内なる戦い
空は、誰も見ていない早朝の清掃時間や、深夜の装備点検の時間を、修行の場へと変えることで、この葛藤の均衡を辛うじて保っていた。
意識は、常に黒いカードが放つ富への誘惑と、脇差の刃が示す流派の誇りの間で激しく揺れ動いていた。
深夜、校舎の隅にある薄暗い倉庫の中で、空は高価な魔力装備を磨きながら、雪月流の「無刀の型」の原理を、寸分違わず心の中で反復する。
これは、魔力を制御する能力者の武器を、純粋な「気」の力で一時的に無力化する秘術だ。
右手で脇差の柄を握りしめ、左手で魔力剣の刃を包み込む。
体内の「気」の奔流を、髪の毛一本ほどの精度で収束させ、魔力剣の伝導率を一時的にゼロにできるか、自らの精神力を試していた。
魔力とは力の傲慢な奔流、気とは力の静謐な制御。この剣に残る魔力の流れを、指先一本でどこまで阻害できるか。
それが、空の抱える流派再興の唯一の、そして最も危険な希望だった。
脇差の冷たい鋼を握りしめ、自分に問いかけた。
この力を裏社会の道具にするのか。
流派の誇りを金銭に売り渡すのか。
彼は、低く、長大な呼吸を繰り返すことで、能力者社会への反逆という激しい感情と、流派の正道という理性との間の、制御し難い内なる戦いを鎮めようとした。
最終的な決断を保留した。
俺の力が、本当に能力者の力に勝てるのかどうか。
ただの体術が、魔法の破壊力に対抗できるのか。
それを証明できなければ、黎明の月に利用されるだけで終わる。
もし、己の力が偽物だったなら、流派の誇りを汚す前に、この道場を諦め、能力者社会の影で細々と生きるべきだ。
だが、もし真に通用するならば…
脇差の刃に自らの決意の光を重ねた。
まずは、この無魔の体術の限界を、能力者相手に試さなければならない。
空は、静かに黒いカードをポケットの奥深くに押し込んだ。
カードの冷たさが、空の切迫した決意をさらに固めた。
能力者たちとの真剣な対決の場を、切望し始めていた。その切望が、空を低層ダンジョンの危険な領域へと向かわせる、最初の一歩となるのだった。