観測者として
ダンジョン潜入から五日目の深夜、空は通路の奥から響く異常な魔力反応と激しい戦闘の音を察知した。
それは、彼の密やかな修行の場に、能力者社会の騒乱が持ち込まれたことを示していた。
雪月流の呼吸法で全身の「気」を極限まで抑え込み、魔物と能力者、どちらにも悟られない静寂を纏いながら、戦闘が行われている広めの洞窟へと慎重に近づいた。
広大な洞窟の内部では、Aランクのバッジをつけた上級生たちで構成されたパーティが、『アイアンホーン』と対峙していた。
この魔物は、低層ダンジョンには不釣り合いな黒い甲殻と巨大な角を持ち、その肉体から発せられる高密度の魔力は、周囲の岩盤すら振動させていた。
しかし、空が予想した「追い詰められた状況」ではなかった。上級生パーティは、確かに魔物の規格外のパワーに押されかけてはいたものの、その戦いぶりは危なげなく、計算され尽くしていた。
空は、岩陰の闇に完全に身を潜め、戦闘を冷静に分析し始めた。
彼の視線は、能力者と非能力者という二つの世界の戦術を比較する、客観的な観察者のそれだった。
まず、攻撃役の生徒。
彼は雷系統の能力者で、高電圧の魔力奔流で魔物を麻痺させようとしていた。
彼の魔力の出力は安定しており、雷撃の発動と発動の間には、常に防御役の魔法が挟み込まれていた。
雷撃は魔物の甲殻に阻まれていたが、その雷魔力の「粘着性」によって、魔物の動きは着実に鈍化していた。
空が発見した「隙」は、一瞬の呼吸を許さないほどの正確な連携によって、完全に埋められていたのだ。
次に、防御役の能力者。
彼は、パーティの周囲に光系統の防御結界を絶えず展開し、魔物の突進を防いでいた。
彼の魔力の流れから、結界の維持に多大な魔力が消費されていることを理解したが、その消費を、パーティに帯同する回復役の生徒が即座に補充していた。
魔力残量の不安を、チームとしての組織力で完全に解消している。
空の視点から見れば、彼らは「能力」という資源を、集団の力によって無限に近いものに変えていた。
(彼らは、魔力というシステムの最適解を実行している。単体での戦闘力は俺が勝るかもしれないが、チームとして運用される能力は、俺の雪月流の想像を遥かに超えている…)
空は、脇差の柄を握る手にわずかに汗を感じた。
彼の無魔の体術は、個の極限を目指すものだ。
しかし、この眼前の光景は、魔力社会の真の強さが、「個の能力の集合体」にあることを雄弁に物語っていた。