驕りの代償
空の斬撃は、トロールを倒すには決定的に浅かった。
自身の「気」の出力が、全てを貫くという傲慢な確信に頼りすぎていた。
彼の視線は、能力者という仮想敵に囚われすぎており、魔物自体の純粋な脅威を見誤っていたのだ。
トロールは、雪月流の斬撃という未体験の攻撃に一瞬怯んだものの、すぐに本能的な怒りで巨体を回転させた。
その動きは、鈍重さを捨て、巨体に見合わない速度を伴っていた。
斬撃後の体勢を立て直す間もないうちに、トロールの巨大な拳による風圧混じりの強烈な衝撃を、全身の側面に受けた。
雪月流の防御姿勢を取り、「気」で衝撃を受け流そうとしたが、トロールの力は空の想定を遥かに超え、彼の防御は全く機能しなかった。
空の体表に張られた薄い「気」の膜は、まるで泡のように弾け飛んだ。
ドォン!
空の肉体が、汚れた作業服を貫通する激痛と共に岩壁へと叩きつけられた。
全身の骨が悲鳴を上げ、肺から全ての空気が吐き出される。
呼吸が止まる。
彼の体内の「気」の制御は、この純粋な暴力によって一瞬で崩壊し、彼の意識は途切れかけた。
(クソッ…低級魔物と同じ一撃必殺の理論で、勝てるはずがない。能力者の攻撃を面で受け切る防御を持つ相手に、個の力で即座に決着をつけるという甘い見通しがあった!俺は、能力者たちの欠点ばかりを見て、彼らがなぜ組織力に頼るのかという現実的な理由を無視していた!)
空の口に、鉄の味が広がる。
上級生たちが連携と資源で確実に勝利を選んだのに対し、自分が個の力に過剰に依存し、慢心していたことを痛感した。
黎明の月の誘惑も、能力者の嘲笑も、全てが自身の力の絶対性の前では無意味だと驕っていたのだ。
この圧倒的な暴力は、空に自己の限界を突きつけ、雪月流の理論が現実の脅威の前で未熟であることを容赦なく叩き込んだ。
武術家としての最大の屈辱を味わいながらも、生き残るための本能的な渇望を再燃させた。