第17話 デジャブってあれ本当に何なんだろうな
そんなこんなでゲームが進んでいき、お互い点を許さない投手戦の様相を呈したまま、七回を迎えた。
女子野球は七回までなので、これが最終回だ。
ちなみにここまでの俺は、安定のノーヒット。
守備機会はゼロだ。
七回の表。
今まで安定感抜群だった高橋先輩が崩れ始める。
最初のバッターこそ打ち取ったものの、その後の打者にヒットを許すと、動揺してしまったのか連続フォアボール。
結果、ワンアウト満塁の大ピンチだ。
動揺する高橋先輩を落ち着かせるために、内野陣がピッチャーの前に集まってきた。
赤槻は何のことか分かっておらず、その場でぼけーっとしている。
外野に居るので遠目から居るので、何を話しているかまでは分からないが、高橋先輩はうんうんと力強く頷いていた。
どうやら持ち直したようだ。
そして気を取り直して投じた一球は遠目から見ても素晴らしいストレートだったが、そこはさすが野球部。
いい加減高橋先輩の球に目が慣れてきたようで、バットを短く持ち巧みに弾き返してきた。
その打球方向はちょうど赤槻が守るショートの横だった。
腕を伸ばせば取れるかもしれないが、いかんせん打球の勢いが強烈で、流石に厳しそうだ。
だが、赤槻は素晴らしい反射神経で、咄嗟に腕を伸ばすと、見事に、ミットにボールを収めた。
「こっちです!」
キャッチャーの小笠原先輩が、両手を上げてアピールする。
三塁ランナーがホームに突っ込んできていた。
赤槻は咄嗟に、ホームに転送する。
それがドンピシャにコントロールされていて、小笠原先輩のキャッチャーミットに吸い込まれていった。
「アウト」
審判のコールがグラウンドに響いた。
次の瞬間、味方から歓声が飛んだ。
「凄い、凄いやん、赤槻ちゃん! ピンチを救うナイスプレイやで!」
大島先輩が赤槻のプレーを手放しに称賛しているのが、外野に居る俺の耳にまで飛んできた。
他の人たちも赤槻の周りに集まってくる。
どんな声をかけているかは分からないが、称賛しているのは確かだ。
ツーアウトになったとはいえ、まだ満塁のピンチだ。
ここを抑えれば、とりあえず負けが無くなる。
重要な局面だ。
……頼むから、飛んでくるなよ。
神様は意地悪なもので、そう願った者に、ボールが飛んでくるらしい。
ぽーんと上がったボールは、ライト方向に飛んできた。
普通にやれば十分に取れる距離だ。
……くそう! 何で、よりにもよって、初めての守備機会がこんな緊迫する場面なんだ!
ここでエラーでもしようものなら、さっきの赤槻のファインプレーが台無しだ。
パシッ、と捕るぞ。何としても。パシッ、と。
研ぎ澄まされた感覚の中、デジャブというやつか、なぜか俺の過去の記憶が呼び起こされる。
幼い頃。
あれは、どこかへ林間学校に行ったときだったっけ……。
誰かと……キャッチボールをした……ような。
パシッ――。
気づくと、俺のグローブの中にミットが収まっていた。
「アウト。スリーアウトチェンジ」
審判のコールが聞こえると、俺は安堵した。
良かった。
エラーしなかったんだ。
さて、いよいよ七回裏。俺たちの最後の攻撃だ。
キリよく一番からの攻撃だ。
なんとか点をとってサヨナラ勝ちをもぎ取りたいところ。
だが、一番バッターである水泳部の水野さんは空振り三振を喫してしまう。ワンアウト。
次の小笠原先輩も、粘りに粘るも結局内野ゴロに終わる。
ついにツーアウト。
絶体絶命の中、迎えるバッターは何の因果か、大島先輩だ。
ふんす、と気合を入れた打球は、ライトとセンターの間に落ち、大島先輩はその間に二塁へと向かった。
これでツーアウト二塁。あと一個アウトを取られれば試合終了だが、逆に一本出ればサヨナラ勝ち。
この場面で、一番頼れるバッター、高橋先輩。
これまで高橋先輩は全ての打席でヒットを打っており、絶好調だ。
……いや、待てよ。俺は気づいてしまった。この状況で何が起こるかを。
敬遠だ。
相手の監督が出てきて申告敬遠のジェスチャーをする。
高橋先輩はバットを置き、一塁に向かった。
二塁ランナーが帰ればサヨナラになるのだがから、一塁ランナーは関係ない。
しかも相手は絶好調の高橋先輩。勝負を避けるのは当然だ。
それゆえ、何が起こるかというと、五番打者の赤槻に打席が回るわけで……。
赤槻は自分が置かれている状況がよく分かっていないのか、平然とバッターボックスに向かった。
赤槻……頑張れ……。
俺は我が子を見守る親のように、両手を合わせ祈るように彼女を応援した。
だが、赤槻はチームバッティングを度外視したフルスイングであっという間にツーストライクに追い込まれてしまう。
……やっぱりダメか。
アドバイスしたいが、技術的なアドバイスは専門外。
「タイム」
と、タイムがかかった。
タイムをかけたのは、キャッチャーをしている小柄な小笠原先輩だ。
「赤槻さん。ボールの上を振っています。データ的にもう少し膝を曲げて振れば、当たるはずですよ」
小笠原先輩がアドバイスを送っていた。
赤槻は珍しく、うんうんと頷き、聞き入っているようだった。
そして、赤槻は再びピッチャーと対峙する。
ピッチャーが投じた一球は、ど真ん中のボール。
「ふんっ!」
裂帛の気合のもと、赤槻は渾身のフルスイングを披露する。
カキーン‼
フルスイングしたバットの芯にクリーンヒットすると、ボールは放物線を描き、外野を超えていったのだ――。
二塁ランナーの大島先輩が全力疾走をしてホームベースを踏んだ。
劇的なサヨナラ勝ちだ。
「凄いで~‼ 赤槻ちゃん、ヒーローやあああ‼」
興奮を抑えきれない様子の大島先輩は、赤槻の胸に飛び込んだ。
それを皮切りに、味方たちが赤槻のもとに駆け寄り、もみくちゃになる。
「赤槻さん。あなたは常にデータを上回ります」「まさに八面六臂の活躍だな」「赤槻ちゃん、だいすきやー! ずっと一緒に居てやー!」
それを遠目で見守る俺。
男であることをバレないようにしないとだから、仕方ないね。
あれだけ輪を嫌っていたのに、今、輪の中に居るのは赤槻だ。
赤槻は鬱陶しそうな顔を見せているが、どこか嬉しそうだ。
……良かったじゃねえか、赤槻。青春出来て。




