異例の召集
トロール討伐の激闘の疲労を「気」の制御で抑え込み、空は高校1年生のFランク雑務員として、いつものように学園の雑務をこなしていた。
肉体は悲鳴を上げていたが、その顔には無感情な平静が張り付いていた。
無能力者というレッテルを最も強力な情報兵器として活用し、「日常」を演じ続けていた。
その日の午後、空が通路の床清掃を行っている最中、簡易端末にFランクの雑務員としては異例中の異例の通知が届いた。
メッセージは、学園の最上層、総務部からのものだった。
『至急、情報管理センターへ出頭せよ。』
情報管理センターとは、生徒の能力値や活動履歴、ダンジョンの魔力変動データ、魔物の素材流通など、学園の全ての情報と統計が一元管理されている「学園の頭脳」であり、「秩序」そのものを司る中枢機関だ。
高校1年生のFランク雑務員が、清掃業務以外でこのセンターに召集されることは、過去の統計に存在しない異常事態であり、空の存在が学園のシステムにとって「計算外の異常値」として検知されたことを示す緊急事態だった。
空の心臓は、一瞬、冷たい氷を握られたように強く脈打った。
トロール討伐という非論理的な成果が、学園の論理的なシステムに「計算外のデータ」として検知された可能性を悟った。
もし、ここで偽装が破綻すれば、雪月流の技術は科学的な管理下に置かれ、負債完済の目標も全て崩壊する。
空は、動揺を顔に出さないよう、全身の「気」を集中させて無感情な表情を作り、周囲の能力者生徒の訝しげな視線を無視して、センターへと向かった。
センターに入ると、そこにいたのは、学園長に次ぐ権限を持つ総務部長、五十嵐いがらしだった。
彼女は銀縁の眼鏡をかけ、几帳面なスーツを完璧に着こなし、その背後には膨大なデータシートがホログラムで投影されていた。
彼女は高校3年生でありながら、Sランク首席の青柳雫をも凌ぐSSダブルエスランクという規格外の評価を受け、学園の中枢システムを統括する異例の存在であり、彼女の存在そのものが、能力値と論理が武の力をも凌駕しうるという、学園の絶対的な秩序を体現していた。