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第8話 押入れの上にある棚の中には夢がギュウギュウに詰まっている

「だから嫌なのよ、人と関わるのは」


 赤槻はそう吐き捨てるようにつぶやいた。


 もしかしたら、俺を励ますように言ってくれたのかもいれない。

 赤槻は皆が思っているより、ずっといい奴なのかもしれない。


 だからこそ、聞きたいことがあった。

 それは赤槻が『赤い暴姫』と呼ばれ、二週間ほど謹慎となったトラブルの件だ。

 具体的に何があったまでは、俺の耳に届いていない。

 まあ、情報弱者のぼっちだから仕方ないよね。


「なあ、赤槻。言いたくないなら全然言わなくて大丈夫だけど、なんかトラブルにあったって風の噂で聞いたけど、何かあったのか?」


 答えづらい質問だと思ったが、赤槻は意外にすんなりと答えた。


「人を殴ったのよ。私、こう見えても格闘技嗜んだことがあるから、こうスパーンとね。どう? これで満足したかしら?」


 そう言って、赤槻はシャドーボクシングを披露している。


 拳が俺の頬のすぐ横を、とんでもない速度で通過していく。風が頬を叩きつけて、痛みさえ覚える。


 あ……。これ本気と書いてマジだわ……。

 逆らったらヤられるわ。

 威光を孕んだ眼差しでギイッと睨む赤槻。


 冗談なく、怖すぎるだろ……。

 やはり赤槻暁美、想像以上の問題児だ。


「そ、そうか……」


 反応に困っている俺に対して、赤槻は更に続ける。


「私、噂通りのヤバい奴だから、関わらない方がいいわよ」


 そうやって赤槻は俺を突っぱねると、そっぽを向いて踏み台に上がると、再びはたきで壁を掃除し始めた。

 それに対する俺の答えはこうだった。


「いや、関わるよ。どうせ同じ部活なんだ。嫌でも、これから顔見知りになるんだしさ。まあ、俺も周りに嫌われてるし、似た者同士仲良くしよーぜってことで」


 赤槻は怖い。怖いけど、そんなに悪い奴ではないような気がする。

 確かに赤槻もクラスの連中と同じように強い言葉を言ってくるが……。

 でも、赤槻の言い方はクラスの連中みたいに、そんなに悪い気がしないというか……。

 芸人的に言えば『愛のあるイジリ』的なやつなのだろうか。

 

「……あっそ。好きにすれば」


 掃除もそろそろ佳境を迎える。


 ホウキとチリトリで目立つゴミを処理し終わった俺は、仕上げの水拭きをしている。

 ちなみに、水と畳は相性最悪のため、雑巾をよく絞って拭く必要があり、また拭き終わったらすぐに乾拭きで水分を拭きとる必要があるらしい。

 事前に二部崎先生が忠告してくれていたから気づいたものの、何の説明も無かったら普通に水浸しの雑巾で拭くところだった。


「ねえ……ねえ!」


 掃除に没頭していると、上から声がかかった。


「ねえって、俺を呼んでいるのか?」

「貴方意外に誰が居るっていうのよ」

「俺の名前は『ねえ』じゃねえよ。『青山春海』っていう立派な名前があるんだよ」

「はぁ……、青山……」

「なんでテンション下がっているんだよ。俺を名前で呼ぶのがそんなに嫌なのかよ」

「ぎゃあぎゃあうるさいわね。動物園の檻に突っ込むわよ」

「突っ込まれてたまるか! それでなんだ?」

「そこの棚が開かないので、代わりに開けてもらえる?」


 赤槻が指さしたのは、押入れの上段だ。


「おっけ。任せろ」


 俺は赤槻と入れ替わるように踏み台に上がり、上段の押入れの扉に手をかける。

 何かに引っかかっているのか、確かに開けづらくなっている。


「赤槻。思いっきり開けるから、踏み台抑えていてくれるか?」

「それが人にものを頼む態度かしら?」

「お願いいただけないでしょうか、赤槻様」

「……まあ、いいわ」


 つんけんした態度で応対するが、踏み台を抑えてくれた。


 なんだかんだいって、根は良い奴なのではなかろうか。


 腕に力を入れて勢いよく扉を開くと、ガラクタが一斉に降り注いできた。

 赤槻に当たらないように身体でせき止めるが、重荷に耐えられず踏み台から足を滑らせてしまった。


「ひぎゃっ!」

「きゃあああ!」


 二人の悲鳴と、ガラガラガラというガラクタが落ちてくる音が、同時に静寂な部室にこだまする。


 何とかガラクタ群からの直撃は免れたが、その代わりに不運にも俺が赤槻を押し倒す形となってしまう。


「だ、大丈夫か……赤つ……んにゃっ⁉」


 俺はあることに気づいてしまう。


 俺の両手は、なんだか柔らかい感触に包まれた。

 視線を落とすと、俺の両手が赤槻の胸部に存在する二個の巨大マシュマロを鷲摑みしていた。


 恐る恐る赤槻の顔に視点を合わせると、彼女の顔は怒りと恥ずかしさでゆでだこのように真っ赤に染まっていた。

 全身から血の気が引いくのを感じる。

 女の子の胸を触ったというのに、興奮よりも恐怖が勝るという珍しい事案が発生する。


 そりゃあ、『赤の暴姫』の胸を揉んだとなれば、どんな仕打ちが待っているか分からない。


『人を殴ったのよ。私、こう見えても格闘技嗜んだことがあるから、こうスパーンとね。どう?』


 しかも、こんな話を聞いた直後だ。

 もはや命がある気すらしなくなってきた。


「青山……? 覚悟は出来ているわよね?」


 バン、と鋭く手を振り払われると、これから狩りでもしに行くのか、というくらい野性味溢れる恐ろしい表情でこちらを見据えてくる。


 ……やられる。

 自業自得とはいえ、恐ろしすぎる……。

 耐え切れなくなり、俺は思わず目を瞑ってしまう。


 しかし、俺の顔面に飛んできたのは拳ではなく、何かの布だった。

 ふにゃふにゃして柔らかい……布……?


 刹那、強烈な臭気に襲われた。


「くっさ! うわっ、なんだこれ!」


 余りの臭いに目を開くと、なぜか俺の顔に靴下がくっついていた。


 靴下……?


「言わなかったけれど、私、めちゃくちゃ足臭いの」


 はああああ……⁉

 なんだそれ……??


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