きっかけ
誰かのために生きたいなんて
考えたこともなかったよ
自分が生きるので精いっぱいだった
生きてるだけで精いっぱい のが正しいか
人のために役に立つなんて
暇な奴の言葉だよね
金があって暇があってやることないんだろ
あとは
聞こえの良いのが好きな奴の口癖とか
どん底に落ち込んだこともない
自称『苦労した』奴の薄っぺらい感覚
死ぬまでそう思っていたよ
俺が死ぬまで そう思っていた
死んでから考えたんだ
いなくなったはずの俺が 居る時間に
俺は自分のことも救えなかった
精一杯で ぎりぎりで いつも困窮して
手に入れると何でも煙みたいに消えちまう
無駄遣いしたわけじゃないよ
それなりに安い賃金でやりくりして
それなりに女も大事にした
それなりに人生も考えていたし
それなりに
命も 俺なりに 大事にしたと思う
全部消えたけど
他人と 他人の時間と 他人の笑顔を
いつも引き合いにして
自分を見限っていた気がする
俺はいつから 自分を救えなかったんだろう
真っ暗な夜 雲に巻かれる月の下
冷え切った土に座って考えた
死んだ俺が また居る時間を
俺は俺のために生きていたかったんだろ?
生きてる時間を望むまで引き上げたかった
何が 足りなかったのか そうはならなかった
俺が俺に深入りすると 足元が抜けただけだった
死んだのに まだ意識があって体がある
動いているし 土の上にいる
これを『もう一回生きている』と呼ぶなら
前の俺みたいには過ごしたくないと思った
息を吐いても白くならない 冬の森で
寒さが遠ざかる 感覚の薄れた皮膚に
俺の目に映る 黒い夜が
別の俺があると 教えている
千切れた青黒い雲の輪郭から
覗き見た銀色の月が 俺の影を指差すんだ
その影は 死んだお前なのか
それとも 違う誰かの影か
自分さえ救えなかった男が
もう一度自分に固執する理由がない
だから ここからは他人の足枷を外すことにした
俺の足枷はどこにあるか分からなかったんだ
でも他人の足枷は見て分かるもんだ
きっかけは 単純だった
死んだからだ
暇でも金持ってるわけでもない
失敗して死んだから
今度は誰かのために時間を使うかって
思えたんだ