第3話 フランクに接してくる先生は案外良い先生
「さて、きみという人間は予想通り、どうしようもない人間らしい」
「いきなり職員室に呼び出されたと思ったら、人格否定から入られる俺の気持ちにもなってください」
どういうわけか、俺は担任の二部崎先生に呼び出しを食らっていた。
一年四組担任、二部崎蘭子。
年は噂によると二十代後半。
整えば艶やかなロングの黒髪をぼさぼさに散らかしている。
まだまだお盛んな年頃で、蒸し暑いからなのか、オトナの品格を示す黒スーツを肩にかけており、白ワイシャツも第二ボタンまでご開帳なさっている。
そこから覗かれる、立派に実った二つの果実は思春期真っ只中の高校男子にとってはまあ刺激的だ。
服装を注意する側の人間が、こんな猥らな格好で許されていいのか。いや、ダメだろう。
そんな厳格という二文字が最も似合っている職業、教師の異物である二部崎先生だが、まるで生徒を友達のように接するフランクな接し方が功を奏して、案外生徒からの人望は厚い。
「うちのクラスで一番人気の枯葉咲にフラれ、あげく、その腹いせに喚き散らし、学校中から嫌われてしまうなんて」
「事実陳列罪って罪に問えるんでしたっけ?」
俺の質問を無視して、二部崎先生はわざとらしく、鼻を啜り目頭を押さえている。
「うう……辛かったなあ、青山よ。私だけが味方だからな……」
「そんなバレバレな演技、きょうび小学生でもひっかかりませんよ」
二部崎先生はボケで言っているつもりだが、実際問題、今の俺はリアルに二部崎先生くらいしか味方が居なさそうなのが笑えないんだよな。
「それで、本題に入るが、青山よ……部活動に入っていないようだが」
「枯葉咲にフラれて、テニス部辞めちゃいましたからね。今、俺フリーっす」
「『私今フリーで彼氏いないんでー、いつでも貰っちゃってくださーい』ってアピールして男に媚びるぶりっ子女みたいな言い方するな!」
「なんの前触れもなくとんでもないところに喧嘩売り始めたんですけど⁉」
「合コンで狙っていた男を奪っていったあの女、許さねえ」
「特定の人物に対する逆恨みだった」
「この問題について、青山はどう思う?」
「急に振られても困るんですけど。まあ、先生、そういうの苦手そうですもんね。なんかそういう場でも、容赦なくからあげバカ食いしてそう」
「うるさいわ! ほんで図星だし! プラス、生ビールもな」
「図星なんかい!」
「で、何の話してたっけ?」
「部活動がうんたらかんたら」
「そうだそうだ。単刀直入に言う。きみはこれから“とある部活動”に所属してもらう」
「部活動っすか……」
「なんだ、文句でもあるのか?」
「いや、今は部活動に入る気力が無いというか……。俺、学校中から嫌われているんすよ。そんな状況で部活入っても、ハブられるだけっすよ」
「自業自得だがな」
「生徒に160kmの剛速球ぶち込むのやめてもらっていいですか?」
「困ったなあ。ああ、困った、困った。問題児がクラスに一人いるだけで、担任の負担は二割増しらしいぞ」
「そんなヘンテコなデータどこにあるんすか。とにかく、嫌ったら嫌です! 俺は殻に閉じこもるのがお似合いなんですよ! 俺みたいな人間は動かない方が、世のためになるんですよ!」
「なんて情けない考え方なんだ。きみは変わってしまったよ。初日を覚えているか? きみは自己紹介で言っていたじゃないか。『中学で送れなかった分、高校で青春を送りたい』って」
「よく覚えていますね」
「あの頃の自分を思い出せよ」
「先生が何を言おうと無駄ですよ。もう俺は全てを諦めたんで」
「残念だなあ。きみの入部は規定事項だ」
二部崎先生は引き出しから一枚の用紙を取り出すと、ひらひらと、闘牛を赤い布で煽る
闘牛士のように俺の目の前で見せつけてくる。
『部活動入部届』と印字された用紙の名前の欄に、『青山春海』と俺の名前が無許可で記されていた。
「なんで勝手に書いてあるんですか⁉」
その用紙を奪い取ろうとするが、それを躱すように二部崎先生は自分の後頭部に用紙を動かす。
どうやら、本人のいない間に、俺の部活動への入部は決定してしまっているらしい。
「まあ、いい機会ではないか。何と言ったって、この部活動はきみにピッタリの部活動だからな」
先生の言い草で、俺は改めてその用紙を凝視する。
部活動名のところには《アオハル部》と書いてある。聞いたことも無い。
「《アオハル部》? 何ですか、その部活」
「アオハル、つまり青春だ。募るところ、青春を送るための部活だな」
「なんかすんごいざっくりとした説明。入学して間もない頃の部活紹介のイベントで、全部活動紹介されたと思うんですけど、《アオハル部》なんて無かったですよ」
「そう。この部活は先生が推薦した者しか入れない、いわば隠し部活なのだ」
「なんですか、その、メニュー表にはない隠しメニュー的な部活動は」
「やはりきみ、ツッコミセンスだけはなかなかあるな」
「だけは余計ですよ、先生。というか、今、先生は『推薦した者』って言いましたけど、なんで俺が推薦されたんですか? 俺、知らない間に何か功績を残しましたっけ?」
「この《アオハル部》は学校で馴染めていない生徒のために作られた部活だ。そういう生徒に青春を送る場を提供し、学校生活を楽しんでもらう、という意味合いがある。つまり、今のきみにピッタリというわけさ」
「つまり、俺は《学校に馴染めていない人》という烙印を押されてしまったわけですか」
「そうなるな」
「すみません、よく分からないけど、自分泣いていいっすか?」
「おうおう泣け泣け。感極まって泣くことも青春の一ページだぞ」
「じゃあこれから泣くんで、先生のでっかい胸で受け止めてもらっていいですか?」
「ナチュラルにセクハラしようとするな。青山、将来どうなろうが私は構わないが、警察のお世話にだけはなるなよ」
「ならないっすよ! 俺をなんだと思っているんすか!」
「性……うんにゃ、なんでもない。可愛い生徒にとんでもない誹謗中傷を言うところだった」
「ガチで何言おうとしたんすか! まあ、まとめると、その《アオハル部》とやらは、俺みたいな学校で対処不可能の激ヤバ人間の受け皿というわけですね」
「嫌な言い方をするな。学校側の配慮だ。感謝したまえ。して、実は私は《アオハル部》の顧問なのだ」
「なるほど。先生が顧問なら少し安心かもしれないです。それで、部員はどれくらいいるんですか?」
「そのことなんだけどな。前年に、三年が卒業した関係で、部員が居ないんだ」
「えっ、じゃあ、俺一人⁉ 一人じゃ、青春もクソも無いじゃないっすか」
「安心しろ。もう一人、うちのクラスの生徒を入部させた。そいつと合わせて二人だな」
「ふーむ」
「どうした? 何か分からないことでもあるのか?」
「やっぱり、やっていける自信ないっすよ。先生、俺、枯葉咲との一件で、気づいたんです。青春は選ばれた者にしか送ることが出来ないって。だから俺に青春は無理なんです」
枯葉咲との一件で、俺はそう悟った。
だが、二部崎先生はそれを真っ向から否定して見せた。
「違うな。『青春は誰にでも与えられる平等な権利』だ。私だって学生時代、褒められた人間ではなかった。それでも、それなりに楽しめた。結局、人生なんて楽しんだもの勝ちだ。最後、死ぬ間際に『私の人生、楽しかったな』って思ったら、それでもう勝ちなんだ。だから、諦めるにはまだ早いと思うぞ」
先生のその言葉は、単純な俺の心に割と響いた。
「ありがとうございます。ちょっと、気が楽になりました」
「そうそう、気楽でいいんだよ。まだ高一だろ? 色々と試行錯誤をしていい年頃なんだよ。そこから学んでいけばいいだけの話。教師が言うには適さない言葉かもしれないが、私の好きな言葉だから、この言葉をきみにやるよ。
青山春海、お前に私の一番好きな言葉を送ろう。『楽しんで生きろ』」
先生はそう言うと、人差し指を俺に向けてドヤっていた。
先生は多分ボケたつもりで言ったのかもしれないが、相当嬉しかった。
「ありがとうございます。先生って案外良い人なんすね」
「案外は余計だろうが」
「今の今まで諦めていましたが、少しは青春取り戻せるように、頑張ってみます」
――こうして俺の青春を取り戻す物語が幕を開けたのだ。