第21話 授業中、先生にゲームを取られた時が本当のゲームオーバー
「とりま、皆で茶でも飲もうぜ。青山、皆の分の茶を。冷蔵庫に入っていただろ?」
「えっ、この流れで俺が用意するんですか?」
「だって部長だろ?」
「部長で雑用係なの?」
早くも勢いで部長と言ってしまったことを後悔しつつ、俺は二部崎先生の言われた通り、人数分のお茶を用意する。
「きょ、今日は……見学というよりも、依頼をお願いしたい。この部活は人の悩みを解決する部活と二部崎先生から聞いたから」
笛吹が入るか入らないかは本人の自由だから置いておくとして、久しぶりの依頼ということで少しテンションが上がる。
停滞していた青春が前進していくのを肌で感じた。
「依頼ありがとう。《アオハル救助隊》にお任せあれ」
「セリフ、ダサッ」
まるでゴミを見るような目で赤槻は俺を見ていた。
……あれ? その目を見て、なんだか悦びを覚えたぞ。これが、新たなる性癖の解放……!
「それで、依頼内容は?」
「――ゲーム。先生に、盗られた。……もう生きていけないかも」
「はあ?」
笛吹の口から零れた余りにもしょうもない理由に、俺は開いた口が塞がらない。
「それは、今日の二限目のことだ」
――なぜか、笛吹による回想シーンが始まった。
★
「――――え~、では教科書6ページ、問題2を解くように」
数学教師、君吉先生は、問題を解く生徒の様子を見るために教室を見回る。
ぼくは先生に見えないように、机に隠しながらゲームをプレイしていた。
しかしその脚は直ぐに止まった。
「授業中にゲームをやる奴がいるか! この愚か者!」
先生の怒号が飛んだ。ぼくは震えが止まらなかった。
★
「……それで放課後、職員室に行って数学の先生からゲームを返してもらわないといけなくなってしまったんだ」
憔悴しきったような表情で語る笛吹。その顛末を全て訊いた俺は結論付ける。
「――いやいや、百パーセントお前が悪いと思うぞ。授業中にゲームをやるバカが居るかよ」
「人見知り陰キャのぼくが行くには、職員室に行くにはレベルが足りない。例えるならレベル1の状態でボス戦に挑むようなものさ。《アオハル救助隊》はお悩みを解決してくれるんだろ? サポートキャラなんだろ? だからついてきてくれよ」
「さっきから、レベルだのボスだのサポートキャラだの、お前の脳、ゲームに支配されてんぞ。それくらいは一人で行ってくれよ」
いくら生徒の悩みを解決する《アオハル救助隊》を名乗っているとはいえ、自分の失態で取られたゲームを取り返すために同行するというのは領分を超えている気がする。
しかし笛吹は、強固な姿勢を見せる。
「頼むよ。君たちにしか頼めないんだよ。あんまり知らなくて怖そうな数学の先生だよ。しかも絶対に怒られるから負けイベント確定なんだ」
笛吹は小動物のような潤んだ瞳で、俺や赤槻を見つめてくる。そんな瞳で見られちゃあよお……。
「しゃーねーな。俺たちの久しぶりの仕事だし、行くか赤槻」
「……好きにすれば」
「ついて来てくれるのかい? 恩に着るよ。お礼は必ずするから」
「うんうん、そういうのも青春だな。あっ、一応言っておくけど、君吉先生はかなーり怖いぞ」
なんで不安を煽ることを言うんですかね、この先生は。
こうして、俺と赤槻は、笛吹を引き連れて職員室に行くことになった。
職員室前にて――。
「……うう。やっぱり無理だ。ぼくのレベルでは攻略不可能だ。経験値集めをしに行こう……」
横で消え入りそうな声ですっかり怖気づいている笛吹は、帰ろうと踵を返した。
「ちょっと待てい!」
俺は容赦なく笛吹の襟首を掴み、それを阻止する。
「……ううう。やっぱりほぼ初見の先生でことに及ぶというのはプレミだったか……。いやでも角度的には十分に死角となる場所で、先生の位置も把握しながらのムーブは最善手だったはず……」
すると笛吹は力なくしゃがみ込んで、何だか意味わからないことを小声で呟いている。怖ぇよ。ゲーム好きすぎて、むしろこいつ自身が電脳だよ。
「ふーん。じゃあ、帰る? 私たちは、貴女のゲームが取られようと、何の影響もないし」
赤槻が笛吹を追い込む。
笛吹はかなりこたえている様子だ。
「そ、それは……。うう……」
「いいんじゃねえか? これを機にゲームを辞めるってことで。現実世界に目を向けて、友達いっぱい作って楽しい学校生活を送ろうぜ」
俺が何気なしに言った一言が、笛吹の心に火をつけてしまったようで……。
「ゲームこそがぼくにとっての友達なんだ! ゲームが無い世界なんてありえない! ゲームがあるからぼくは楽しく生きてこれたんだ!」
今日一、大きい声出したな……。その発言は今日一番の声を出してでも俺に伝えたかったのか?
「分かったよ。じゃあ行くぞ」
「む、む、無理だよ……。ぼくのレベルではまだ……」
「どっちなんだよ⁉ さっきから言っていることとやっていることが無茶苦茶だぞ!」
職員室前で不毛なやり取りを続けていると、職員室の扉が開いた。
「君たち、まだやってたのか。君吉先生、ちょうど職員室にいるから呼んでくるぞ」
職員室に戻っていた二部崎先生が、俺たちの前に姿を見せた。
「良かったじゃねえか、笛吹」
俺は腕で笛吹を小突いた。
だが肝心の笛吹は、身体を小刻みに揺らし、視線を地面に落としている。
「あの~……、その~……、あの。それがそれであれがあれで……」
笛吹はもじもじと、「あれ」とか「それ」とかを連発して、まるっきり先生に意味が伝わっていない様子。指示語しか喋れなくなったの?
「ったく、何をしているのだか。よし、じゃあ呼んでくるからな。ちょっと待ってろ」
二部崎先生は呆れるようにため息をつき、君吉先生を呼びに職員室に戻った。
暫くすると二部崎先生に連れられた、数学の君吉先生が険しい表情で俺と笛吹の前に現れた。
また笛吹は身体を小刻みに揺らし、視線を地面に落としている。
「授業中にゲームをやるなんて言語道断。そもそもゲームなんてやるから最近の学生の学力が低下してだな……」
君吉先生の説教中、笛吹は「すみませんすみません」と謝罪を発するだけの機械と化していた。
「で、笛吹君。何か言うことはあるかね?」
一通り説教を終えた君吉先生は、縮こまる笛吹に振った。
「う……ぐ……」
押し黙る笛吹に、君吉先生は更に意地悪な追い打ちをかける。
「なるほど。要らないんだな。こんなモノやっても人生の無駄だ。さっさと捨てた方がいい。ゴミ箱に入れるぞ、いいな?」
「ううう……」と声にならない叫びを出す笛吹。
どうやら彼女のヒットポイントはゼロになってしまったようだ。
仕方ない。
俺が助け船を出すか。
何せ、《アオハル救助隊》のリーダーだからな。
「君吉先生」
「なんだね、君は」
「《アオハル部》の青山っす。それ、笛吹が大事にしているものみたいなんで返してもらっていいですか? 本人も反省しているみたいだし。なあ、笛吹?」
「ふんふんふん」と、高速で頭を振る笛吹。ヘッドバンキングでもしているのか?
「次はないからな」
君吉先生は呆れたようにつぶやくと、ゲームを笛吹に返した。
「良かったなあ、笛吹。ゲーム、戻ってきて。青山も赤槻もお疲れさん。依頼達成だな」
そう言って、二部崎先生は俺たちに向けてサムズアップする。
「別に今回に関しては、俺たちは何もやってないっすよ。笛吹が頑張ってましたから」
「いや、そんなことは……君たちのおかげだよ……ありがとう」
「んじゃ、その調子で活動頑張れよ。お疲れっした~」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「対戦ありがとうございました」
二部崎先生の職員室へ帰り行く背中へ向かって、俺、赤槻、笛吹の順で感謝を述べた。
……笛吹だけ、感謝の仕方おかしくない? 対戦? 誰と誰が対戦したんだよ。
「……お帰りぼくの相棒、もう絶対に離さないからね」
教室に戻るさなか、笛吹が携帯ゲーム機をまるでペットを愛するように頬に擦り付けているのを見て、これはもう末期だと思った。




