイ好きなのか?

声に出せば、殺されてしまうであろう事をグッと胸の中で堪える。


ミラが目を閉じる。

「……『ここから出してくれ』と言っている」

「あっ!…いや!俺は何も言っていない…」

「静かにしろ!…『引っ張り出してくれ』と鳴いている」


穴の中にあった、ズタ袋を思い出す。

無数のニワトリの死骸。

そこから、手を伸ばしニワトリの死体を引っ張り出したあの時を。


何か、パズルのピースをはめたような、ボタンを押したような。

わだかまりを解消したような感じが胸のあたりにある。


どこかに存在する、俺がズタ袋からニワトリをゆっくりと引っ張り出している。

ぬるりとした血の感触、腐臭が鼻をくすぐる。

そんな、気持ちが身体に伝わる。



『コケッ!』

『コケーッ!!』



声に気づき、ミラと二人で声のほうに目をやる。

牢の中に、いつの間にかニワトリが2匹に増えていた。

「これって…」

「ああ、やはりおマえに期待して間違いなかったようだな」

ミラが綺麗に並んだ牙を見せてニッと笑って見せた。


―――――――――――――――――――――


オークの集落に、聞きなれない鳥の声が響き渡る。

それも数十、数百は居るだろう。


「何事だ!」

シドと取り巻きが興奮気味に牢の前に来る。


格子を内側から押しつぶさん勢いで、白い羽毛の鳥が溢れかえっている。

「ミラ!なんだこれは!?」

「おヤじ、約束は守ってもらう」

ミラが自信満々に笑うと、牢の格子がはじけ飛び一斉にニワトリが飛び出してきた。

オークの足元を駆け回り、オークの集落を走り回り、あらゆる個所を突き回っている。


羽毛だらけの中で、アケノがシドに向かってヘラヘラと手を振っていた。

「どうだい、オークの旦那、これを人間に売り込まないかい?」

「ああ?」

「森が奪われていく事を、ミラから聞いた。コイツらの飼育を人間に提案すれば、今よりずっと少ないスペースで家畜を飼うことが可能だ。これ以上、森を壊さずに済む」

「何を世迷言を…!」

ニワトリの1匹を掴み上げる。

「売り込むだと?こんなちっぽけな鳥1匹で何が変わる!」

「1匹じゃない、4万羽にも6万羽にもなる!」

「ふざけるな!」

手あたり次第にニワトリをつかみ上げると、鋭い爪で次々とニワトリの首を落としていく。

辺りに鮮血が舞う。

「こんなもので何が変わる!」


「おい…命を粗末にすると、バチが当たるぞ」


アケノが淡々と呟く。


「バチだと?ハッ、おマえに何ができる」

「裁くのは、俺じゃない」


わかっていた、嵐の前の静けさが訪れていることを。


バコンッ!

ボコンッ!

バキバキッ!

と音が集落の端から響きわたる。


「ボス!大変です!」

「今度はなんだ!」

オークの集落の端で、土煙が舞い上がる。

「ピィー!ピイィー!」とまるで豚の悲鳴のような声を上げて老若男女オーク達が何かから逃げてくる。

聳え立つ櫓がメキメキと音を立てて次々と倒れていく。


「アケノさーん!どこですかー!」


丸太で出来た壁のへし折れる音。

「アケノさーん!」

オークの振り下ろした武器が折れる音。

「どこですかー?」

オークを殴打する音。

「おーい」

土煙が舞い上がり、木くずや骨が宙を舞う。

それらが次第に、砂埃を巻き上げる竜巻のようにこちらに近づいてくるのがわかる。


ベコンッ!と音がして分厚い丸太組の壁を叩き折ってルインが現れる。


「あ、居た!探しましたよもう~」

片手にオークを引きずり、返り血を全身に浴びながらもその表情は晴れやかだ。

アケノを見つけるなり顔をパアッと明るくする。


「おノれ!よくもわレらが仲間に!」


シドの地響きのような咆哮が響き渡る。

殆ど四足歩行に近い勢いで、ルインに向かって突進していく。

「山砕きのシドの一撃を受けれるか女ぁ!」

ガァと腕を振り下ろす。


ゴインッ!


とまるで鉄板を殴りつけたかのような音がして、シドの身体が後方に飛んでいく。

直立不動のルインが首を傾げている。

シドの振り下ろした腕は、確かにルインに直撃した。

それはまるで、鉄の柱に向かって思い切り腕をぶつけたかのような衝撃。

シドの腕はルインに弾かれ、シドの身体ごと吹き飛ばされていったのだった。

「…あ!シドって言った!貴方がリーダーですわね!」

腕を抑えて悶えるシドを見て、ウキウキ足で近づいていくルイン。

「ピギィー!ピギィイー!」と悲鳴を上げるシド。


「ルイン待った!もういいんだ!」


「……なぜですの?」

「コイツらには、元々戦う意思なんてないんだ」

「…そうですか?村に数匹攻め込んできましたけど?」

「それとは別!」

「ちぇ~」と悔しそうに唇を尖らせるルイン。

彼女の後ろには彼女が歩いてきたであろう道が、全てをなぎ倒し破壊している。


「あらアケノさん、その後ろの方は?」

アケノの後ろで、顔を真っ青にして震えているミラ。

「ああ、彼女はミラと言うんだ。彼女は、村との共存を希望しているんだ」

「オークがですかぁ?」


「それに、彼女のおかげでニワトリが自在に呼び出せることがわかったしな」

アケノの腕に『コケッ!』という声と共にニワトリが現れる。

「まあ、それは素晴らしいですわ!」

目を輝かせるルイン。

「では、あの美味しい鳥が何度も呼び出せて食べ放題ってことですよね?!」

「それに伴って、ちょっと手伝ってくれないかルイン」

「ええ、もちろんです!是非また食べさせてくださいね!」

自分の後ろに隠れているミラにも声をかける。

「ミラ、これから村に一緒に行こう。このニワトリを売り込みに行こうじゃないか」

「…ああ、頼む!」

ミラが希望に満ちた目で頷く。


ルインの耳元で囁く。

「…ところで…お前、聖女の力を使ったら腹が減るんじゃないのか?」

「え?ここまで一度も使っていませんよ?」

「………」

彼女の、ここまで歩いてきたであろう道の先の暴虐と破壊の跡を見て、開いた口が塞がらなかった。


―――――――――――――――――――――


朝日が昇る。

物々しい雰囲気に包まれている村の櫓から声が上がる。

「オークの一団が現れたぞ!」

村中に、緊張が高まる。

「いよいよ来たか…女子供は避難しろ!撃って出るぞ!」


「…いや、ルインが一緒だ!例の転生者もいるぞ!」


オークの一団を引き連れて、ルインとアケノが村に向かって大きく手を振っている。

オーク達の手には、不思議と武器が握られていない。

彼らは、木で組まれた鳥かごのようなものを手にしており中で白い鳥が蠢いている。

大きな魚を担いでいる者もいれば、背中の籠いっぱいにキノコや木の実を背負っている者も居る。

ある程度、村に近づいたところで立ち止まる。


「ギルドマスター、お話があります!」

ルインがひと際大きな声を上げ村に呼びかける。

「オークの皆さんは、停戦を希望しております!是非お話を聞いていただけませんか!」

村中がザワザワと、騒がしくなる。

武装していた冒険者や、傭兵と共に髭面の男が現れる。

「ルイン、それは本当なのか?」

「はい、ですのでこうしてオークの皆さんはお詫びの印に沢山の食べ物をお持ちしましたわ!」

「ねえ皆さん」とルインが振り返り笑うと、オークの一団は身体を震わせ「ハイ、ソノトオリデス」と一斉に発した。


―――――――――――――――――――――


異様な光景だった。

草原の真ん中、大きなテーブルが用意され、テーブルを挟んで村の代表とオークの代表たちが対峙している。

何故か身体中ボロボロのオークの代表であるシドを見て、マスターが首をかしげる。

「…なんで相手方はすでに1度争ったみたいな姿なんだ?」

「まあまあ、マスターここはお話を聞いてくださいな」

オークの席から、ミラが立ち上がり中央に寄って来る。

「わタしは、オークのドラド族のドラド・ミラだ。こうして話を聞いていただいて感謝したい」

丁寧に頭を下げ、握手を求めて手を差し伸べてくる。

「あ、ああ…村長兼、この村のギルドマスターをしている…よろしく頼む」

ミラの手を、マスターが握り返す。


ミラの主張はこうだ。


現在の、大型家畜の増産を中止してほしい。

森林を減らさなければ、私たちは人間のテリトリーを荒らしはしないと約束する。

その代わりに、ニワトリを差し上げたい、と。

「ニワトリって…確か兄ちゃんが抱えていた鳥か」

アケノのほうを見るマスター。

ニワトリなら、少ないスペースでも多くの生産が可能だと熱弁するアケノ。


例えば、この村で飼育されている大型の家畜を飼育するための小屋。

その1頭を収めるスペースで、ニワトリなら100~200羽程度を飼うことができる。

およそ1㎡で10羽程度飼えるといわれているニワトリならば、これは大幅な飼育規模の削減になる。


さらに、ニワトリは雑食だ。

人がこれまで切り開いてきた草原地帯に放てば、勝手に虫や穀物を食べて成長してくれる。

クズ野菜でもいい、食堂からは冒険者や村人の腹を満たすための残飯も多く出るだろう。

そのうえエサのために、畑を作るといった作業すらも軽減できる。

減ってしまった森を、増やそうとは思わない。

しかしこの広大な草原を、これ以上広げず有効活用するにはこれしかない。


「…確かに、俺たちはかなり森を切り開いてきたのは事実だ…だがなあ、家畜に比べてその鳥にそれだけの価値があるものか」

「そういうと思って」

オークの一部が、裁かれたニワトリの肉を掲げる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


あのルインが暴れまわった後、首を落としたニワトリ1つ1つをオーク達は丁寧に裁いていった。

教えていないにも関わらず、その手つきはベテランの解体士のように正確に骨と肉をわけていく。

「すごいな、教えてもないのに可食部がわかるんだな」

「当然だ、わレらは森に住まう鳥、獣、魚から全てを裁いてきた。これぐらいならあっという間だ」

オークの若者が得意げに、裁かれた鶏肉を見せてくる。

さらに、ナイフではなく彼らは黒曜石の石を使っていた。

鉄よりも切れ味が決して良いとは言えない、石でありながらその作業は完璧だ。

鉄より硬度が低い石で、一太刀も狂わずに筋繊維を外していくのか。

さすがは野蛮人とまで言われていたオーク、生粋のハンターなのだろうな。


「…その技術は、売り込めるぜ」


アケノがオークたちを見て満足げに頷く。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ほう、小さい鳥なのにこれほど可食部が存在するのか」

テーブルの上に血抜きされた鶏肉が並べられている。

「1羽から、これだけの量の肉が収穫できるんだ。それも50日あれば」

「50日?!…俺たちの家畜ですら1年以上かけてようやく若肉として出荷できるのにか」

「どうだ、これだけのサイクルがあれば大量の家畜を野に放つ必要はないだろ」

「ああ…、そうだな」

興味深く、ニワトリを眺めているマスター。


「それよりお腹が空きましたわ~、約束通り早く食べさせてくださいまし」


ルインが声を上げる。

「わかったよ、村人にもこの味を試してもらおう」


突貫でくみ上げられたカマドに、火が灯る。

食堂から借りてきた巨大な寸胴鍋に、小麦粉をまぶした鶏肉を流し込む。

オークの収穫してきた胡椒、山椒、岩塩と共にキノコを混ぜて炒め始める。

十分に火が通ったところで、村の家畜から作られたミルクを投入する。

本当はコンソメがあると助かるのだが、食堂で煮込まれていた野菜のスープを少し足す。

少し黄色みがかってしまった色合いだが、嗅ぎなれた匂いが漂ってくる。


「さあ、出来たぜ『転生者の鶏肉と、オークのキノコと、村で採れたミルクの煮こみ』だ」


「わあ!いただきまーす!」

ルインが目を輝かせて、料理の盛られた器を手に取る。

一方で、並べられた見たこともない料理に、オークと村人の両者がたじろぐ。

「…オークの採ってきたキノコ…毒じゃねえだろうな?」

「なんだと!そっちこそ成人したオークにミルクを飲ませるっていうのかよ!」

机を挟んで、村人とオークが口論し始める。


「あーもう、うるさい!」ミラが叫ぶ。


「あタしは食べるよ!」木のスプーンを手に取り、ミラが食べ始める。

「あ!ずるい!」とルインも一気に掻き込み始める。

固唾を飲んで見守る一同。


「……、悪くないねこれ」とミラが顔を明るくする。

「おいしいですアケノさん!」とルインが声を上げる。


その両者を見て、両者もそれぞれ恐る恐る飲み始める。

「…なるほど、キノコの出汁が効いている」

「ほう、家畜のミルクをこうして利用するのか」

先ほどまで喧嘩をしていた両者は、それぞれゆっくりと食事を始めた。


それぞれの姿を見て、安心する。

1度同じ食卓を囲めば、そこには価値観の違いも年齢の違いも、種族の違いだってない。

食卓は、いつだって平等なのだから。

あのシドだって、黙々と食べ進めている。


椀に向かって手を合わせる。

「いただきます…!」


―――――――――――――――――――――


すっかり食べ終わり、思考も重たくなってきた頃アケノが手を挙げる。


「俺から、提案してもいいかな?」


用意されていた黒板にイラストを描き始める。

「これから、村とオークで共同生産をしてもらおうと思う」

「「共同生産?」」

「まずはオークさん!貴方たちは解体におけるプロだが、家畜の生産は全くの無知だ!」

ビシッとチョークを持った手で指さす。

「うんうん」とミラが頷く。

「一方で村人さんたち!貴方たちは家畜や田畑を育てるのは得意だが、村の人口からして加工肉の大量生産はできない」

「まあな、俺たち全員加工に回ったら冒険者ギルドも畑の世話もままならねえしな」

顎ヒゲをこすりながらマスターが呟く。


「と、言うわけでニワトリの生産を村で行い、その肉をオークが解体して村に卸す。これでどうでしょうか」


「オーク側のメリットが無いじゃねえか!」

と、オークの1人が声を上げる。

「生産時に廃棄される羽根を回収すればいい、羽根は狩猟の際の弓矢にも使用できる。女性のオークの装飾や衣服にもなるしな。オークは裁いた肉の内の、10~20%を給料として貰えばいい」

「オークが素直に残り全ての肉を卸すとは限らないだろ!」

と、村人が声を上げる。

「そうしたら、村人側でニワトリの供給を止めてしまえばいい。その代わり、村には消費しきれないほどのニワトリで溢れかえるってわけだ」

アケノが肩を竦めて淡々と話す。


「おレ達の集落で産まれたニワトリだぞ!おレ達に主権がある!」

「何を!その兄ちゃんが出したニワトリだろうが!勝手なこと言うな!」

「なんだと!」

「やるのか!」

会場がヒートアップしていく。


バゴンッ!


と、とてつもない音が辺りに響く。

ルインが買ったばかりの剣を、柄ごと地面の岩にブッ刺していた。


「みなさん、お静かに」

凍り付いた笑顔でルインが、ニコリと笑うと村人側もオークもシンと静まり返る。

「アケノさん、続けてくださいませ」

「ア、ハイ」


何故、オークの集落での解体にこだわるのか、メリットがあるのかを伝えていく。

この村には、”大きな川”が存在しないのが最大のデメリットだ。

地表にしみ込んだ血は、いずれ汚染を引き起こす。

もし、これから先大量のニワトリをこの村で捌いていくとしたら、問題になるのは血や汚物だ。

2万羽、いや4万羽のニワトリから排泄される糞便、血液、羽根がこの村の水路では賄うことができない。

確かに、川自体の水質汚染は深刻かもしれないがこの村はオークの使っている川に直接影響はしていない。

村はお得意の幻石を使っていれば、飲水に困ることはなさそうだ。


さらに、衛生概念。

牢屋の中で感じた違和感。

ミラや他のオークの身体がキレイであること。

彼らを見ていると、外見とは裏腹に非常にキレイ好きであることが分かった。

衛生概念の乏しい異世界において、手を洗うことを徹底しており

さらには、獣の油から石鹸を生成しており身体を洗っているのだという。


ニワトリの解体現場において、菌や汚物は切っても切り離せない問題だ。


そして何より、家畜を狙う外敵の存在だ。

大型ではない家畜を大量に一か所に集中させれば村は毎日毎晩のように、捕食者に狙われ続けるだろう。

そこで、オークの存在だ。

捕食者が最も嗅ぎつけるであろう血の匂いを、オーク側に請け負ってもらうという思案だ。


もう一つ。

この村に『オークが出入りしている』という概念を周りに植え付けることだ。

ニワトリは未知の生き物だ。

もし、ルインやマスターが言う首都の連中に嗅ぎつけられればニワトリを盗みに来る、ニワトリを取り上げようと略奪をする人間も現れるだろう。

だから、村と飼育しているニワトリそのものの護衛を兼ねて欲しいと考えている。


「随分とオーク側には押しつけがましい提案だな、アケノ」


シドが、低い声で唸る。

「俺は、オーク達がそんな軟な種族じゃないと期待しているから提案しているんだぜ」

「……なるほど、いいだろう。」

シドが、立ち上がると取り巻きのオーク達がシドを取り囲む。


「これも、新時代なのかもしれないな、オークの時代も変わっていくのかもしれない」

「おヤじ…」

「ミラよ、後のことはおマえが決めるがいい。おレはこれから、集落に戻って連中を説得せねばならんからな」

ミラが力強く頷く。

「おマえが決めたことに意義は問わない。おレ達の未来を好きなように選ぶがいい」

「ありがとう、おヤじ」


地響きを鳴らしながら、シドがゆっくりと集落のある森の方へ歩いていく。

少し寂しそうな、それでも自分を律して歩く。

統率者としての威厳を、その背中からだれもが感じていた。


―――――――――――――――――――――


オークと村の話し合いから3日後。

「見てくれ、卵だ!」

村に新たに用意された養鶏場では、新しい生命が誕生していた。

籠の中に産み落とされていた真っ白い卵をそっと掬い上げる。

当初、俺の生み出したニワトリは交配も増殖もしないのではと恐れていたがそんなことは杞憂だった。


コイツらは、確かに生きているんだ。

当然子孫だって残していける。

「ほー、産卵までのサイクルも早いんだな」

マスターや村人たちが興味津々にニワトリを眺めている。

この3日間で、村人たちには養鶏のノウハウをかなり教え込んだ。

元々家畜の世話をしていた村の人たちだ、飲み込むのはあっという間だった。

特に外界から持ち込まれるウイルスに気をつけろと注意したが、どうやらこの地でインフルエンザは流行っていないようだ。

もう、あんな姿は見られることはないんだなとホッとする。


「あとは、オークの集落側だが…アイツうまくやってるかな?」

「そうだ、アケノ。お前に一つ頼みがあるんだがいいか?」

「なんだいマスター、随分改まって」


「実はな」


―――――――――――――――――――――


「どっせい!!」という掛け声がオークの集落に響いていた。

威嚇するように建てられていた櫓や、木で作られた壁などが取り払われている。

代わりに、集落の中央に川が引き込まれておりその川を跨ぐように大きな建物がある。


骨と木と、獣の皮で作られたその建物の屋根の上で梁をかけているルインがいる。

「ルイン、そっちの調子はどうだ」

「あ、アケノさん!いわれた通りできてきましたよ作業場!」

「さすが何でも屋、本当に建築現場にも駆り出されるんだな」

「ええ、当然ですわ!これぐらい」

フンフンと鼻を高くして自慢げに笑う。


オークの集落の、ニワトリの加工所の準備も着々と進んでいた。

街道をうまく引き込み、村とオークの集落とで荷物を運ぶ。

幸い村には大型の家畜がいる。

彼らに荷物を引かせれば、1度に膨大な量の貿易が可能なはずだ。

これで、オークと村の流通ルートも確保できたであろう。


「そうだ、ルイン。お前に新しい依頼があるんだがいいかな?」

梁をぶん投げて、ルインが屋根から飛び降りてくる。

遠くでオーク達の悲鳴が聞こえた気がするが気のせいだろう。


「ルイン、俺と一緒にこの森の奥にあるエルフの国まで来てほしい」

「まあ、それは何故?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「俺の功績を称えて冒険者ギルドに正式加盟を?」

マスターが頷く。

「お前は今までの転生者たちとはどこか違うようだ。不思議な呪文で人を惑わすこともない、破壊の限りを尽くすこともない。それに、村を救ってくれたんだこれは立派な偉業だよ」

「そ、そうか?でもいいのか?俺は嫌われ者の転生者だろ?」

「だが、冒険者ギルドに正式加盟すればお前も俺たちの仲間入りだ。大丈夫、俺が推薦状を書いてやるから」

マスターの手に、分厚い本のような書面がある。

「ここに、俺の推薦と他の冒険者からの推薦が記述してある。これを近くの首都の冒険者ギルドに提出すれば、お前も晴れて俺たちの仲間入りだ」

「……ありがとう、マスター」

「ここから一番近いのは、森の最も奥にある『エルフの住まう都市』だ」

彼から、推薦書を受け取る。

「しかし、俺一人でその都市まで行けるのだろうか…なんの力もない俺が」

マスターが首をかしげる。


「何言ってんだ、パートナーがいるだろ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「なるほど、アケノさんも冒険者の一員に。確かにそうすれば、動きやすくはなりますわね」

「…いいかな、ルイン。ついてきて貰えるか?」

ルインが自分の頬に指をつけて、「どうしようかなー」といじわるそうに笑う。

「…頼むよ」

「もちろんですわ、貴方は命の恩人ですし…」

アケノの手を取る。


「異世界のニワトリ料理をまだ堪能していませんから!」


ガックリとうな垂れる。

ともあれ、次の目的地は決まった。

この村も、オークの集落も軌道に乗るのも早いだろう。

「そうと決まれば、早速行くか次の場所へ」

「ええ、クエスト更新ですわねアケノさん」

いつの間にか現れていたニワトリがアケノの股の下で『コッコッ』と鳴いていた。


「じゃあ、旅立ちの前に盛大に送り出してやるよ」

ミラが、後ろからアケノとルインの肩を抱いて現れる。


「ようし、野郎ども。ご馳走持って村に集合だ!」

ミラの一声で、オーク達が雄たけびを上げる。


―――――――――――――――――――――


――――――一晩中、オークと村人に囲まれて、食っては踊り続けた。


広場に並べられた大量の魚料理、果物、獣の肉。

そして、見たこともないニワトリの料理が並べられている。

人間とオークが、それぞれ手を取って踊っている。

一回りも小さな人間が、オークの手を取りぎこちなくダンスをしている。


そんな集団に混じってルインとミラが、手を取り焚火の前で踊っていた。

そんな二人を眺めながら、一人広場の隅でジョッキの中身を煽る。


ふと、頭上が影になったと思うとシドが立っていた。

「…アケノよ」

シドが、見下ろすように立っていた。

アケノの隣に座ると、ルインにグルグルと回されているミラを満足げに眺めている。

「おレ達オークは、野蛮で獰猛で…にンげん達から忌み嫌われている存在だ」

シドがポツリと呟く。

「だが、おマえは違う。おレ達に味方し、戦うことを否定し、新しい解決策を提案してくれた…感謝する」

シドが、首にかけられていた物を手渡してくる。


まるで、ホイッスルぐらいのサイズの小さな角笛だ。


「もし、今後別族オークに会うことがあれば、この笛を”語り掛けるように吹け”」

「…あ、ありがとう」

「いいか、決して強く吹いてはならない、必ず語り掛けるように声のように吹くのだ」

自然と手を差し出すと、俺の上半身より大きな手のひらがそっと手を握り返してくれる。

「アケノ、おマえは良いやつだな」


「いや…そんな事はない」


素直に頷けばいいものの、否定してしまう。

ズタ袋いっぱいのニワトリの事を思い出してしまう。

……これから先、この村でオークの集落で何万羽とニワトリが潰されて行くことを思うと胸が苦しい。


異世界に生まれ変わったニワトリ達に、この仕打ちはあまりにも残酷じゃないのか?

なぜ俺は、ニワトリに自由を与え、草原を走り回る事を叶えさせてやらない。


「迷っているな」


シドがアケノの手を握ったままジッと見ている。

「……大丈夫だ、おマえは償いをちゃんとしているよ」

「償い?」

シドが、こちらの手を放すと、おもむろに自分の両手を胸の前に合わせる。


「いただきます」


その姿を見てハッとする。

ミルク煮を食べたあの日、俺の行動をシドは見ていたのだろう。


「”頂く”と言っていただろう、これはおマえなりの償いなんだろ?」


思わず涙腺が緩みそうになるがグッと堪える。

何気なくしていた。

食べるときは、手を合わせるんだと両親から口酸っぱく教わっていた。

そうか、誰かから見ればちゃんと償っているように見えたんだな。

「ありがとうシド」

「…礼を言われる事をした覚えはない」

二人でルイン達を見る。

あまりにグルグルと回されてミラがフラフラになっている。

「…見かけによらず、優しいんだなシド」

「見かけによらずは、余計だぞ」

シドの太い指先が額にあたって、その場にひっくり返る。

夜空を埋め尽くすほどの大きな月、沢山の天の川。

聞いたことのない虫の鳴き声。

オークの笑い声、村の人々の聞いたことのないメロディー。

ここは確かに、異世界だ。

それでも、通じるものは一緒なんだ。


俺は、オークよりも残酷で、残忍だ。

それでも俺はここで生きていく。

ここで生きていくために腹が減れば、飯を食う。

結局、それなんだ。

そうするしか、無いんだ。


他の命を奪い続けてもなお、生きるためにはこうするしかないんだ。

それがどんなに残酷だとしても。

俺は、生きていたい。


―――――――――――――――――――――


夜が明けた。


旅立ちの朝。


「どうかな、冒険者っぽい?」

いつものツナギ服。だが少し違う。

オーク達が設えた皮の胸当てや、皮の手袋をしている。

小さめの革袋に、少しの調理道具と様々な道具。

マスターから借りたマントを羽織れば、それなりに冒険をしていますといういで立ちだ。

転生者を示す黒い髪は、いざとなればフードをかぶって隠せばいい。


「まあ、及第点といったところですわ」

パンパンに膨らんだ巨大なカバンを背負うルインが笑う。

「そういえば…お前、兜は新調しないのか?」

「この村では、サイズ…じゃなかった見た目が気に入らなくて」

「ふーん」

「…何か言いたげです?」

「い、いいえ」


広場の出口で、オークたちと村人が混じって並んでいる。

「行くのか、アケノ」

ミラが握手を求めてくる。

ミラの後ろで、シドが腕組みをして満足げにこちらを見ている。

「オークのみんな、世話になったよ…ありがとう」

「助けられたのはコッチだ、アケノ。感謝する」


「お前もしっかりやれよルイン」

マスターや傭兵達がルインに色々と手渡している。

どうやらエルフの国に行くに際して、『オーク達に危害を加えないで欲しい』との書面をしたためたらしい。

「エルフの国には行ったことあるよな?」

「ええ…ただ、あんまり好きではないですわ…」

「…それ、女王の前で言うんじゃねえぞ?」


―――――――――日の出と共に歩き出す。

村人もオークも、遠くで一緒になって手を振っている。

もう、大丈夫だ。


―――――――――――――――――――――


「ん?アイツ、こんな所に剣を突き刺したまま忘れてらぁ!」


マスターが、広場の隅にあった剣を見つける。

「仕方ねえな…届けてやるか」

引き抜こうとするが、ビクともしない剣。

その後、オークや村人が代わる代わる現れて剣を抜こうとする。

「どれだけバカヂカラなんだ、あのおンな」

「こりゃだめだぁ」


ミラが笑い出す。

「…いいじゃないか、きっとこれはルインとアケノがあタし達に用意した”不戦の契り”なんだよ!」

「なるほど、そいつはいい」


その剣は、数百年後も抜けぬまま、二つの種族が手を取り合った奇跡の証として、とある都の中心で輝き続けたという。


―――――――――――――――――――――


「あーっ!!!広場に剣を突き刺したまま忘れてきてます!!」


しばらく歩いたところで、急にルインが大声を上げる。

突然の大声に、ビクッと身体を強張らせる。


そういえば、村人とオークの会談中に剣を地面に突き刺してそのままだったなと思い出す。

「…今更戻って『剣を忘れました、エヘヘ』なんて言えるか?」

「言えません…トホホ」

肩をガックリと落として歩くルイン。

その後ろをついて歩く。


腕の中のニワトリが、歩くたびに『コッコッ』とリズムよく鳴いていた。


次第に、森が深くなっていく。

木の幹が徐々に大きくなり、周辺の景色が鬱蒼としていく。

光が少なくなり、昼間にも関わらず薄暗い森の先へ進んでいく。


だが、心は思ったより晴れやかだった。

今は、この世界でがむしゃらに前に進むしかないんだ。


――――――――――つづく―――――――――――

見ていただき、ありがとうございました。

つたない文章で申し訳ありませんが、続きを書く予定です。

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