001 見えてしまった布
「あ…黒。」
床に落ちている杖を拾いあげ、ふと顔を上げた瞬間。視線の先にあった「布の色」をそのまま呟いてしまった。ちょっと透けてる部分もあって…ふーん。
もう一段階視線を上げた先、そこには真っ赤に染まった美少女の顔。裾を左手で押さえつつ、脚立からゆっくりと降りる美少女…もとい、今は夜叉の表情。でも…怒った顔も、良き。
「いやっ、その、これは…不可抗力でして…。」
『記憶を消せ…色という概念ごと忘れろ。私という存在ごと忘れろ。古代魔法の獄炎に焼き尽くされて灰になれ。』
「ひっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」
冷酷な声色と杖に宿る爆発的な熱量に怯えつつ、床に額を叩きつける俺。指先ひとつで記憶どころか俺を消し飛ばそうとしている黒髪美少女、名をアリスという。世間的には「超絶最強美少女魔法使い」として名が通っている、この世界の有名人だ。
『3日間食事抜き。』
「へへーっ…。」
温情のある御沙汰をいただきました。古代魔法に焼き尽くされるよりは十二分にましです。はい。ありがたき幸せ。
『あと…今日のは…その…も、もらったやつだから。普段は…もうちょっと清楚な…って、何言わせるのよっ!』
右の頬が吹き飛ぶほどの勢いで、俺の身体が空中を舞う。ビンタ1発が重すぎる。最近は慣れてきたが、はっきりいって命にかかわる威力。それに「もう少し清楚なやつ」という自白は、別に俺が誘導したわけではない。自分で言ったのに。理不尽だ。
―――あと…もらったやつって…いや、ここにツッコミいれたら…消される…。
『…。』
今度は恥ずかしさからか、もじもじし始めたアリス。ボブカットの毛先を引っ張り、目線を明後日の方向へと逸らしている。かわいい。
―――やべ…。
こちらにおみえになられるようなので、再び土下座する。何か言われるかと思ったが、しばらく無言。静寂のなかで美少女に土下座する俺。傍から見れば、なかなかに悲しい光景が広がっている。
「あの…このまま顔を上げますと…その、また事故が起きるので…その、もう少しおさがりいただけますと…。」
アリスのビンタに吹き飛ばされた俺は、壁ぎりぎりの場所で土下座している。目の前にはかわいらしいピンクの靴下。これ以上は下がれないので、対応をお願いしてみる。
『ばか…。』
「す、すみません。」
踵を返し、ゆっくりと立ち去るアリス。何を言われるかわからないので、しばらく土下座を継続する。
『でかけてくる。供はいらない。』
「ははーっ。」
扉が閉まるその瞬間まで、姿勢を固める俺。なぜ俺が美少女に土下座しているかというと…それは「透けすけの黒い布」を見てしまったからであるが、なぜ超絶最強美少女魔法使いと一緒にいるかというと…話せば長い。
■
俺の名はカイト。いきなり土下座で申し訳ないが、一応魔法使いをしている17歳。この家からは少し離れている小さな村の出身で、魔法使いを目指して王都へとやってきた。それが2年前のこと。冒険者試験に無事合格し、初めてのクエストを受けた。薬草採取という、極めて簡単な超初心者向けクエストである。
―――まさか…あんなことになるなんて…。
薬草は町の周辺…ではなく、少し離れた山の中腹に群生している。地図をたよりに進む俺。順調だと思っていた道中だが、悲劇が起きる。俺の固有スキル、方向音痴が発動した。山に向かっていたはずなのに、なぜか目の前に広がる海。広く青い海。大海原ばんざーい。
…というわけで、迷子になってしまった俺。おろおろと浜辺を歩き回っていると、出会ってしまった。モンスターに。
絶対に初心者が相手にしてはいけない、直感でそう感じるほどのまがまがしさ。後にわかることだが、魔王軍の幹部だった。逃げようとするも腰が抜けて動けない俺。モンスターは両手に構えた槍を振り回し、躊躇も慈悲もなく、俺のおなかに風穴を開けた。
―――うわっ…。
限界を超えた痛みに声も出なかった。朦朧とする意識。轟音が響いているが耳にしか届かず、何が起きているのかもわからなかった。
気がついたとき、俺は黒髪ボブカットの美少女に膝枕されていた。どうやら命ここまでだったらしい。ここがどこかわからないけども、こんなかわいい女の子に膝枕してもらえるなんて、幸せ。そう思っていた。
『キミを助ける。でも、私の下僕になる。いい?』
よくわからないが、どうやら俺の命はまだ尽きていないらしい。言葉の理解すらできなかったが、俺はコクリと頷いた。次の瞬間、俺はキスをされた。
お読みいただきありがとうございます!
評価・感想などいただけますと、パソコンの前でこっそり狂喜乱舞します(笑)
また、更新不定期ですが、気長にお待ちいただけますと幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします!