005 下僕だけではないようで
「大変申し訳ございません。」
土下座…ではなく、普通に頭を下げている俺。アリスを起こすことには成功したものの、二度寝の魔力がアリスを襲った。寝室という名の絶対不可侵領域に逃げ込まれ、手も足もでず。
『ごめんなさい…。』
しおらしい表情を浮かべつつ、隣で一緒に頭を下げるアリス。ちなみに謝っている相手はサクラの国王さまだ。この国の最高権力者に呼び出さているのに、遅刻した。しかも2時間。普通であれば、処刑はともかくとして牢屋おくり必至の事態。
「…。」
服がすれあう音だけが際立って聞こえる。緊張と恐怖に心臓が押しつぶされそうだ。
「アリス…無事でよがっだぁぁぁっ!おじいちゃん、心配で心配で…王国軍を動かして捜索させようかと思っておったところじゃった…。いやー、無事ならばそれで…おうおう、急いできてくれたんじゃろ?疲れてはおらぬか?フルーツも用意しておるぞ。食べるか?」
はい、そうなりますよね。もう慣れました。
そう、サクラ王国のブロッサム国王は、アリスのおじいちゃんなのだ。公にはされていないが、知る人ぞ知る関係性といったところ。そしておじいちゃん、例にもれず孫に弱い。何をしても許されるアリス。おそらく国宝とかぶっ壊しても笑って許されると思う。怖い。
『ごめんなさい…疲れちゃってて…。え!?フルーツ!食べるたべる!』
「おーそうじゃな。難しいはなしは後じゃ。さあさあ、隣の部屋にたくさん用意しておるぞ。アリスはかわいいのぉ。」
ルンルンな様子で隣の部屋へと向かうアリスと国王さま。俺はというと、頭を下げた姿勢を崩していない。この後、大臣からお小言を頂戴するのが…恒例行事なのだ。アリスには誰も言えないため、俺に全部の不平不満をぶつけてくる。俺はサンドバックじゃない、下僕だ。
「…はい、全く持ってその通りでございます。」
「困りますな。陛下の予定も詰まっておるというのに。どう責任をとられるおつもりか!」
「申し訳ございません。」
と、まぁ、こんな感じ。とりあえず謝り倒すしかないのだ。「俺は下僕だから無理なの!」と言い返したい気持ちもあるが、絶対にできないので我慢するしかない。
―――アリス…はやく戻ってきて…。
届かない祈りを続ける俺。隣の部屋から響く「うーん!おいしいっ!」という声。つらい。
■
『それで…おじいちゃん、今日は何のお話なのー?魔王がどうとかって聞いたけど…。』
フルーツを食べまくってご満悦のアリス。若干目がトロンとしてるので、おなかいっぱいで眠たいといったところか。あいかわらず自由すぎるアリス。
「うむ。また魔王の軍勢が動き出したようなんじゃ…。アリスがあれだけがんばってくれたのに、もうおじいちゃん困っちゃった。」
さいですか。
『良いよ!私、またコテンパンにしてくるよ。』
「本当か…?すまんのぉ…かわいいかわいいアリスにこんなこと頼むのは辛いんじゃが、魔王と渡り合えるのはアリスくらいなんじゃ。」
『えへへ。』
そう、魔王と渡り合える人です。このかわいい人。渡り合えるどころか、片手でひねりつぶします。怖いです。もう、どっちが魔王かわかりません。
そんな様子を無言で見ている俺。口をはさむわけにはいかないが、下僕としてアリスのそばを離れるわけにもいかない。世間的には弟子扱いなので、不用意なことをしようものなら、変な疑いをかけられる。
「ところでアリス?またお見合いの話が来ておるのじゃが…?」
『えー、私にはカイトがいるしー。ねー、カイト!』
「はい。」
そうです。お見合いをお断りする事情をつくるのも、下僕の仕事です。この瞬間だけ彼氏面できるので、国王さまのところへ来るの、結構楽しみだったりもする。
「アリスー…痛っ…。」
調子にのって手をつなごうとしました。ごめんなさい。でも、そんな勢いではたかなくても…。
■■下僕の心得■■
調子にのらない。
「ふむぅ…残念じゃの。ま、アリスの気持ちが一番じゃな。大臣、54件のお見合い、すべて断っておけ。」
「仰せのままに。」
大臣の表情、困惑していた気がする。政治的な意味合いはもちろん、アリスを自国に引き入れたいという軍事的な意味合いもあるのだろう。そんなお見合いを波風をたてずに断る…なかなかに大変なお役目だと思う。
お互い大変ですね。アリスに振り回されて。