002 キスの代償は下僕
「助かりました…ありがとうございます。」
キスの感覚がなくなった頃、俺は意識を完全に取り戻した。とりあえずお礼を言うと、想定外の言葉が返ってきた。
『下僕。荷物を持て。』
俺、今、死にかけてましたよね。何言ってるんですか、あなた。やばいやつに助けられてしまったと謎の後悔をする俺。しかし、その意に反し、身体が反応。腕を伸ばし、俺は軽く10キロはありそうなカバンを受け取っていた。
『うん。返して。』
なんですかこれは。何かのプレイですか。思考のタイムラインにクエスチョンマークが連投されるが、身体は意に反して動く。カバンを仰々しくかかげ、美少女に返す。
「あの…一体…?」
『私はアリス。魔法使い。キミは魔王の幹部に襲われて死にかけてた。古代魔法で命を救った。契約の代償として、キミは私の下僕になった。』
美少女から機械的な説明をいただいた。…ん?いただいた…?思考までもが下僕に寄っていた。現実が受け入れられない。こんな美少女の下僕なら…いや、よくない。救命と引き換えの下僕なら…いや、やっぱりよくない。
『安心して。命令するつもりはないし、今まで通りの生活をしていれば大丈夫。ただし…このことは誰にも言わないこと。』
「じゃあ…その、キス…のことも?」
意地悪で質問したわけではないが、美少女…もとい、アリスが紅潮する。
『キ…キスなんてしてない。』
「いや…だって、さっきずっと…。」
『してない。』
「…。」
無言で自分の唇に触れる。幸せな感触がよみがえり、変な声がもれそうになる。
『…忘れて。契約のためには仕方ないの。』
これがアリスと俺の出会いだった。
そして俺は、アリスに心を奪われた。寝ても覚めてもアリスのことを考えてしまう。とけてしまいそうな唇の感触と、強さに覆われた優しい目。あの日あの時の光景が、心から離れなくなった。別に魔法の副作用というわけではなく、本心から。
俺は、アリスに恋をした。
■
それから俺は死に物狂いで魔法の勉強をした。魔法使いとして生きていれば、どこかで再会できるかもしれない。あの時は混乱の渦で伝えられなかった気持ち、なんとしても伝えたい。その一心で冒険を続けること1年。ついに俺はアリスと再会した。
「あの…アリスさん。」
『どてっぱらを貫かれてた下僕さん…どうかされましたか?』
怪訝な表情を浮かべるアリス。飛び出してくる言葉はともかく、見た目はほんわかしていて愛くるしい。
「俺と…デートしてくださいっ!」
『…へ?』
「お願いします!それでダメだったら諦めます。」
頭を下げる俺。数時間後、頭を下げるイコール土下座になっているとは夢にも思わなかったが。
『…無理です。』
「…そうですか…。」
仕方ない。こんな美少女が俺なんかに振り向いてくれるはずがなかった。助けてもらえただけでラッキーだったと思おう。人生の甘酸っぱい思い出の1頁、後生大事に心の引き出しへ。
『でも…一緒に暮らすなら良いですよ。』
「…ですよね…。…え…本当ですか!?」
『もちろん、下僕として。』
「…。」
そしてなぜか話がまとまってしまい、今日にいたる。
ただ、特に今の生活に不満はない。命令されることもあるが、極めて常識的なものばかり。服を脱ぎっぱなしにしないとか、食べ終わったらお皿を片付けるとか、共同生活をしていれば当たり前のことばかり。むしろ大好きな女の子と一緒に暮らせてうれしいくらい。…さっきみたいな悲劇もあるけども。
―――なんで一緒に暮らすなんて…。
そればかりは謎。どれだけ聞いても教えてもらえないし、あんまりしつこくすると魔法で吹き飛ばされてしまう。もしかしたら、いざというときに身代わりとして、魔王とかに差し出されたりするのだろうか。怖い想像が思考を埋め尽くすが、あんなかわいい女の子がそんなことするはずない。
「とりあえず…洗濯の続きしよ。」
そういえば洗濯の途中だった。脚立にのぼり本を探していたアリスが杖を落とし、洗濯ものを干していた俺を呼んだのが全てのはじまり。しかも俺は今、さっき見た布と機能面において同一なものを干している。水色で小さなリボンが付いているドット柄…清楚系?だ。これはオッケーで、穿いている状態だとこの世から消されそうになる。なんだかな。
コホン。冗談はさておき…というわけで、俺はアリスのお手伝いさん的ポジションについている。世間体を考慮し、弟子という扱いにはなっているが、特に魔法を教えてもらっているわけではない。それでも門前のなんとやら、この世界最強レベルの魔法を間近で見ているわけで、結構魔法がうまくなってきたと自負していたりはする。
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