内なる矛盾
トロールの死骸が処理され、魔石が服の奥深くに隠された後も、空の心には深い矛盾が残っていた。
彼の体内を流れる「気」の波は、極度の疲労と、武の偉業を秘匿したことへの自己嫌悪で、制御を失いかけていた。
自分自身が正義だと信じていた武の道が、流派の負債という「現実の泥」によって汚されつつあることを痛感していた。
彼は、トロール相手に一撃必殺を狙った傲慢な自分を思い出し、慢心を噛み締めた。
もし、あの時、わずかでも偽装の痕跡を残していれば、今頃は学園の解剖台の上にいたかもしれない。
そのギリギリの経験が、空の秘匿への決意をさらに強固なものにした。
祖父の教えである「力は、己の目的のために使え。正義や誇りのために、無為に消耗するな」という言葉を、資金繰りという最も現実的な問題に当てはめ直した。
彼の至上の目的は流派の再興であり、そのためには一時的な誇りの犠牲も、能力者社会への欺瞞も、全ては必要なプロセスであると、彼は冷酷な自己暗示をかけた。
彼の内なる葛藤は、流派への責任と負債完済という現実によって、秘匿の決意へと昇華された。
流派の未来という絶対的な目的が、制御棒を失った原子炉のように暴れ出しそうになる体内の「気」を、辛うじて押さえつけていた。
孤独な決断を下した。
雪月流の真の力を「Fランクの雑務員」という虚構の裏に完全に封じ込め、能力者社会の論理と闇の組織の思惑という、二つの巨大な力を相手に、流派の再興という名の「戦争」を開始したのだった。
彼の心には、流派への裏切りではなく、流派の未来への献身という堅い信念だけが残されていた。




