第1話 結論:『青春なんて無理』
――『青春なんて無理』。
それは、俺が高校に入学して僅か2か月余りで悟ってしまったこの世の真実である――。
「俺……さ、枯葉咲のことが好き……なんだ。だ、だから……付き合ってください!」
「ごめんなさい!」
それは、中間テスト明けの六月中旬。
まだ、高校に入学して二カ月余りしか経っていないにも関わらず、好きな子にフラれてしまい、俺の青春は早くも終了した。
俺こと、青山春海は、中学時代、いわゆる『イケてない』学校生活を送っていた。
頭が良いわけでもなく、身体を動かすことも得意ではない、人は何かしら取り柄があるとよく言われるが、それは全くのでたらめである。
彼女は勿論、友達すらまともに出来ることなく、あれよあれよという間に卒業式を迎えてしまい、虚無のまま中学生活がジエンド。
だからこそ、誓った。
――高校生になったら青春を謳歌したい。
友達とくだらないことで笑い合ったり、学校行事に取り組んだり、恋愛をしたり、キラキラした学校生活を送りたい。
そう、俺は青春を送りたいんだ!
晴れて高校に入学した俺は、青春を送るためにいわゆる『高校デビュー』を模索した。
スクールカースト上位にいるリア充っぽい連中に必死に話しかけで、陽キャグループに所属しようとした。
中学時代ずっとかけていた眼鏡をはずし、コンタクトデビューをして、したことのないワックスを使って頭をガチガチに固めてみたり、行ったこともないのに日焼けサロンに行って必要以上に肌を焼いたり、無頓着だったがオシャレにも気を配った。
やったことないにも関わらず、青春っぽい部活ナンバーワン(俺調べ)のテニス部にも所属した。
そして出会ったのだ。枯葉咲華蓮という天使に――。
何を以て『青春』なのかは人によってさまざまだが、やはりその花形は恋人を作ることだろう。
特にその恋人が人気であればあるほど、青春度はより高くなる。
同じクラスで、同じテニス部に所属している彼女は、その点では最強で、とにかく絵に描いたような美少女である。
艶やかな茶色のセミロング。男子の庇護欲を擽る、少したれ目のぱっちりとした瞳。ナチュラルメイクを施した整った顔立ち。
それだけではない。誰とでも分け隔てなく話す、その天真爛漫な性格から、男女共から絶大な支持を集め、入学初日から彼女に告白した人間は後を絶たなかったという。
スクールカーストの頂に堂々と君臨する絶対美少女、それが枯葉咲華蓮なのだ。
結局、テニス部は予想以上にキツイ練習についていけずに入部して二週間で辞めてしまったのだけれど、枯葉咲はそんな俺にも優しく話しかけてくれた。
授業中もチラチラ目が合うし、目が合う度に笑顔で手を振ってくれた。
そして俺は、一つの真理に辿り着いた。
――“脈あり”だ。
俺は決めた。中間テストが明けたら告白すると。
それからというもの枯葉咲と事あるごとに話して、着実に親交を深めた。
時は来る。
舞台を整えるために俺は、放課後に枯葉咲を屋上に呼び出した――。
――その結果が、この様である。
☆
「え? なんで? 俺のこと、好きじゃないの?」
「あははははは。クラスメイトとしては好きだけど、男としては……、ごめんね」
「そんな……、だって俺に話しかけてくれたじゃん? テニス部辞めて俺と話す必要ないのに話しかけてくれるってことはさ!」
「それは……、だってクラスメイトだし……」
「そうだ! 授業中たまにさ、目が合ったよね? 俺のこと見てたんでしょ?」
「いや、違うよ。なんか視線感じるから、振り返っただけだよ」
「待て待て! これはどうだ? 俺と視線が合ったとき、笑いかけてくれたじゃん! これは言い逃れ出来ないぞ!」
「目合ったらスマイル、それが華蓮のモットーだよ」
それじゃあ、何か? 枯葉咲はただただ良い奴ってだけで、俺が勘違いしていただけなのか?
「そんな……、そんな…………!」
俺が描いた青春の青写真は完全に瓦解したのである。
「ごめんね、春海君。ホントにクラスメイトとしては接しやすくて良い人って思うから、うん」
枯葉咲は申し訳なさそうに手を合わせながら、破壊力抜群のウインクをしてきた。
やめろよ、その可愛さ。また勘違いするじゃねえかよ……!
「友達から、とかでもダメか?」
「うーん、ごめんね」
「そんな……どうしてだよ、理由を教えてくれよ!」
動揺している俺は、つい声を荒げてしまう。
「華蓮、彼氏いるんだ」
衝撃的な事実に、開いた口がふさがらない。
「彼氏だって……? ぜんぜっん、聞いたことないのだが!」
「春海君とそこまで関係性ないし……」
……俺って、そこまで関係性無いの? 必死で関係を深めたと思っていたのに、彼氏のことを言う関係性にすらなっていなかったの……?
「…………誰だよ? その彼氏って奴は」
「テニス部の開星明生君だよ」
それを訊いた俺は、膝から崩れ落ちた。
開星明生。その名は俺でも知っている。
違うクラスでテニス部エースの超絶イケメン。紛れもないスクールカーストの王様である。それが、学年一の美少女と囁かれている枯葉咲と付き合っているだと。
役満じゃねえか。上がりじゃねえか。天は二物を与えず、じゃねえのかよ。
「俺の知らねえところでコソコソと――!」
気づいたら俺は、地面のコンクリを殴っていた。
「――ご、ごめんね。じゃあね、春海君」
枯葉咲は逃げるように、俺のもとから去っていった。
「嫌だ嫌だああああああああああ! これじゃあ、中学の二の舞じゃねえかあああああ! うぎゃあああああああああああああああ!! 好きだああああああ!! 好きだああああああああああ!! 枯葉咲ィィィィィィィィ‼」
精神が崩壊した俺は、所かまわず泣き喚いた。
「悪魔の咆哮が聞こえたぞ! ここか!」
枯葉咲と入れ替わるように、ヘンテコな奴が屋上にやってきた。
三角帽子を被り黒いローブを着て変な杖を持った、魔女のコスプレでもしているのかという小柄な少女が俺に向かって叫んでいる…………うわ、ヤバい奴だ。
俺は極力関わりたくなかったので、何事もなかったかのようにスルーして屋上を去ろうとすると、彼女と目が合ってしまう。
「そうか久しいな。ようやく万年の時を経て復活したか、我が盟友であり盟友、『地獄の番人』よ!」
「いや、お前みたいな変な奴、知らないから。それに、敵なんだか、友なんだか、どっちだよ」
反射的にツッコんでしまった……。というか、腕掴まれて離れられないんだけど。
「我の魂に刻まれし『地獄の番人』よ。我が業火滅却の焔の前に灰燼と化せ――。『業火滅却』」
女は変なポーズをして、杖を前に突き出すが……。
何も起こるはずはない。ここは現代日本だ。超能力も魔法もあってたまるか。
「く。やるな。流石は、ヘル・ケルベロスよ――――あ、待って」
俺は杖をくるくる回している女を華麗に無視した。
つーか、変なあだ名付けるな。
……やべえよ。新学期早々、変な奴に目を付けられてしまったよ。
枯葉咲にフラれた途端、俺の高校生活は音を立てて崩れ去ったのであった。
結論:『青春なんて無理』。