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論理からの逃避

空がこの成果を公にできない理由は、単に資金繰りの問題に留まらず、能力者社会の絶対的な論理と、それに基づく監視からの逃避という、空の生存戦略の根幹に関わるものだった。



もし、「能力値ゼロ」の人間がAランク相当のトロールを単独討伐したという事実が公になれば、空は学園という巨大な研究機関の監視下に置かれ、雪月流という未知の武術システムは能力者社会の脅威、あるいは未解明の特異点として徹底的に解剖されかねない。



能力者社会の論理が、魔力を持たない武術の存在を「奇跡」ではなく「エラー」として処理し、排除しようとすることを本能的に理解していた。



雪月流の真髄は、魔力に依存しない「気」の制御にあり、それは能力者社会の科学的論理の外側に存在する。この力を公にすることは、祖父が命を懸けて守り抜いた流派の技術を、科学のメスによって無残にも解体されることを意味していた。



祖父の教えと負債完済という現実的な目的、そして自身の生存戦略との間で、激しい葛藤を抱いていたが、最終的に「流派の再興という至上の目的のためには、一時的に武の誇りを隠すという戦略的な欺瞞が必要である」という冷徹な結論に達した。



雪月流の高度な呼吸法を駆使して「気」の残留を抑制しつつ、トロールの死骸を、まるで上級能力者パーティが共同で討伐した後の一般的な処理痕であるかのように偽装工作で処理した。



この偽装は、能力者社会の常識に合わせたものであり、能力値という「データ」のみを信頼する監視システムに対する究極の挑発でもあった。



空は、己の武の力を公の承認ではなく、闇で得られる金銭と、後に続く交渉材料として利用することで、能力者社会の論理から独立し、流派の再興という目標を、彼自身の意思で達成しようと試みていた。



この瞬間、空はFランクの雑務員という最も脆弱に見える立場を、能力者社会に対する最も強力なカモフラージュ兵器へと昇華させたのだった。

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