第4話 ホテルの部屋の奥にある窓側のスペース、何かいいよね
二部崎先生との話を終え、職員室を出て、教室に戻ろうと廊下を歩いていると……、
「おい、あいつ、“イキリ陰キャの青山”じぇね?」
「あれが噂の。あいつが枯葉咲にコクったってマジかよ」
「ただのキモ陰キャじぇねえか。コクる前に自分の鏡見ろよ」
「確かにな。ぎゃはは。あー、枯葉咲がかわいそー」
「枯葉咲さんにちゃんと謝ったのかしら」
同学年の生徒から指をさされて笑われる毎日。
確かに自業自得な面もあるが、それにしたってこの仕打ちはひどすぎないか。
俺は枯葉咲にフラれたことがトラウマになって、ワックスを辞め、日サロに通うのも辞め、コンタクトも辞め、中学の時のように眼鏡をかけなおし……元の陰キャフォルムに逆戻りしていた。
悲しいが、この格好の方が自分らしくて何だか落ち着く。
俺は後ろ指を指されながら、逃げるように教室に入っていく。まあ、教室が安全と言われたら、否だけど。
そう考えると、その《アオハル部》とやらは、今の俺に必要な避難場所なのかもしれない。冷静に考えれば、今の俺は青春がどうとか言っている場合ではないからな。まずは身の安全を確保しなければ。
そんなこんなで、俺は得体の知れない《アオハル部》に一縷の望みを抱いていた。
☆
私立虹星高校。
東京西部の山の上にあるこの高校は、五年前に出来た新設校で生徒数は多くない。
私服OK、バイトOKの自由な校風のこの高校には、大小さまざまな部活が存在する。
それゆえ、授業を行う教室棟と、部活動を行う部活棟の二つに分かれている。
もう一方の棟に行くには、一度外を出て、二つの棟の間にある中庭を通って、入る必要がある。
俺はというと、二部崎先生と共に、《アオハル部》がある部活棟へと向かった。
部活棟は小高い丘の上に建っていて、まるでホテルのような豪奢な面構えだ。
それもそのはずで、この部活棟は元々ホテルだった建物を改修して作られたものなのである。
その面影が残っており、扉を開くと煌びやかなエントランスホールが広がっている。ホテルが閉店してからまた時が経っていないため、内装は綺麗なまま保っている。
そしてロビー右奥に設置されているエレベーターに乗り込む。
エレベーターが稼働している校舎なんて、全国見渡してもなかなかないだろう。これも元ホテルだった建物の特権だ。
2人でも割とぎゅうぎゅうの狭めのエレベーターを出て、突き当りを左に曲がると、《アオハル部》があるらしい、306号室に辿り着く。部屋番号もホテルの名残である。
扉の上にはマジックペンで《アオハル部》と記された立て札がささっている。
二部崎先生が持っていた鍵を鍵穴に挿しこみ、扉を開けた。
「すんげえ、部室」
と、思わず唸ってしまうほど、壮観な部室だった。
十四畳ほどの広大な和室。
真ん中に設置されている大きな座卓には、四つの座椅子が並べられている。
そして俺が好きな窓際のスペースにも二人用の机が並べられている。
更にテレビや冷蔵庫までも設置されており、もはや至れり尽くせりである。
「あいつ、ちゃんと来るかな」
二部崎先生は腕時計を一瞥しながら、眉間に皺をよせていた。
「『あいつ』って例のもう一人の入部者ですか?」
「ああ、そうだ。本当は私たちと一緒に行く予定だったのだが、『一人で行くからいいです』って断られてしまってな」
「なんか、俺以上に厄介そうなやつですね」
「きみに負けず劣らずの問題児だからな。はあ、問題児多すぎだろ、うちのクラス」
二部崎先生がため息をついていると、部室の扉がノックされた。
「ようやく来たか」
扉を開けると、そこには一人の女性生徒が立っていた。
ウェーブがかった派手な赤髪に、髪に見合った赤縁の眼鏡をかけている。
目鼻立ちがくっきり整った美人で、クラスでも五本の指に入るだろう。
枯葉咲に匹敵する美貌の持ち主かもしれない。しかも二部崎先生にも匹敵する高校生離れした豊満なバストは大幅加点だ。
が、眼鏡の奥から覗く鋭い眼光は大幅減点である。
「赤槻……暁美……」
俺はこいつを知っている。
赤槻暁美。またの名を『赤の暴姫』の暁美。
うちのクラスには二人の嫌われ者がいる。
一人は俺こと『イキリ陰キャ』青山春海、そしてもう一人が『赤の暴姫』赤槻暁美。
というか、『イキリ陰キャ』に比べて『赤の暴姫』って異名、かっこよすぎない? 俺もかっこいい異名で呼ばれたいんだけど……。
その赤槻暁美。かなり手を焼く女子生徒のようで、誰かを殴ったとかで二週間の謹慎処分を食らったらしい。
あー、怖い怖い。
とにかく、俺とは別ベクトルの問題児。剛の赤槻暁美、柔の青山春海だ。言っていて、なんだか恥ずかしくなってきた。
なるほど。確かにこいつも人とつるんでいるところを見たことない。
《アオハル部》にとっては、おあつらえ向きの人材だろう。
ともかく、青春を送るために、たった一人の部活仲間である、この赤槻暁美と良好な関係を築かないといけないらしい。
とりあえず、自己紹介をしてみることに。
「ども。一年四組の青山春海だ。同じクラスだよな。とりあえず、何の因果か、この部活に入れさせられた者同士、仲良くしよーぜ」
だが、赤槻は俺の目なんて見ようとすらせず、二部崎先生をキィと睨んだ。
怖すぎる。やはり、あの噂は本当だったのか。
「二部崎先生。私、入部するなんて一言も言っていませんけれど」
想像を絶するほどの冷たい声だ。
普通、人と会話するときは、相手のことを考えて声のトーンが上がるようなものだが。
こいつは違う。
相手がいることなんてこれっぽっちも想定せず、家で独り言を喋っているような、そんな飾り気のないトーンだ。
想像以上だな。赤槻暁美。
こいつと仲良くしないといけないとか、俺の青春リベンジ物語、余りにも難易度が高すぎるだろ。