第57話 睡眠中は誰でも無防備である
駅弁を平らげ、お腹と幸福度が最大値まで上がる。
更に横目に見える、綺麗な景色を眺めていると、幸福度は限界突破だ。
景色を眺めている横目に、赤槻の姿も映っている。
その赤槻はバックからグミを取り出し、頬張っている。
食後のデザートというやつだろうか。柔らかそうで美味しそうだ。
なんとなく赤槻の食事を眺めていると、
「なに、見てんのよ」
赤槻が俺のことを肉食獣ばりにキィと睨む。
……おー、怖い、怖い。
「いやあ……グミ、美味そうだなって」
すると、赤槻は意外な行動をとった。
「そんなに食べたいのなら、あげるわよ」
なんとグミを一粒摘まみ、俺に手渡したのだ。
今日の赤槻さん、ガチで天使すぎないか?
誰かと入れ替わった?
「え……いいの?」
「いいって言っているでしょ。感謝なさい」
赤槻はそう言って、照れくさそうに窓の方を向いた。
「ありがと」
「……ふん」
赤槻は俺に背を向けているので表情こそ伺えないが、嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
「頂きます」
本日二度目の、頂きます。
柔らかくてモチモチとした食感がある何の変哲もない市販のグミ。
……だが、赤槻から貰ったからか、いつもより倍くらい美味しく感じる。
ふと、赤槻のショルダーバックを流し見ると、クマの姿をした可愛らしいストラップがくっついていた。
それが普段の彼女とイメージかけ離れていたので、意外に思った。
「今度は何よ? 貴方、私のこと好きすぎるでしょ。告白でもしたらどう? 絶望させるようにフってあげるから」
「急にまくしたてるな! そんなんじゃなくてだな……」
「じゃあ、何よ?」
「お前がバッグにつけているクマのストラップ、可愛いな」
「あっ……そう」
心無しか赤槻の言葉が弾んでいるように聞こえる。
どうせまた虐げられると思ったから、その反応はなんだか意外だ。
ストラップのことを気づいてくれて、嬉しかったのだろうか。
「なんかのアニメのキャラクター?」
「まあ、そんなところね」
「なんて名前なんだ?」
「そんなに気になるの?」
「なんか意外だったから。赤槻が可愛いキャラクターが好きだなんて」
「私だって、そういうところあるのよ。どう? ギャップで萌えそう?」
「萌えるか!」
実は、ちょっと萌えそうになっていました。すみません。
こうして、赤槻の意外な一面を見ることが出来た。
これも、彼女と隣に座ったからだ。
結果的に、赤槻の隣の席に陣取って良かったと思う。
朝早く起きて、美味しい駅弁を食べて、ある条件が揃っていた。
それは仮眠である。
いつの間にか、睡魔が首元まで浸かっていた俺は、特急列車の特権であるリクライニングシートを倒す。
幸いにも、後ろには誰も座っていなかったので、限界まで倒した。
その態勢に入れば、あっという間に身体は休眠モードだ。
意識は内に潜り込み、俺はいつの間にか眠っていた――。
「…………んん」
夢の中から、意識が外に戻る。
時計を見ると10時になっていて、約1時間、車内で眠っていたらしい。
そこで俺はある異変に気付いた。
明らかに、右方向にグラビティがかかっている。
恐る恐る首を90度、左に回すと、「すぅすぅ」と赤槻が、俺に寄りかかって寝息を立てて眠っていた。
暴姫と呼ばれているのが嘘のように柔和な表情をして、幸せそうに眠っていた。
そんな赤槻の無防備な寝顔を見ると、心臓がドキリと鳴った。これがギャップ萌えじゃなかったら、どれがギャップ萌えなんだ、というくらい俺は強烈にギャップ萌えを覚えていた。
しかも俺に寄っかかって、腕が密着しているものだから、余計にたちが悪い。
赤槻の右腕が俺の左腕に押し付けられており、列車の振動で不意により押し付けられるたびに、心臓が早鐘を打っている。
「むにゃ」
すると、赤槻が寝返りを打ち、態勢が変わった。
更に深く、俺が居る左方向に寄っかかる。
その影響で、何と、彼女のわがままなお胸が、右腕に押し付けられたのだ!
赤槻のおっぱいが、俺の身体と接触しているだと⁉
その事実を脳内で保管した途端、身体を巡る血流が過剰に下半身方向に送られた。
普段ならば、即座に裁かれるところだが、幸いにも彼女は夢の中。
時間無制限でこのシチュエーションを堪能できる。
一生続いてくれ、この時間!
……というか、今、俺がその気になれば、揉めるよな?
って、なに、ヤバいこと考えているんだ、俺は!
これじゃあ、皆に指摘されるように、性犯罪者まっしぐらだ!
必死に理性を呼び戻して、「ふうふう」と荒い息を立てながら、平静を保とうとする。
その間にも、下半身方向に血流の供給が収まらず、熱くなっていくのを肌で感じる。
「……ん?」
姫様のお目覚めの時間のようだ。
赤槻は瞼がゆっくりと開き、意識が現実世界へと回帰する。
「私、寝ていたのね……」なんてお気楽なことを言いながら、辺りをきょろきょろと見渡していると、事態に気づいてしまったようだ。
「はぁ⁉ 何、この態勢? 貴方、寝ている私を勝手に動かしたでしょ⁉ これほぼ犯罪よ!」
「ち、げえよ! 俺も寝ていたんだけど、気づいたらお前がこの態勢になっていたんだよ!」
そう指摘すると、赤槻は途端に顔を真っ赤にさせる。
「そんな……私が無意識化で青山を求めているだなんて……ありえない!」
「そこまでは言ってねえよ」
そんなやり取りをしていると、隣から歓声が上がった。
「海じゃ! 海じゃぞ!」
比屋根が顔を窓にべったりとつけて、興奮していた。
「マジか!」
笛吹、比屋根がいる席の窓を覗くと、そこには、太陽に照らされ青く煌めく大海原が広がっていた。
念願の海!
海。それは、青春そのものといっても過言ではない。
目的地はすぐそこである。




