晒される異端
入学式は形式的なもので、わずか数十分で終了した。
生徒たちの関心は、既に壇上に設置された巨大スクリーンと、「ランク別クラス分け」という名の公開査定に集中していた。
この場で読み上げられるアルファベット一文字が、彼らの能力者としての序列を決定する。
体育館の壇上に、能力者協会の制服を纏った職員が立ち、手元の端末を操作し始めた。
能力値の高い順から無作為に、生徒の名前と、彼らの能力概要を、容赦なく読み上げていく。
空は、周囲の生徒が放つ魔力の渦の中で、自分の存在が透明化していくのを感じていた。
職員の冷徹な声が、体育館に響き渡る。
「Bランク、広範囲魔法、二階堂嵐!風系魔法による制圧が得意!クラスBへ進め!」
AランクではなくBランクに留まったことに、二階堂嵐は露骨に不満そうな表情を浮かべたが、周囲の生徒はそれでも彼に羨望の視線を送る。
「Cランク、土壁防御、佐藤!」
Cランクの生徒が呼ばれる。
彼らは、能力者としては平凡だが、その安定した地位に安堵する様子を見せた。
そして、再び空気を切り裂くような、最高の称号が呼ばれた。
「Sランク。広域支援特化、青柳雫!水系魔法及び『広域支援』のユニークスキルを保有。本年度首席。クラスSへ進め!」
Sランクという言葉に、生徒たちは息を飲んだ。国家級の能力者に与えられる称号だ。
青柳雫は、周囲の熱狂的な視線を一切気にせず、静かに壇上へ向かう。
彼女の魔力は、静かで澄んだ水の結界のようで、空が抱く「能力者社会の頂点」のイメージそのものだった。
「Aランク、戦闘技術特化、佐倉響!炎系魔法に適正あり!クラスAへ進め!」
佐倉響は、呼ばれると同時に拳を突き上げ、周囲の歓声に応える熱血漢の様子を見せた。
彼女のオーラは、二階堂嵐とは違い、揺るぎない自信に満ちていた。
Dランク、Eランクと、能力者たちの名前が、無作為に、しかしランク別に振り分けられていく。
空の名前は全く呼ばれない。
彼の能力値が「ゼロ」であることは、職員の間では既に周知の事実となっていた。
空は、体育館の隅で、ただの影として立ち尽くした。
全ての能力者の名前が読み上げられ、体育館の興奮とざわめきが、一気に静寂へと変わった。職員がマイクを握り直した。
その口調には、明らかに侮蔑と冷酷さが滲んでいた。
「最後に、当学園が行政指導の特例で、社会的な形式を整えるために仕方なく受け入れた『Fランク特別枠』について発表する」
周囲から、一気に静まり返った後、再びざわめきが起こった。
「Fランク特別枠。能力値ゼロ。専任は雑務及び座学。如月空」
周囲から、一斉に嘲笑と好奇、そして憐憫の視線が集中した。
「能力なしだってよ」
「マジかよ、西京に能力ゼロの奴がいるなんて」
「ただの不良在庫だろ、Sランクと同じ学園にいるなんて笑える」
「戦闘なんかできねえだろ、雑務枠で何しに来たんだ。道場の埃でも払ってろ」
容赦のない視線と冷たい嘲笑を正面から浴びながら、静かに一歩前に出た。
彼の顔には感情の色はなかったが、体内に秘めた雪月流の「気」が、沸騰する寸前まで高まっていた。
彼は、この能力至上主義の社会において、「能力なし」は、存在する価値がないと見なされること。
その現実を、屈辱と共に肌で受け止めた。
空の目の前には、雑務担当の教師が立っていた。
その教師は空に、低層ダンジョンの物資運搬や高価な装備品の手入れといった、能力者生徒の下働きを課す詳細な指示書を、まるでゴミを扱うように、空の胸元めがけて放り投げた。
指示書に記された報酬額は、Sランク能力者の一回の探索報酬の数千分の一でしかなかった。
空の目的は「稼ぐ」こと。
流派の道場を守り、祖父の負債を払うという現実的な使命だ。
しかし、能力者社会は、その目的を最も困難な状況に追い込んだ。
空は、能力者たちの傲慢な魔力の流れに逆らいながら、この京の地で散ることなく生き抜くための手段を、必死に模索し始めた。
彼に残された道はただ一つ。
能力者社会が認めない「雪月流の力」を、密かに磨き上げること。
そして、いつかこの能力値ゼロの烙印を、月光の刃に変えて、この世界を切り開くことだった。