第16話 野球はスタメン発表の時が一番ワクワクする
「一番セカンド、水野。二番キャッチャー、小笠原。三番ファースト、大島。四番ピッチャー、高橋」
次々に平田監督の口からスタメンが発表される。
もしかしたら上位打線に、とか思っていたが、普通に考えればそれはないわな。
が、次に、サプライズ指名があった。
「五番ショート、赤槻」
なんと赤槻が、野球初心者の文学部としては異例の五番に抜擢された。
これは割と凄いことだ。野球はやったことないが、野球ゲームが好きな俺は分かる。
野球の打順で三、四、五番というのはクリーンアップと言われ、基本的にそのチームで打力がある三人が指名される。
クリーンアップに、野球部の面々に混じる赤槻、何なんだ。
確かにバッティング練習も、かっ飛ばして褒められていたっけ。
しかも、ポジションはショート。
ショートというのは基本的に、一番守備が上手な人がやるポジションだ。俺も野球ゲームをやるときには、必ず守備が一番上手な人をショートに置く。
本人はその凄さを分かっていないらしく、素知らぬ顔をしている。
「…………八番ライト、青山」
「はい……」
俺は八番ライト。
八番ライトというのは、野球界隈の中では有名な言葉だ。
今はそんなことないと思うが、昔はライトは守備が苦手な人がやるポジションで、打順も下の方ということで、『ライパチ』と言われ、下手な人の総称である。
まあ、野球のスラングみたいなものだ。
俺の実力を考えれば妥当だろう。というかいくら文化部とはいえ、女子しかいないのに一番下手なの、改めてひどいな。
まあ、迷惑かけない程度に頑張りますよ。
俺たちは後攻。つまり、守備側だ。
スタメンで発表されたポジション通り、ライトに向かおうとする中、赤槻に呼び止められた。
「ねえ。ショートってどこ」
赤槻は守備位置を知らないらしい。
その知識量で、ショートなんて大役務まるのだろうか。
むしろ知識ゼロでショートに抜擢された赤槻のポテンシャルを褒めるべきだろうか。
「ショートはピッチャーの左後ろだ。ピッチャーの右後ろに人がいるだろ。その人がセカンドで、その左横にいればいい」
「分かったわ。意外に、詳しいのね。へたくそなのに」
「野球ゲームは好きなんだよ。好きな子の名前で選手を育てるのが楽しいから、意外に陰キャも好きなんだぞ、野球ゲームって。あと、へたくそは余計な!」
「ごめんなさい。気持ち悪すぎて、背筋がゾクってしたわ」
軽蔑した目でこちらを見てくる赤槻。
なんだよ、その目は! 今度、お前の名前で選手作ったろか!
赤槻がポジションについたことを見送ると、俺はさっさとライトのポジションについた。
外野ってこんなに他の人と離れているのか。
ゲームやっているだけは気づかなかった事実。なんか寂しいな。なんだか赤槻が恋しくなってきた。
……って、何を考えているんだ、俺は! あんな暴れん坊女に、誰が恋しくなるんだっての!
そんな変なことを考えていると、内野から大島先輩の元気な声が聞こえてきた。
「皆、しまっていくでー! しまってといえば、皆ベルトは締めたー? ウチさぁ、この前の練習で、ベルト締め忘れちゃって、ズボンがずり落ちちゃったんやー!」
そんな関西仕込みのオモシロトークで、強張っていたナインの緊張が、一気にほぐれた。これが皆を引っ張る存在、キャプテンだ。
「プレイボール」
全員が守備位置につき終わり、相手の一番バッターが打席に立つと、いよいよ試合開始だ。
よーし、守備、頑張るぞー。
バシン!
ストライク、バッターアウト!
バシン!
ストライク、バッターアウト!
バシン!
ストライク、バッターアウト!
なんと、高橋先輩による衝撃の三者連続三振で、幕を開けた。
……あの先輩、凄すぎないか?
なんか、普通に男子顔負けなんだけど。
よく分からんが、全国レベルとかじゃないのか?
それでいて、生徒会副会長なんだろ。それに今後生徒会長になることがほぼ当確と噂されている。
どんなスペックしているんだ、この先輩。
ガチで文武両道とは恐れ入った。
……というか、これ一生、こっちにボール飛んでこなくね?
ということで、あっという間にスリーアウトチェンジになり、攻守交代。
こちらが攻める番だ。
事情を知っている大島先輩以外には、俺が男だということをバレるわけにはいかないので、輪から少し離れるように座った。
だが、輪の中に入ればいいものの、赤槻が俺の隣に座ってきた。
「なんだよ、向こう行けばいいだろ」
「あっちは居心地悪いのよ」
んだよ、それ。
これ、もはや俺のこと好きだろ。
特に何も話すことなく、試合の様子を見ていると、
「いやっほー、お二人さん、お疲れー。守備、どうやったー。意外に楽勝やろ?」
大島先輩が俺と赤槻の間に割って入ってきた。俺と赤槻の間には、人、一人分のスペースしか空いていなかったため、ぎゅうぎゅう詰めになった。
先輩の程よい肉感が、ダイレクトで伝わってくる。
「楽勝もなにも、一球も飛んできていないんですが」
大島先輩は「そうだったぜー」てへぺろ、と可愛らしく舌を出した。その仕草はとても可愛らしかった。
赤槻も少しは見習ってくれよ。いくら何でも、素で生きすぎなんだよなあ。
そんなことを本人の前で言えるはずもなく……。
「どうや? 野球、楽しいやろ?」
「ええ。まあ」
「良かったら正式に入部してみんか?」
「いや、赤槻はともかく俺、男なんで」
「そうやったわー! すっかり忘れてたで。まあ、おもろいからええわ」
「おーい、大島、何やってんだ! 次、打席だぞ!」
話していると、大島先輩は平田監督から呼び出されていた。
どうやら、大島先輩の打席に回ってきたらしい。
色々抜けすぎでしょう、この先輩。でもなんだか憎めない。
だからこそ、皆に好かれ、部長という座にいるのだろう。
俺も……おそらく、《アオハル部》の部長ということになるはずだからな……。
大島先輩みたいに愛されるようにならないと。
「そうでしたー! 小生、行ってくるで! 二人とも、絶対ヒット打つから、見といてやー」
大島先輩が打席に立ち、来る初球。
カキーン!
左バッターの大島先輩は思い切り打球を引っ張ると、一二塁間を破り、約束通りヒットを打って見せた。
一塁に到達し、大島先輩はこちらに向かってダブルピースを送っていた。
うん。いいなあ。なんだか青春だ。
続く、四番高橋先輩もライト前にヒットを打つ。
その間に、大島先輩は三塁に到達し、ツーアウト一塁三塁のチャンス。
そして、迎えるバッターは……。
「おい! 何座ってんだよ! 次、お前だぞ!」
「えっ、私……?」
次のバッター、赤槻暁美はなぜか、まだ俺の隣に座っていた。
赤槻は俺に言われて、慌てて打席に向かう。
打順の概念も知らないのかよ……。
打席に立った赤槻は豪快なフルスイングを見せる。
当たればスタンドまで行きそうなくらいのパワーだが、強振で当たるほど甘くはない。
赤槻は綺麗に三球三振をした。
「バッターアウト、スリーアウトチェンジ」
守備に向かう途中、赤槻に話しかける。
「ワンヒットで三塁ランナーが返ってくる場面なんだから、コンパクトに行くべきだろ」
せっかくアドバイスしてあげたのに、赤槻は怪訝な顔をしている。
「どうして、他人のために私のスタイルを曲げないといけないのかしら?」
野球のセンスはあるけど、チームプレイが全くできないので、野球部に入るのはやめておいた方がいいだろう。




