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武の変質

空が気づかないうちに、黎明の月は、この任務を通じて空の武術を組織の利益構造に組み込むという、巧妙な罠を仕掛けていた。



クロガネの真の目的は、密猟者グループの排除ではなく、彼らが持っていた特定の希少素材の流通ルートの独占であり、空の武力は、その邪魔な存在を「クリーン」に排除するための道具として利用されていたに過ぎない。



クロガネは、空が「自分の力で正義を実現している」という自己満足に浸るよう、任務の報告を表面的な「秩序回復」という言葉で満たし、空の武の誇りの線引きを組織の都合の良いように曖昧にしていった。



空は、自身の武の力が、闇社会の勢力図を塗り替えるための手段として提供されていることに気づいていなかった。



彼が制圧した密猟者グループは、単なる乱獲者ではなく、黎明の月のライバル組織に属する能力者集団であり、空の「無能力」という情報的な優位性と「雪月流の武術」という戦闘能力は、組織間の抗争において最も効果的な「暗殺兵器」として機能していた。



雪月流の「一撃必殺」の技術を、正義の鉄槌として振るっているつもりだったが、その背後では、回収された希少素材が、黎明の月の懐に流れ込み、闇のネットワークがさらに強固なものへと変質していた。



クロガネは、空が武の純粋さに固執する限り、組織の汚れに気づくことはないと確信しており、空を「正義のヒーロー」という自己欺瞞の中に閉じ込めることに成功していた。



武術家としての純粋な精神は、負債という現実的な重圧と、闇の組織の巧妙な操作によって、気づかないうちに歪み始め、流派の誇りを内側から侵食されつつあった。



任務を遂行するごとに、空の武の変質は顕著になっていった。



より早く、より効率的に制圧するために、雪月流の技を「命を奪うこと」に特化させ始め、武術本来の「心身の鍛錬」という側面が希薄化していった。



能力者相手の戦闘において、相手の能力を無力化する最速の経路を反射的に選び出すようになり、それはもはや「気」の探求ではなく、「殺傷の効率化」に他ならなかった。




流派の負債という経済的な重圧が、自分の武術家としての魂を蝕んでいることに薄々気づきながらも、自分を止めることができなかった。



彼は、流派の再興という至上の目的のためには、「手段の汚れ」は目を瞑るべき一時的な犠牲だと、自己暗示をさらに強固にしていた。



しかし、戦闘後の孤独な静寂の中で、自分の脇差に残る血の臭いや、制圧した能力者の恐怖に歪んだ表情を思い出すたびに、武の誇りと現実の泥との間で、心の奥底の矛盾が激しく叫び声を上げていた。



流派への裏切りではなく、流派の未来への献身だと信じていたが、その献身の手段が、流派の教えを裏切っているというジレンマが、空の精神を深い苦痛で苛み始めていた。



クロガネは、空が「武の純粋さ」という枷によって、組織から離脱することはないと確信しており、空の内なる矛盾こそが、彼を最も効率的に働かせるための原動力となると知っていた。



空は、武の誇りと負債完済という二律背反の鎖に、完全に縛り付けられていたのだ。

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