論理的な詰問
五十嵐部長は、空の無能力というデータを参照しながら、冷徹なロジックで詰問を開始した。
「空、あなたの職務履歴と能力値は、完全にFランクの基準内で安定している。だが、低層ダンジョンとの境界線付近で、不可解な魔力異常と、それに伴う高レベルの魔物素材が、正規ルート外で高値で取引されているというデータが検出された」
「あなたの無能力というデータから、あなたが直接関与することは非論理的だが、情報を提供する義務はある。職務範囲での異常、あるいは不審な人物の目撃はないか?」
空は、極限の集中力で、完璧な「Fランクの雑務員」を演じきった。
彼の返答は、論理的に正しく、Fランクの立場を寸分も超えないものだった。
「もちろんです、五十嵐様。私は毎日、規定通りのエリアで物資の運搬と清掃を行っております。私の能力値と職務(Fランク)から見て、危険区域に立ち入ることは合理的ではありません。ただ、最近は上級生の皆さんの活動が活発で、処理場に運ばれる魔物の死骸の質が上がったように感じます。それは、学園全体の能力の向上を示す、良い傾向だと認識しております」
空の返答は、五十嵐の「能力値至上主義」という論理体系にとって、最も整合性が取れた結論だった。
彼女のSSランクの論理と《絶対座標》をもってしても、『能力値ゼロのFランクがAランクの魔物を単独討伐した』という非論理的な奇跡は、システムの想定外であり、「ありえないノイズ」として処理されたのだ。彼女の脳内では、空の関与はゼロと計算された。
五十嵐部長は、一度ホログラムディスプレイに視線を戻し、無感情にため息をついた。
彼女の表情には、「貴重な時間を、統計的に無意味なノイズの検証に費やした」という苛立ちが表れていた。
「分かった。あなたのデータに異常はない。無能力者が危険区域に侵入することは、合理性を欠く。この件について、あなたから得る情報は無いと判断する」
彼女は、空から全ての興味を失ったかのように視線を外し、冷たく退出を促した。
「空、職務に戻りなさい。これ以上の質問は不要だ」
学園の「論理」という監視の目を欺くことに完全に成功した。
彼の内なる葛藤は、流派への責任と負債完済という現実によって、秘匿の決意へと昇華された。