都会の喧騒と異能の光
空が辿り着いた京都市は、故郷の山間の静寂とは、全く異なる場所だった。
それは、単に人の多さや建物の高さといった物理的な違いだけではない。
そこには、空気の「質感」そのものが異なる、異質で傲慢な世界が広がっていた。
街全体がまるで、能力者の巨大な魔力炉と化しているようだった。
新幹線の駅を出て地下街から地上へ踏み出した瞬間、まるで深海に突き落とされたような物理的な圧力を感じた。
空気が、まるで濃密な電流のように渦巻いている。これは、能力者たちが常時発する魔力の残滓だ。
彼らはそれを意識せずとも放ち、都市全体を異能の領域に変えていた。
能力のない一般人には意識できないが、雪月流の呼吸法で常に体内の「気」を調律している空のような古武術の使い手には、その「気の流れ」、すなわち魔力の流れが、肌で、鼓膜で、呼吸器で、苦痛に近いレベルで感じ取れた。
それは、まるで都市全体が巨大な生きた結界の中にいるような、張り詰めた、無言の支配を強いる感覚だった。無意識に呼吸を深くし、雪月流の「調律の型」で、乱れる自身の気を抑え込んだ。
駅前の大通りは、派手な装備に身を包んだ冒険者や異能者で溢れかえっていた。
彼らの装備、特に腰に提げた剣や杖、装飾品からは、空の脇差とは比較にならないほどの魔力伝導性が発せられ、周囲の魔力を吸い上げ、さらに大きなオーラを放っていた。
まるで彼らの富と力を視覚化しているようだった。
空の着ている、ただの学生服と、袖の中に隠した脇差は、この街の技術的、そして社会的階層において、あまりに無防備で原始的に見えた。
脇差は、せいぜい人斬りにしか使えない、時代錯誤の道具だ。
対して、能力者たちの剣は、魔力増幅器だ。
大通りを走るタクシーの窓は、全て「対魔力コーティング」が施されていた。
移動中の車両を、街中に飛び交う能力者の制御不能な魔力弾や、ダンジョンから漏れ出す低級魔物の不意打ちから守るためのものだ。
一般人ですら、最低限の防御手段がなければ、安心して街を歩けないという、戦時下のような緊張感が日常に溶け込んでいる。
故郷では見ることのなかった「防御」を前提とした都市のあり方に、世界の厳しさを突きつけられた。
そのタクシーに表示された広告塔のスクリーンには、「S級能力者、天城の最新偉業!祇園魔境を深層攻略!報酬、国家予算級!」といった、ダンジョン攻略の華々しいニュースが流れていた。
大衆は異能者の活躍に熱狂し、その富と階級を羨望の眼差しで見つめている。
能力者たちは、その活躍によって得た絶大な報酬と名声で、都市の実質的な貴族として君臨していた。
彼らは、空が持つ古武術の師範という肩書きを、「能なし」と一蹴するだろう。
駅前のオープンカフェに入る能力者パーティを何気なく見ていた。
リーダー格の男が、指先一つでカップの中のコーヒーを瞬間冷凍させ、それを仲間に差し出している。
その場にいた誰もが、その行為を「便利な能力の使い方」として受け入れている。
別のテーブルでは、若い女性が、手に持ったスマートフォンに魔力を流し込み、通信速度を桁違いに高速化させている。
日常生活の全てが、能力を使うことを前提に設計され、最適化されている。
エネルギーを消費することが、この街では「効率」と見なされていた。
それが、この世界の「普通」であり、古武術だけを継承してきた空の生きてきた世界とは隔絶した異常だった。
空の雪月流は、能力を「使う」のではなく、「打ち消す」ことに特化している。
この「能力を使うことが善」とされる都市において、空の存在そのものが、世界の法則に対する反逆であるかのように感じられた。
己の存在そのものが、この街では異物であるという、根源的な孤独を感じた。
古めかしい武術が、この煌びやかな異能の光の中で、どれほどの価値を持つのか、深い不安に苛まれた。
誰もが炎を操り、風を呼び、結界を張れる世界で、ただひたすらに体術を極めた自分は、まるで石器時代から迷い込んだ原始人のように感じられた。
「無魔の体術」は、この圧倒的な魔力の奔流を前に、あまりに脆く、儚い光のように思えた。