006 お駄々をおこねに
「えぇー、もう帰るのか?もう少しゆっくりしていかんか?フルーツならまだまだ持ってこさせるぞ?」
国王さま…もとい、孫に全面服従のおじいちゃんが、駄々をこねている。いえ…お駄々をおこねになっておられます。
―――「御」をつけて…上品にすれば良いってもんでもないか。
それはさておき、またアリスがフルーツにつられないか心配だ。自分がおなかいっぱいだという理由で、俺の食事を忘れてしまうのだ。このままでは3日間食事なしの罰が、実質的に執行されてしまう。
「あの…アリス…そろそろ。」
袖に隠してケーキ屋さんのポイントカードを見せる。王都の郊外、ポツンと佇む民家風のケーキ屋さん。知る人ぞ知る名店で、アリスはお店の超常連。そしてそろそろ閉店時間が迫っている。つまり俺は「アリスさん、ここでフルーツを食べていると、今日のケーキなしですよ。さぁ、どうします?」という二者択一を仕掛けているのだ。下僕が小さな反逆をできる瞬間。
『うーん…ケーキ…じゃなかった、お仕事があるから帰るね。ありがと、おじいちゃん!』
「そうか…仕方ないの。またいつでも遊びに来るんじゃぞ。あと、魔王のことは、明日詳しい説明に向かわせるから。フルーツも届けておくからなぁ。」
二者択一は権力により否定され、一挙両得となりました。悲しいです。下僕です。
『えへへ、ありがと!大好きっ!』
「だいすきー!?うぉぉほほほーいっ!」
誰か、このデレデレおじいちゃんを止めてください。
■
王城を後にして、路地を抜け郊外へと向かうふたり。アリスのなかでは、ケーキに高いプライオリティが設定されているため、ものすごい早足だ。
「あいかわらずでしたね…国王さまは…。」
『いつもはケーキももらえるんだけどなぁ…。』
そこですか。なんだかデレデレおじいちゃんがかわいそうに思えてきましたよ。
「あの…せめて1時間以内におさめませんか?遅刻…。」
『むぅ…。』
言い返されなかった。さすがにド正論相手には無理だったのだろうか。本当であれば「遅刻しないようになんとかしましょう」というべきなのかもしれないが、アリスが忙しくしているのは本当なのだ。あまり強くは言い辛いところがある。
―――勇者さまがもう少し頑張ってくださるとなぁ…。
アリスの存在は偉大だ。
片手間に魔王を相手どれる力、難攻不落のダンジョンを突破する知恵、そして魅惑の美しさを持ち合わせている。…最後はともかくとして、この世界で最強の存在。当然に平和は維持されており、今回のような争いの萌芽も簡単に摘み取っていく。明日あたりには魔王が、けちょんけちょんのぼろ雑巾みたいな扱いを受けることになるのだろう。そうして平和がたもたれていく。
となればこの世界の主役的存在、勇者はどうなるのか。勇者といえば魔王を倒すという使命を背負っている。ただ、アリスが完璧に全勢力をおさえこんでいる現在、やることがない。アリスとしては魔王だけでも勇者にお任せしたいところなのだが、なかなかこれが難しい。
―――アリスと比べちゃうと…。
弱い。もちろん普通の冒険者と比べたら、チート級に強い存在ではある。アリスは…比較対象として…うん。
『ねーえ、おんぶしてよー。』
「な、なんですか急に!?」
『いいじゃん。疲れたし、眠たいしー。』
―――そんな甘えた声で…。あ、しかも強調されてる…。
「何が」強調されているかは推して知るべしということで。数週間に一度のペースでやってくる、アリスの甘えん坊モードだ。これに俺は弱い。本当に弱い。断れない。そもそも下僕だから断るとかないのだが。
「わかりました…。はい、どうぞ。」
左ひざをつき、かしずくようにして腰をかがめる。背中に触れる感触に必死の思いで耐え、ゆっくりと起き上がる。
「しっかりつかまっててくださいよ。」
『うん。さぁ、しゅっぱーつ!』
―――はぁ。
実はアリスのお願い、断ることもできる。なんなら無視しても問題ない。その後どうなるかを考えなければ…ではあるが。それはさておき、魔法契約上の下僕は、ご主人さま…すなわちアリスの命令に絶対的に服従することになる。俺がまさにそれなのだが、形式的ながらも断ることができる。アリス曰く「下僕、なになにをしなさい…って言ったら、絶対服従」という縛りがあるらしい。つまり「下僕」とのご指名を受けない限りは、あくまでも対等な関係なのだ。現実的にどうかはさておき…。
そしてアリスは「下僕」という言葉を滅多に使わない。最近だと、シャツを脱ぎっぱなしで放置していた時に「下僕、脱いだシャツくらい片付けなさい!」と叱られ、命令されたときくらい。この命令をもって、俺はシャツを放置することができなくなったのだが、よく考えると当たり前のことだったりもする。
何が言いたいかというと、アリスは優しいということ。
たまにとんでもない毒舌が飛んでくることもあるが、基本は普通に接してくれる。昨日パンツを見ちゃったときでさえ、「下僕」とは呼ばれなかった。「下僕、パ〇ツを見るな!」と命令されていたら、不可抗力か否かに関わらず、パ〇ツを見ることができなくなっていたはずだ。…俺は何を考えているんだ。
『ん?カイト、熱でもあるの?なんかあついけど。』
「いえ…大丈夫です。…心配してくれてるんですか?」
『ふぇ!?そりゃ…心配だよ。私の大切な下僕だもん。掃除に洗濯、頼めなくなったら困るし。』
さいですか。優しいと思った俺の時間を返してください。でも、いくら俺が病気でも、命令すればなんだってさせられるはずだ。優しくしてもらえていると感謝すべきなのだろうか。
「そうですね。俺もアリスには元気でいてもらわないと困ります。」
ちょっとからかってみる。本心だけど。
『…?な、なによ…急に…。』
「なんでもありません。あ、そろそろですよ。」
なんだかちょっとだけ…背中があったかくなった気がした。
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