響く歌声、惑う呼び声
――――――父の残した遺言に沿って、葬儀は質素なものだった。
和室に設えた簡単な祭壇、笑っていない遺影。
真っ白い棺に、瘦せ細った父親が眠っている。
部屋を立ち込める線香の香り。
近所にも、親父の取引先にも遠慮を申し入れたにも関わらず次から次へと焼香に現れる。
親父は、近所でも取引先でも有名な養鶏家だった。
多くの子弟もおり、親父の元で養鶏を学んだ元実習生や学生すらも焼香に並んでいた。
圧倒される親父の人徳の姿に、唯々呆然と目の前の受付作業を淡々と済ませていく。
ふと、マナーモードにしていたスマホが震えているのに気が付く。
画面に目をやると、そこにはもう3日も休んでいる会社の名前が書かれていた。
「……アケノです」
「ああ、ごめんなさいね忙しいところ…実は貴方が企画してくれていた案件で相談が」
電話の向こうでは、上司が申し訳なさそうに話している。
「…あの案件は、先輩に譲ります」
「えっ?!…何を言っているの?」
「…先輩、俺会社辞めます」
「何を言ってるの?ちゃんと休暇申請は出ているのよ?責任を感じる事なんて」
「俺が責任を感じているのは、家の事です」
「…養鶏場の事?…まさかあなた」
「ごめんなさい先輩、俺決めましたから」
一方的に通話を切った後、すぐにスマホの電源を切る。
迷いは無かった。
手に入れた物をすべて投げ捨ててでも、俺はこの縁を切ってはいけないんだ。
親父が紡いできた、この縁を。
――――――――――――――――――――――――
大荷物を抱えて歩くルインと、下駄の音を鳴らして小気味よく歩くイグナシア。
「意外と体力あるんだなぁ」
「お前が体力なさすぎるんだよ」
イグナシアがケタケタと笑って見せる。
火を自在に操るのだから、もっと魔術師のような体力のないキャラを連想していたのだが彼女イグナシアは思ったより肉体派のようだ。
「あ、アケノさん!見てください!森の出口です!」
ルインの明るい声に、顔を上げると道の先に大きな看板が用意されていた。
文字は読めないが、おそらくエルフの国があると書かれている看板なのだろう。
――――――――――――――
森を抜けると、そこには鎧を着た兵士たちが武器を構えてこちらを見ていた。
「なっ!」
「貴様ら!森から来たのか!」
武器を構え、こちらに詰め寄る兵士たち。
漆黒に磨かれた鎧を纏い、真っ赤なマントを翻している。
顔すらも覆う真っ黒い仮面が、表情がわからず不気味なほどだ。
「お、おい!なんなんだ?!」
思わず両手を挙げて転生前の降参のポーズをとるアケノとすぐに身構える女性陣二人。
ああ…なんと、情けない男なのだろうか俺は。
「武器を降ろしなさい」
渋い男性の声が響き渡り、興奮気味だった兵士たちが武器を降ろす。
黒い鎧の兵士たちの群を割って、長い髭を蓄えた男が現れる。
老いた顔つきに反して、傷だらけの顔と逞しい身体をしているのが鎧の下からでもわかる。
「驚かしてすまない、私は中央軍所属大将のタイラーだ。君たちはあの森を抜けてこれたのかね?」
「あの森?」
タイラーと名乗る男性が、指さす森へ振り替える。
「な…なんですのあれは!」
ルインが思わず驚きの声を上げる。
今まで歩いてきた道が、いや森そのものが濃い霧に埋め尽くされている。
まるで雲の中に森が埋まってしまったのではないか、と思えるほどの森そのものが隠れてしまっている。
「これは…一体?」
「我々はレウケーの大樹が折れたと聞いて急遽駆け付けたのだ…しかしこのありさまでな」
髭をさすりながらタイラーが続ける。
「…君たちは、どうやってこの森を抜けてきたのだい?」
「どうって…」
―――――――「決して、振り返らず歩いてください」
エルフの女王、バトスが別れ際に放った一言がふと思い出される。
「女王に、振り返らず歩けとだけ…」
「なるほど…女王バトスの秘術ですか」
興味深そうに森を見つめるタイラー。
「君はエルフのようだね、この森を抜ける方法はわからないかい?」
イグナシアに問いかけるタイラー。
「……さあな、オレも森を追い出されたはぐれものなんでなぁ」
ヘッと鼻で笑う。
イグナシアとタイラーの態度に、どこか引っかかる。
イグナシアは確か、中央兵と共にレウケーに攻め入ってきたとされていた。
その彼女に対して、中央のタイラーが【エルフ】と種族で呼びかけたのが疑問だった。
イグナシアの存在は、中央では認知されていないのだろうか?
「…おや?よく見るとお二方とも、転生者なのですか?」
髪色を見て驚きの声を上げるタイラー。
「あー、オレは混ざりもの」
イグナシアがアケノを指さしながら。
「んで、コイツが混じりっけなしの転生者ぁ」
「失礼、お名前をお伺いしてもよろしいかな?」
「…アケノです」
「ふむ…アケノさんですか」
身を乗り出し、アケノの身体をグルグルと見て回るタイラー。
「…あの?」
「いえ、失礼。転生者は類まれなる力をもって転生されるとお聞きしましたので」
「いやそんな…」
「失礼でなければ、どのような祝福を受けたのかお聞きしてもいいですかな?」
「ああ…えっと…」
ルインのほうを見ると、まるで「見せつけてやれ」と言わんばかりに自信満々に頷いている。
なぜニワトリが出てくるだけの力がお前の誇りになっているんだ。
「俺はその…鳥が呼べるんです」
「ほお!面白い能力ですね!」
興味津々にズイと顔を寄せてくるタイラー。
「その鳥は火を噴き出せたりしますか?雷を呼んだりは?」
「あの…食用の家畜なんです、これぐらいの」
手でニワトリのサイズを再現する。
「面白い能力ですね、さぞこの世界では苦労してなさるでしょうに」
苦笑しながら髭を撫でるタイラー。
「さて、そちらの方々は…おや、貴方はもしや金剛のルイン様では?」
ルインが身体をビクッと震わせる。
「ど、どうしてわたくしの名前を?」
「貴方の怪力の噂は常々中央でも噂されておりますから。もし冒険者ギルドでの生活にお困りであれば是非とも中央軍に」
「い、一応検討しておきますね」
顔を引きつらせて笑顔を見せるルイン。
「さて、そちらのエルフの少女は…」
「えーっと、わたくしたち先を急いでおりまして…よろしいです?」
ルインが割って入る。
おそらくこの男性は【大樹を倒した原因】を探っているに違いない。
大樹を破壊した大本の原因はイグナシアだ。
あまり、探られたくはない。
「まあまあ、珍しい黒色の髪をしておりますね。もしかして転生者とのキメラですかな?」
キメラ、という発言に少し眉をひそめるイグナシア。
「悪いなぁ、オレはあの街を追い出された追放者で…この通り、水をチョロチョロとしか出せないんだ」
イグナシアが、水の幻石を握った手から水を滴り出している。
いつの間にか、アケノの腰からバトスから預かった水の原石を奪って手にしていたようだ。
「そうですか…」
とつまらなさそうな顔を見せるタイラー。
「…失礼でなければ、次の目的地をお伺いしてもよろしいですかな?」
3人で不安げに目を合わせる。
エルフの女王から、中央兵を名乗る者が火の島を目指して移動しました。
その動向を探ってほしいとの命を受けています。
など、知れたらどうしたものか。
「ああいえ、無理にとは言いませんので大丈夫ですよ」
驚くほど優しい顔をして、タイラーが道を開ける。
「我々の目的はレウケーの大樹の調査です。今は、森を抜ける方法を探るのが先ですから」
「隊長…よろしいのですか?」
鎧の一人がタイラーに問いかける。
「ルイン様が大樹をへし折るほどの怪力があったのなら、中央への報告も楽なのですがね…術師を呼べ、エルフの女王の霧を払う手段を考えるぞ」
「はい」
驚くほど凛々しい、軍人の顔に戻るとマントを翻し群衆の中へ歩いていく。
「ああ、言い忘れていました…旅路に、祝福があらんことを」
手を小さく振って去っていくタイラー。
兵士たちは、以前として森の入り口で武器を構え立っている。
―――――――群衆を掻き分け、歩く。
少し歩いた先で、多くの荷車や人々が軍人に道を阻まれてその場で立ち往生をしていた。
かなり歩き、丘の上まで来たところでホッとルインが胸をなでおろす。
「なんとかなりましたね」
「………」
だが、隣のイグナシアの顔は浮かばない。
「鎧の色が違っていたな。中央軍とはいえ、別組織…とか?」
「ああ、俺をレウケーまで送ったのは中央軍でも間諜にあたる組織だった」
「だった?」
「実態は知らねぇ、両親が亡くなった後『お前の両親を故郷に埋葬しないか』って持ち掛けてきやがったんだ」
「…なるほど、間諜に街を探らせイグナシアの力で大樹を壊し、国力が下がった所を中央軍を集結させてレウケーを奪う算段だったんだな」
「そんな…じゃあタイラーさんは」
「ああ…表向きは調査だが、実際には上から乗っ取りを命令されているのだろう」
「チッ…面白くない話だぜ」
イグナシアが振り返る。
窪地になっている巨樹の森が遠くに見えるが、その姿は相変わらず濃い霧に覆われている。
愁いを帯びた顔をして、森を見つめるイグナシア。
バッチーンッ!と突然乾いた音が響き渡る。
「大丈夫ですよ、バトス様が言ったじゃないですか振り返るなって…きっと、貴方が戻ってくるまで国を守ってくださりますわ」
景気づけのつもりか、イグナシアの背中を思いきりルインがひっぱたく。
「いっだあああああぁ!!!?」
「え?!あ!そんな強く叩いたつもりは」
「てんめぇ!何しやがる!」
イグナシアの身体の周りに火が灯り始める。
「ほら、治してあげますから!」
ルインが全く隠す気もなく、身体から羽衣を生やしイグナシアの身体を癒す。
「え?!はぁ?!」
痛みが消えた驚きと、自分の目の前でいきなり奇跡が起こったことに激しく動揺するイグナシア。
「お、お前…その見た目で聖女なのかぁ?!」
アワアワと激しく動揺しルインを指さすイグナシア。
「ええ、そうです」
エッヘンと鼻を高くして堂々と宣言するルイン。
「おいおい、バラしていいのか?」
「いいんです、これから3人で旅をするのに隠し事があったら色々不都合ですわ」
自分の腰のポーチから、固めたシリアルバーを取り出し齧るルイン。
「イグナシアさん、私のこの力は絶対に内緒にしていてほしいんです」
イグナシアの肩に手を置き、微笑むルイン。
「何も内緒にする必要ねえだろぉ」
「いいえ、私はどうしても隠しておきたいのです。ですから、もし口外したら」
「口外したら?」
イグナシアの肩を持つ力がグッと強くなる。
「さっきの10倍の力で、貴方の背中を叩きます」
まるで壊れた水射し鳥のように激しく首を上下させるイグナシア。
「はいもちろんぜったいにないしょにしますかならず」
ブンブンと首を振り続けるイグナシアに、ルインは満足げにほほ笑むのだった。
――――――――――――――
大きな灯台が見える。
潮風が鼻を擽る。
干された魚が風に揺れている。
カラフルなブロックで積まれたかのような、レンガ積みの港町が見えてくる。
異世界とはいえ、港町はどこも似たような香りをしているのだな。
「着きましたね、この街は火山島【黒曜島】までの船が出ている港町です」
「それにしても火山島なんて見えないけど、そんなに遠くにあるのか?」
クスクスと笑うルイン。
「何を言っているんですか、あそこにあるんですよ」
指さすほう、海面に巨大な入道雲がある。
「あの雲は黒曜島の活動で起こっている水蒸気で出来た雲なんです」
「島そのものが、雲で覆われるほどってことか…それにしてもそんな島に上陸するのか?」
「島自体には誰も到達できません、その手前にサンゴ礁があってその上に街が作られているんです」
「島に上陸できないのに、どうやって火の幻石をとるんだ?」
「黒曜島から流れ出た溶岩が、海底に沈むんだがその中から火の幻石を取り出すんだよなぁ」
「ええ…それにしても…」
あたりを不安げに見回すルイン。
「いつもはもっと活気がある街なのですが、なんだか暗い雰囲気です」
確かに、屋台が立ち並んでいた跡はあるがそのどれもが無人になっている。
街を歩く人々も、どこかその顔は浮かない。
「ひと月で、何があったのでしょうか?」
遠くで、怒号が聞こえてくる。
「なんでしょうか?」
「法外だ!なんだこの高い渡航料は!」
「商売が上がったりだ!領主は何を考えている!」
商人や兵士が、港に停泊している船に向かって口々に叫んでいる。
「ええい、やかましい!」
見ると、背丈の小さい恰幅のいい男が怒鳴り返している。
ボディービルダーを圧縮したかのような低身長の筋肉質。
胴体の半分が隠れるほどの長いヒゲを蓄えている。
あれは、俺でもわかる。
ゲームや小説でも見かける姿、あれがドワーフと言う種族なのだろう。
「新たな領主様が決められたのだ!我々船乗りに言われても仕方がないだろう!」
「では、その新たな領主とやらに合わせろ!」
大勢の人々が、大きな船に向かって怒号を浴びせ続ける。
「あのう、何かあったのですか?」
腕組みをしている男に、ルインが声をかけている。
「ん?ああ、冒険者かい?黒曜島には渡れんよ…とてつもない渡航料を徴収するようになってな」
「そんなにですか?」
「ああ、1人辺り1000万円だ」
「1000万円?!家が建ちますよ!」
おそらく、ローカライズされているので俺の耳が円に聞こえているのだろう。
ルインがガックリと肩を落として歩いてくる。
「困りましたね」
「とんでもない金額を吹っかけてきているんだな」
「いえ、支払えなくはないんですけど」
「……すげぇなお前」
「何かほかの手を考えたほうがいいかもしれませんね」
ムムムと腕を組むルイン。
興味なさそうに欠伸をするイグナシア。
「オレが船を襲撃して、屈服させるかぁ?」
「コラコラ、厄介ごとを増やそうとするんじゃない」
「チッ…じゃあどうするよぉ」
「うーん、別の船を出してもらって、黒曜島まで送ってもらうとか?」
「冒険者ギルドで聞いてみましょうか」
――――――――――――――
冒険者ギルドに入ると、奥で人だかりが出来ている。
「ここでも何かもめ事ですか?」
しかし、その熱気はどこか明るい。
「イヤよイヤよ!なんであんな陰険な場所で歌わなきゃいけないのよ!」
人だかりの中央、甲高い声で騒ぎ立てる少女がいる。
大げさなポニーテール、白色に近い金色に光る髪。
スパンコールを散りばめたかのように輝く衣装はまるで
「アイドル歌手みたいだな」
「正解だアケノ、ありゃ中央で見たことがあるぜぇ」
イグナシアが低い背を必死に伸ばし、群衆の先を見ている。
「どうしてトップアイドル歌手のパイラちゃんが、あんなスラム街みたいな場所に行かなきゃいけないのよ!」
鎧を着た青年に詰め寄る。
「あんたマネージャーのくせに、パイラの嫌がることをする気なの?!」
「こ、困るよパイラちゃん、新しい領主からのご指名なんだから」
「とにかく、嫌よ!」
キーキーと金切り声を上げるパイラ。
「特別船も用意したのに、困るよ…」
「船ですって?!」
思わず大声を上げるルインに一斉に振り返る一同。
「あ、ごめんなさい」
慌てて萎縮するルインを見てハハーンと笑うパイラ。
「あらもしかして、黒曜島に行きたいの?」
「は、はい」
「パイラちゃんはね、領主様に呼ばれてライブを開催してほしいって頼まれてるのよ」
「パイラちゃんさっき嫌って」
「アンタは黙ってなさい!」
パイラに叱責され委縮するマネージャーと呼ばれた男。
「とにかく、今あの島に行けるのは私ぐらいしか居ないってわけ」
「…ギルドから船は出ないんです?」
ルインが眉をひそめると、ほかの冒険者が耳打ちする。
「『認められていない船以外は容赦なく沈める』…そう領主から言われているんです」
「物騒すぎませんか?…このひと月で何があったんです?」
ギルドに落ち込んだ空気が漂う。
「…中央の人間が、ドワーフの領主に代わって島を牛耳っている」
「チッ、遅かったか」
イグナシアが悔しそうな顔をする。
「そいつは、真っ白い鎧を着ていたりしなかったか?」
「さあ…姿までは…ああでも、”白磁卿”と自らを名乗っているらしい」
「アケノ、どうする?女王の警告も無駄になるがそれでも島に行くかぁ?」
「…俺は、黒曜島にはいくべきだと思う」
「ちょっとちょっと!パイラちゃんを差し置いて話をしないでよ!」
キーーッと声を上げる。
…どうにも、あの女神の姿を重ねてしまう。
「とにかく!貴方たち黒曜島に行きたいならパイラちゃんにお願いしなさいよ!」
うーん…と、腕を組んで悩む冒険者一同。
「なによ!パイラちゃんと同じ船でクルーズできるのよ!何か不満?!」
「…アイドルって素の性格こんな感じなんだな」
「なんというか…幻滅だな…」
「いや、俺は島に行きたい」
アケノがパッと手を上に挙げる。
「アケノさん」
「…また、暴走したイグナシアみたいな事が起こったらどうする?俺たちは、エルフの女王に頼まれたんだろ」
「同感だアケノぉ」
ニッとイグナシアが笑う。
「そうですわね…パイラさん、乗せて頂くことは可能ですか?」
ルインが握手を求めて手を伸ばす。
「ちょっと待ちなさいよ、タダで乗せるなんて言ってないわよ」
パイラが差し出されたルインの手を叩く。
「え」
「あ」
お互いに気の抜けた声を出す。
「…どうした?」
「いえ…なんでも」
「?」
「そうね、パイラちゃんを満足させてくれたら乗せてあげてもいいわ」
「満足?」
「ねえあんた達、転生者でしょ」
アケノとイグナシアを指さす。
「ちげぇよ、オレは混ざりものぉ」
けだるそうに自分を指さす。
「どっちでもいいのよ!どんなことができるの?!」
目をランランと輝かせ2人を見るパイラ。
なんか、今朝も同じような質問をされた気がする。
そして、同じように「ぶちかましてやれ!」と自信満々にこちらを見るルイン。
「…ニワトリが、出せる」
「ニワトリ?」
「…これぐらいの、食用の鳥」
「ふーん、見せて!」
「あ、ああ」
いつものように、あの袋に手を入れる感覚を……
感覚は…?
どうやっていたっけ?
呆然と佇むアケノ。
「…アケノさん?」
「おい、どうしたよぉ?」
「何よ、できないの?」
「い、いや…」
できない。
いや、できていたのにできない。
まるで腕の上げ方を忘れてしまったかのような、歩き方を忘れてしまったような。
そう、当たり前にできていたパーツが欠けてしまっている。
そうだ、オークの娘ミラが言っていたことを思い出せ。
声にこたえるんだ。
呼びかけに。
…どうやって?
「う…ぐう…う?!」
どこに力を籠めればいいかわからず、唸り声をあげる。
とにかく、俺の呼び声にこたえるものを、こちらに引きずり出す。
そうだ、ベートーベンが出てきたように。
何でもいいから、こちらに手を伸ばすものに!
ボトリ
と、ギルドの木張りの床に何かが落ちる。
トサカのない、禿げあがった頭。
肉髯に覆われたかのような真っ赤な爛れた顔。
鶏より一回りも大きい体つき。
不気味な真っ黒い羽根。
「ゲレレッ、ゲレレッ、ルゥゥー!」
その不気味な鳥は、突然ギルドの中央で不気味に鳴きだした。
全員が一斉に耳を塞ぐ。
「…だめだ…!コイツは…ニワトリじゃない!!」
~~~~~【女神ちゃんのなぜなに解説コーナー】~~~~~~
「お姉さんお姉さん見てみて!またニワトリじゃないやつが出てきたよ!」
「制約を覆した行動は、世界の意に反するはず…」
「お姉さん?」
「私の加護は、手の届く範囲の力しか…」
「お姉さんってば!」
「え…ああハジメ君どうしたの?」
「あの鳥の名前はなあに?」
「…ああ、ええ…じゃあ説明しましょうね!」
【七面鳥とは】
・英国での鳴き声はGobble、異世界でお馴染みの化け物の名前にそっくり!
・見た目はブサイク、でも味は絶品!食卓を彩る特別な日の象徴!
・アケノ君が出そうとしたニワトリとは、見た目は違うけど実は親戚!
「ニワトリが王道に対して、七面鳥は特別な鳥なのよ」
「でも僕あの見た目ちょっと怖いなぁ」
「味はニワトリに劣らずすごくおいしいのよ」
「…でもお姉さんは確か、あの臭いお兄さんに『ニワトリと生きていけ』って制約したんだよね?」
「………」
「お姉さん?」
~~~~~~~~~~~~『また見てね♪』~~~~~~~~~~~~~
七面鳥は見たことはある。
しかし、こうして生きて動いている姿を見るのは初めてだ。
トサカのない頭は、まるで火傷の跡のように赤い。
不気味な肉の襞が喉元まで垂れ下がっている。
漆黒の羽を逆立て、ギルドの床を鋭い爪で削るその姿は俺の知っている愛嬌のある家畜とはとても思えない。
「ゴロロロォ、ルルルルルッ!」
興奮気味に、鳴き声を上げながらギルドを駆け回る。
「ああ、クソッ!やかましいっ!」
イグナシアの腕が火に包まれる。
ブンッと、腕を振ると炎の塊が刃のように形を変え、七面鳥の頭をあっという間に撃ち落とす。
再び静まり返ったギルド内に、焦げ臭い匂いが立ち込める。
「オイ!アケノ!あれがオレが卵から返そうとしたニワトリなのかぁ?!」
イグナシアがアケノに詰め寄る。
「ち、違う!違うんだ!」
アケノが必死に首を振る。
「まあ!素敵よ!幻石も使わずにそんな力が出せるんですね!」
パイラが目をランランとさせている。
「あなた乗船してもいいわよ!」
「まじぃ?」
「特別にパイラちゃんのボディガードにしてあげる!」
「…断る」
「なによ!嫌っていうの?!」
ニワトリが、声に答えなくなっている。
その現実に身体中の力が抜けてしまい、床に座り込んでしまうアケノ。
「…アケノさん?」
座り込むアケノに近寄るルイン。
「…アイツらの、声が…聞こえない」
「アケノさん…疲れているんですよ」
「………」
力なく、自分の手を見つめるアケノ。
羽毛の肌触り、固まったフンの感触、餌を握りしめる感覚。
それらを覚えているのに、肝心のニワトリは現れない、答えない。
この世界で俺に与えられた唯一の力。
それが今、この手に無い。
「アケノさん…」
悲しげな顔をして、ルインがアケノの肩に手を置く。
「あの鳥は、食べられるのですよね?」
「その心配をしてたのかよお前は!!!」
「死活問題ですわ!アケノさんから食べ放題要素が無くなったら何も良いところ無いんですから!」
「お前は俺を食糧庫にしてたのかよ!」
フンッと鼻を鳴らすルイン。
はぁーと頭を抱えて落ち込むアケノ。
「なんか悩んでたのがバカバカしくなった…あれは、七面鳥って言って食用だよ」
「さっすがあ!」
「…俺はニワトリより好きじゃないけどな」
「どうしてです?」
「肉が油が少なくて食べやすいんだが、独特の匂いが好きじゃないなぁ」
「ちょっと!そこの2人!うるさいわよ!」
イグナシアと口論をしていたパイラが2人の前に立っている。
「船に乗せてあげてもいいわよ」
「本当ですか?」
「ただし」
指をビッとアケノに指す。
「あんたはダメ」
「そんなぁ!」
「金剛のルインとイグナシア、パイラちゃんのボディガードには申し分ないけど…アンタ何も出来ないじゃない」
言い返せないほどの正論に思わず喉からグウと音が出る。
「ただし、チャンスをあげちゃうんだから」
「本当ですか?」
「お、力比べかぁ?」
「そんなわけないでしょ!パイラちゃんは貴方たちみたいに強くないからパイラちゃんの得意分野で勝負させてあげる」
「得意分野?」
「歌よ」
――――――――――――――
『みんなー!いっくよー!』
曲名『爆烈・パラパラ・パイラ!』(歌:パイラちゃん)
パラパライライラ パイラちゃん!
パラパライライラ パイラちゃん!
お花 パラパラ!
あたま イライラ!
夜空を焦がす 恋の火花(ファイヤー!)
あなたのハートに 私はパイラ!
私だけを 見てなきゃだめよ?
さみしさイヤイヤ パイラちゃん!
うれしさすきすき パイラちゃん!
あなた パラパラ
お星 キラキラ
星の数だけ パイラちゃんだけ
恋してね?
――――――――――――――
この世界にはエフェクターもサウンドミキサーも無い。
にもかかわらず、まるでテクノミュージックのような加工された声を鳴らし歌っているパイラ。
マイクも無いのに、ギルドの四方からサラウンドのような声が響き渡る。
自ら光り輝きながら、まるでミュージカルのようにステージの上を飛び回るパイラ。
それを唖然とした顔で見上げるイグナシアとルイン。
「すげぇな…アイドルって光るんだなぁ」
「そんなわけありませんよ!…彼女、聖女なんですよ」
おそらく彼女は、聖女の力をフル活用しているのだろう。
ルインと同じく、自身を強化することで特徴的な声を出しているのだろうか。
ふと、ルインが僅かに光っているのが見える。
「なあ、お前のそれ…大丈夫なのか?」
「えっ、きゃあっ!ちょっと私は外に出てます!」
恥ずかしい姿を見られた乙女のような声を上げて、ルインがそそくさとギルドの外に出ていく。
やれやれ、という表情をしてイグナシアが再びステージに目をやる。
冒険者ギルドは、さながらライブハウスのような様相になっていた。
パイラの歌う2階に向かって、街中の人間が押し寄せている。
先ほどまで船の前で言い争っていた男たちすら、互いに肩を寄せてパイラに声援を送っている。
「すげぇなアイドルってやつは、なぁ…オレら勝ち目あるかぁ?」
イグナシアが訝し気にアケノに問うが当の本人は居ない。
「あれ?どこいった?」
「うおおおおおお!パイラちゃああああん!!!」
最前列で絶叫するツナギに黒髪の男。
「L・O・V・E!パイラちゃあああああん!!」
腕を真横にブンブンと振り回し独特のダンスをしている。
「はぁーい♪パイラちゃんだけを見てなきゃダメよ?」
半泣きで、どこで手に入れたのかわからないパイラの書かれたウチワを振り舞わすアケノ。
「お前は、どっちの味方なんだよ」
イグナシアが思い切りアケノの背中を引っぱたく。
「あ”あ”あ”あ”あ”あーーーッッッッッ!!!!!」
さながら真っ赤に熱せられた鉄小手を背中に押し付けられた男の絶叫がホールに響き渡った。
――――――――――――――
大声を上げたせいで、ライブハウスとかしたギルドを追い出された3人。
ギルド内では、未だパイラの歌声が響いている。
一方で、ツナギの背中が焼け落ち、背中に真っ赤な手形がついたまま蹲るアケノ。
まるで女性二人に、土下座しているような姿になっている。
「今のはなんだ」
「すいません、現世というか前世で地下アイドルを推していた衝動が止まりませんでした」
ルインがアケノの背中を撫でながら、火傷のあとを修復しているがその視線は冷ややかだ。
「……よし、俺は諦めるか!」
アケノが顔を上げる。
「早ぇよ諦めるの」
「それにしてもどうしましょうか…」
「歌ですかぁ…」
「地下アイドルの歌なら歌えるけど、オッサンの歌声でアイドルの歌はなぁ」
「私も、童謡と子守歌しか…」
自然と視線がイグナシアに向けられる。
「あ?オレぇ?」
「ちなみにそこのところどうなんだ?」
「…一応、中央に居たから流行りの曲とかは…まあ…それなりにぃ」
「とはいえ、相手はアイドル歌手ですからね…正面からは勝ち目は」
ふと、裏庭を走り回る七面鳥が目に付く。
アケノが背中を打たれた衝撃で飛び出た七面鳥だ。
「……いや、ピンチはチャンスかもしれないな…俺に妙案がある」
アケノがニヤリと笑う。
「七面鳥は、人の声に過敏に反応するんだ」
アケノが呼び出した七面鳥が数匹、ギルドの裏庭を歩き回っている。
相変わらず、グーグーと気色の悪い音を喉から鳴らしているが。
「みなさーん!こんにちはー!」
アケノが声を上げると、まるで示し合わせたかのように七面鳥が首を上げる。
「ウゥーウゥーウゥー!!」
とまるで、ライブ会場のコールアンドレスポンスのようにアケノの声に反応する。
「わぁ、面白いですね」
「ゴブリングって言って、七面鳥の特徴なんだ。コイツをイグナシアが歌い始めると同時に大量に放つ」
パイラの提示した勝利条件は『観客の声援が最も大きかった方』とのことだ。
つまり、どんな生き物であれ観客として扱い、声を出したのであれば。
「…人間以外の声援が許されるんかぁ?」
「ドワーフ、エルフ、獣人…見た感じ人間以外もたくさん居るだろ?」
「おめぇ…意外と強かだな」
――――――――――――――
「はーい!今日は私のライブに来てくれてありがとう~♪」
いつの間にか炊かれたスポットライトを浴びてパイラが天井を指さしている。
「さてここで今日は特別ゲスト!果敢にもこのアイドルの私に歌で挑んできた挑戦者を紹介します!」
バンッとステージにライトが灯り、イグナシアが現れる。
「さあ、貴方は何を歌ってくれるのかしら♪」
ステージから観客を見下ろすイグナシア。
何やってんだろうとあからさまに不満げな顔をした後、ハァーと深いため息をつく。
「あー…その…歌謡曲とか知らねえんで…伝承歌を」
「なぁんだ、つまんないの…じゃあどうぞー」
やる気なさそうに、ステージ端に下がっていくパイラ。
ステージに取り残されたイグナシアが天井を見上げる。
彼女の呼吸音すら響く静寂の中、彼女の声が響き渡り始める。
『――――青き現世 赤きこの地
分かたれた二つの 空の果て
女神の背後に 聳える門は
帰らぬ者らの 墓標なり』
イグナシアが手を振ると、火の粉が舞い上がる。
『慈悲の微笑は 闇を隠し
閉ざした扉は 二度と開かぬ
聖女の孤独が 世界を縛り
追放者は 偽りの陽光を歩く』
自らの腕に火を灯し、まるで神楽を舞うように踊り始める。
『遥か彼方 異空の底より
光指無き 旅人来たれり
導光を辿り 鍵を回し
淀んだ時の 門を放つ』
徐々に腕の火が消えていき、その場に蹲る。
『光が溢れ 境界無き常世に
開かれた道は ただ一線
門の向こうへ 還る命と
ここに残される 影の命』
再び立ち上がると、自らの周囲に火柱を立てながら再び舞い始める。
『光無き旅人よ 追放者を手放し
門の向こうの 影なき地を
再び歩む その時は
答を求めるこの手を 救って欲しい
影崩れるこの地に 三度光の導を記せ』
伴奏も無い彼女の歌声だけが響き渡ったギルド内に、再び静寂が訪れる。
「チッ…以上だ」
不満げに呟いた後、観客席の後ろのほうで七面鳥を準備していたアケノに目配せをする。
と、次の瞬間ギルド内にまるで地響きのような歓声が沸き上がった。
鳴りやまない拍手と、歓声が木霊す。
「あ…?え?」
明らかに困惑しているイグナシアに、歓声の波が押し寄せてくる。
「七面鳥、必要なかったですね」
イグナシアに向かって拍手をしているルインと、七面鳥を必死に取り押さえているアケノ。
「ああ、やっぱり俺は不必要だったのかもな」
「そんなことありませんよ、アケノさんのためにイグナシアさんは歌ったんじゃないですか」
「…一つ、貸しが出来ちまったな」
「何言ってるんですか、一つ返したんですよ」
「俺が何かしたか?」
呆れ顔でアケノを見た後、再びステージに目を戻すルイン。
スポットライトに照らされて、珍しく照れ顔をするイグナシア。
「イグナシア様!!!」
突然、パイラがステージに飛び込んできたと思ったら、イグナシアに向かって綺麗な土下座をする。
「いえ、お姉さまと呼ばせてください!」
「…あ?お姉さま?」
「貴方のような才能の原石をお待ちしておりましたわお姉さま」
ガバッと立ち上がると、イグナシアの手を取るパイラ。
「是非、このワタクシとユニットを組んでくださいお姉さま!」
「ええ?!嫌」
「どうかこの通り!」
床にガンッと頭をつけて懇願するパイラ。
観客席からはザワザワと騒ぎ声が聞こえる。
「なんだかとんでもない事になってきましたねアケノさん」
ルインがアケノに振り返ると、そこには数匹の七面鳥を必死に押さえつけているアケノがいる。
「ああ、まずいまずい!あんまり大きい声を出されると…」
『ルゥゥゥー!!ルゥウウー!』
パイラの声に反応したのか、七面鳥が首を持ち上げ突然騒ぎ出した。
その声に観客と、パイラの視線が一斉にアケノに降り注ぐ。
そっと、アケノの傍を素知らぬ顔をして離れるルイン。
観客たちの疑惑の目が、アケノに降り注ぐ。
「まさか、その鳥で何かイカサマをする気だったんじゃねえのか?」という目に気が付くアケノ。
「あー…皆さん、お腹すいてない?」
アケノの背中を、冷たい汗が伝った。
――――――――――――――
十分に血抜きした七面鳥の羽根をむしり取る。
ニワトリよりも一回り大きい身体の七面鳥の内臓を取り除き、中に様々な調味料を詰めていく。
幸いここは港町だ、様々な香草、スパイス、魚醤まで存在する。
ルインが大量に買い込んできた油を鍋に大量に注ぎ込む。
「油の温度は180度で保ちたい」
「あいよ、任せな」
イグナシアが七面鳥を掴むと、腕ごと鍋の中に突っ込む。
彼女の身体が仄かに赤く光りだすと、油がグラグラと煮えてきている。
「熱くないのかソレ」
「あ?自分自身が燃えるのに、熱かったら困るだろ」
「そういう物なのか…丸ごとだと30分ぐらいかかるんだが、大丈夫か?」
「へーきへーき、アレの相手してっから」
鍋に手を突っ込んだままのイグナシアに再び懇願し始めるパイラ。
面倒くさそうな顔をしているが、その表情はどこか明るい。
「おぅい、兄ちゃん」
恰幅のいい小柄な男が歩み寄ってくる。
先ほどまで、船の前で言い争っていたドワーフの1人だ。
「お前さんのこの鳥、1匹譲っちゃくれねえか」
「1羽と言わずどうぞどうぞ」
「鶏肉なんて久しぶりだぜ…よっしゃ、とびきり辛い奴を作ってやるぜ」
興奮気味のドワーフが去っていくと、別の者が現れ七面鳥を持っていく。
アケノのほかにも、ギルドの料理自慢の人や、ドワーフなどが様々な形で七面鳥を調理し始めていた。
いつの間にか、ギルドの前どころか町全体がお祭り騒ぎになっていた。
町の屋台に明かりが灯り、まるで縁日の参道のようだ。
おそらく、レウケーに入れず引き返してきた商人たちも、お祭り騒ぎに次々と参加しているようだ。
朝見たときは、あれほど陰鬱だった港町が夜の明かりに照らされすっかりお祭り騒ぎと化している。
「よかったですわね、何とか誤魔化せて」
「ああ、一時はどうなることかと」
あの大人数に疑われ、追求されていたらと思うとゾッとする。
街の至る所から、美味しそうな臭いが立ち込めてくる。
異世界食は何度か見てきたが、自分の提供した食材が調理されていく姿を見るのは不思議な気分だ。
自分が持ち込んだ知らない食材を、疑いもせず調理していく人々。
この世界の人は、俺なんかより強かで骨太な生き方をしているんだ。
油の鍋から引き揚げられたそれは、黄金色に輝いていた。
「おお、黒焦げになるかと思った」
イグナシアが感嘆の声を上げる。
机の上に置かれたそれは、俺の現世では見慣れたものなのだが。
「さあ、出来たぜ七面鳥の丸ごとロースト、異世界封じ込めだ」
中を開くと、香しい香草やスパイスの香りが七面鳥の油と混ざって辺りに立ち込める。
「はいはーい、皆さん注目!」
パイラがギルドの外に急遽設えたステージの上に立っている。
「今回のお歌勝負は、私とお姉さまの引き分けとなりました!」
「おい、お姉さまじゃねえ」
ステージに向かって怒鳴るイグナシアをまあまあと宥めるルイン。
「よって、約束通り3人をパイラちゃんのお船に乗せてあげまーす!」
ステージ下の観客席から、拍手が沸き起こる。
「ではでは、3人の健闘を称えまして乾杯~!」
様々なジョッキやグラスが天高く掲げられて、宴会が始まった。
「うわっ、旨っ!」
口いっぱいにターキーレッグを頬張るパイラ。
「表面はサクサクなのに、中はシットリしてて美味しいですわ!」
ほぼ丸ごと噛り付いているルイン。
「オレにも感謝しろよ」
小さな口で、ブツ切りにされた七面鳥を食べているイグナシア。
「………」
「アケノさん?」
少し齧ったアケノが、手にしていたフォークを降ろしたので心配そうに顔を覗く。
「これでいいのかな…俺、ニワトリが呼び出せなくなっちゃったし」
「いいじゃないですか、タイトルがニワトリから七面鳥になるだけですよ」
「…タイトル?」
「な、なんでもありませんわ」
「宴会で何暗い顔してんのよ!」
パイラがアケノをビッと指さす。
「最初からこんな美味しい料理が作れるなら言いなさいよ!パイラちゃんの専属シェフにしてあげたのに!」
「…ああ、ありがとうパイラさん。助かったよ」
「パイラちゃんよ!いい、出航は明日の朝だからね!寝坊するんじゃないわよ」
パイラの差し出してきた手を握り返すアケノ。
「ああ、よろしく頼むぜパイラちゃん」
ニヒッと無邪気に笑うと、ステージに向かって走り出すパイラ。
「さーて!宴会も盛り上がってきたしこの辺りでパイラちゃんが盛り上げちゃうんだから!」
マイクの替りにターキーレッグを持ったパイラがステージに上がる。
「今日は朝まで、タップリ楽しみましょー!」
再び声援が沸き起こる。
パイラの背後で、大きな花火が上がり会場を明るく照らす。
思わずアケノ達3人も「オーッ!」と叫んでいた。
そうだ、何とかなってきたじゃないか。
異世界でこれまでも。
親父の残した、養鶏場だって。
妹も、母さんも。
きっと。
何とかなっている。




