007 下僕の背中はベッドでもあり
『すー…すー…むにゃん…』
―――寝ちゃったよ…。
どこに収納されているんですかと問いたくなるほどの爆食い。ホールケーキが次からつぎへと消えていく、いつも以上にとんでもない光景を目撃した。厨房は戦場だったと思う。アリスが来る日は、通常比で3倍近いパティシエさんがいらっしゃるらしい。いつものことながら、本当に申し訳ないです。
おいしいものを食べたら眠くなったとのことで、俺の背中でおねむなアリス。起こすのが申し訳なくなり、俺がお代を支払った。後から返してもらえるとはいえ、今、財布は空っぽだ。
―――久しぶりに楽しめたみたいだし…まぁ、いっか。
最近、下僕というよりも保護者ポジションだと思うようになった俺。下僕だろうか保護者ポジションだろうが、この笑顔のために尽くすのが俺なのだろう。ちょっぴり悲しい、俺の性。
『かぃとぉー…しゅ…』
―――「しゅ」…なんですか、「しゅ」って「す」ですよね。「す」から始まる言葉って…。
2文字。寝言ながら、淡い期待に胸が膨らむ。
『しゅらすこたべるぅ…』
さいですか。夢のなかでも幸せそうで何よりです。デレデレおじいちゃんに頼んでみましょう。宿屋に届けてくださると思いますよ。丸ごと。
■
『むぅぅぅん?ふわぁぁぁん…かいとぉ?』
背中でごそごそと動き出したアリス。どうやらお目覚めのようだ。あれだけケーキを食べたのだから、おなかはいっぱいのはず。睡眠欲も満たされたはずなので、機嫌もよさそうだ。
「そろそろ宿屋につきますよ。」
『うぅん…しゅらすこまだぁ?』
「デレデレおじ…じゃなかった。国王さまにお願いしておきましょうか?」
おぼえてたんですか。てっきり夢のなかのお話だと思ってましたよ。そしてまだ食べるつもりですか。
『いい…なんか冷たい…?あっ…。』
「どうかしましたか?」
『な、なんでもない。おりる。ありがと。』
「どういたしましてです。はい。」
口もとを両手で覆っているアリス。そういえば右肩のあたりがなんだか冷たい。
―――ん…雨降ってたっけ…?あ…。
『ごめんなさい…ちゃんと洗濯するから…。』
「良いですよ。洗濯は下僕…じゃなかった、俺の仕事ですから。」
気にしてませんから、そんな顔しないでください。にこにこしてるアリスが一番です。でも…恥ずかしがっている表情も…。
■
宿屋に到着。王都では恋人どうしということになっているので、部屋は同じでベッドもひとつ。もちろん下僕がアリスと一緒のベッド…なんてことはなく、俺は持ってきた寝袋で休むつもりだ。もう慣れたとはいえ、なんともいえないむなしさがある。
『はい、今日はありがと。さっき立て替えてくれたんでしょ?』
アリスに封筒を手渡された。受け取るとチャリンと金属が触れ合う音がした。
「あ…良いんですよ。俺、お金あっても使わないですし。」
『だーめ。下僕におごってもらうなんて、私のプライドが許さない。』
「は、はぁ。わかりました。ありがとうございます。」
食費はもちろん、生活費の全てがアリスのお財布から出ているのがアリス家の家計。俺は給料という名のお小遣いをもらっている立場であり、おごるもへったくれもないと思うのだが。しかし、ありがたく頂戴しておこう。今回みたく立て替えることもないことはないし。
『さてと。ハミガキー♪』
やっぱり機嫌が良いアリス。やっぱりおじいちゃんに会えてうれしかったんだと思う。公の場では大人びた雰囲気を漂わせてるが、家とか王城ではあんな感じ。なんだかんだで寂しがり屋なところがあるのかもしれない。
「アリスさん。王城に戻ったらどうですか?」
なんとかの七光りと言われることを嫌って、10歳で王城を出たアリス。今ではその実力を誰もが認めるところとなっている。つまり、ここで暮らす理由はないはずだ。王城に帰れば衣食住その他もろもろ自由となるうえ、長年続いている戦力アリスの取り合い問題にも終止符がうたれることだろう。
『…嫌だ。』
「でも…フルーツとかさっきみたいに食べ放題ですよ。きっと。」
『食べ放…じゃなくて…とにかく嫌なの。』
「そうですか。すみません、変なこと言って。明日のフルーツ注文してきますね。」
『…うん。ありがと。』
なんとも形容しがたい表情だった。まぁ、王城という場所は不自由なところもあるのだろう。俺は全く知らない世界なので、これ以上はなんとも言えない。アリスは天真爛漫を体現するような少女なので、あまりかたいところは苦手なのかもしれない。
―――理由はどうあれ…この話はもうダメだな。
■■下僕の心得■■
同じ轍は踏まない。
お読みいただきありがとうございます!
評価・感想などいただけますと、パソコンの前でこっそり狂喜乱舞します(笑)
また、更新不定期ですが、気長にお待ちいただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします!