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婚約破棄された公爵令嬢と、男爵令嬢の首をギリギリと締め上げた首飾りの幽霊との物語

作者: ユミヨシ

「オホホホホ。わたくし程、完璧でかつ美しい令嬢はいなくてよ。」


高笑いをする美しき令嬢。

その令嬢を取り囲む貴族達。


「そうですとも。シュトリーナ様程、素晴らしいお方はおりませぬ。」

「本当に、王太子殿下の婚約者としてふさわしいですわ。」


シュトリーナ・アレクセオ公爵令嬢は、ゼリオール王太子の婚約者として、王宮の社交界の中心的人物として君臨していた。

美しき銀の髪にエメラルドの瞳、そして今宵の夜会で、白い肌を飾るのはミディアリアの首飾り。

ミディアリアの首飾りとは、大粒のエメラルドのヘッドの周りに美しき細かいダイヤが施された首飾りである。


このレストリカ王国に、ミディアリアという王女が百年前にいたのだが、その王女の首飾りだったものだ。彼女が職人に命じて贅の限りを尽くして作らせた首飾りである。

呪われた首飾り。その王女は馬車で外出した時に、首飾りを狙う夜盗に無残に殺されたのだ。

後に首飾りは夜盗に解体されようとした所を騎士団によって見つけられた。

そして、王家に戻されたのだが。


その首飾りを王家の者が使用すると、使用した夜に女性の恨み言が耳元で聞こえてくるとのこと。


- 呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる…わたくしの首飾りをお前がするなんて。呪ってやる… -


ベッドで寝ていると耳元でそう囁かれるのである。

女性の声で一晩中。


イレーヌ現王妃も、一度、この首飾りを着けた事がある。

なんせ、大粒のエメラルドの美しき首飾りは王妃にこそふさわしい物だからだ。

しかし、夜会で着けた夜に、耳元で散々、囁かれた。

一睡も出来なかった王妃はこの首飾りを薄気味悪がって、宝物庫にしまい込んでいたのだ。


シュトリーナは呪われた首飾りの事を聞きつけて、ゼリオール王太子との茶会の時に、


「わたくしに、その呪われた首飾りを貸してくださいませんか?せっかくの首飾り。

使用してあげないと可哀想ですわ。」


ゼリオール王太子は首を振って、


「呪われているのだぞ。その首飾りは。殺された王女の怨念が宿っていると言われている。

現に母上は首飾りをした夜、一晩中、幽霊に耳元で呪いの言葉をささやかれたそうだ。それを君に貸すわけには…」


「怨念ですって?わたくしはそういう類は信じませんわ。わたくしはいつも社交界の中心でいたいのです。どうかお願いです。わたくしに首飾りを貸してくださいませんか?その首飾りは美しいとの事。是非、着けてみとう存じます。」


「仕方がない。君がそう言うのなら。本当にシュトリーナは…」


「なんですの?」


「何でもない。」


ゼリオール王太子の言いたかった事が気になったが、今は首飾りを貸して貰える事が嬉しかった。

呪われているとはいえ、凄く美しいとの評判の首飾りである。

こうして、呪われたミディアリアの首飾りは、シュトリーナの胸元に輝く事になった。


夜会で、その首飾りをして出席すれば、あまりにも見事なエメラルドの首飾りに、貴族達が口々に褒め称える。


「なんて美しいエメラルドの首飾りなんだ。」

「さすが、シュトリーナ様。お似合いですわ。」


シュトリーナは扇を手に嫣然と微笑んで、


「オホホホホ。似合うでしょう?王家からお借りした首飾りですのよ。」


「王家から?」


「ええ。ミディアリアの首飾りですわ。」


「ミディアリアの?」

「あの呪われた?」


周りを囲んでいた貴族達が口々に驚く。


シュトリーナはにこやかに、


「言い伝えですわよ。単なる。あまりにも美しい宝石にはそのような噂が付き物ですわ。

この首飾りもわたくしの胸元に飾られて喜んでいることでしょう。」


「確かになぁ…」

「そうかもしれないが…」


取り巻きの一人、レーナ・アリア伯爵令嬢が、シュトリーナに、


「そう言えば、今宵も王太子殿下はご一緒ではないのですか?」


他の令嬢達も、


「そうですわ。どうなさったのです?」


シュトリーナは、ため息をついて、


「王太子殿下は忙しい方なのです。特に最近は多忙のようで。ですから、今宵もわたくし一人で夜会に出席したのですわ。」


「まぁ、そうですの。」

「それはお寂しい事ですわね。」


確かに…この首飾りを強請った茶会だって、一月ぶりの茶会だった。

なかなか会えないゼリオール王太子殿下。


婚約者なのだから、もっと会いたいわ。


この首飾りを強請ったのだって、もっと自分を見て欲しかったから。

本当に見て欲しかったのは…ゼリオール王太子殿下だったのに…

彼は今日も夜会に共に出席してくれなかった…


冷たい王太子。自分はこんなに美しいのよ。このエメラルドの首飾りだって、こんなに似合っているのよ。


自分のような婚約者で、そして美しき女性をないがしろにするなんて、頭にきた。


自分はゼリオール王太子の婚約者、未来のレストリカ王国の王妃なのだ。

社交界の中心として毅然と、そして気高く美しくなければならない。

全て、王太子殿下の為に頑張って来たと言うのに。


色々な貴族の男性達がダンスを誘ってくる。


美しき銀のドレスを翻し、完璧なダンスを踊るシュトリーナ。

自分は未来の王妃なのだから、ダンスも完璧でなくてはならないのよ。


ダンスのパートナーを務める男性からは、あまりのシュトリーナのダンスの完璧さに、


「シュトリーナ。王太子殿下の婚約者でなければ、婚約を申し込みたいくらいだ。」


「まぁ、ミンディード公爵様、お口がお上手ですわね。」


誉め言葉には、微笑みを持って上手くかわしておく。



何人もの貴族達とダンスを踊り、その合間に取り巻きの女性達と会話を楽しみ、

夜会は今宵もシュトリーナが美しく花を咲かせて、華やかに終わった。

すっかり疲れ切って、アレクセオ公爵家に戻って来たシュトリーナ。


「楽しかったけれども疲れたわ。」


自分の部屋に戻ると、首飾りを外し、使用人の手を借りて、ドレスを脱いで、風呂に入る。

そしてベッドに入ってやっと一息つくことが出来た。


眠ろうとした時に、耳元で聞こえてくる囁き声。


- 呪ってやる。呪ってやる。呪ってやる。わたくしの大事な首飾りをお前がするなんて、呪ってやる。-


ああ…わたくしは王家の人間ではないのに…いずれは王家の人間になるけれども、

これがミディアリアの呪いね…


シュトリーナはベッドから身を起こして、


「わたくしにこの首飾りを使われている事が悔しいのかしら?わたくしは逃げも隠れもしないわ。同じ言葉ばかりを繰り返しているなんて、頭が悪いのね。出てらっしゃい。ミディアリア様。」


スっと天蓋のカーテンが開いて、ベッドの脇に乱れた長い金の髪、青白い顔。白いドレスを血まみれにした女性が立ってこちらを睨みつけていた。額からも血が流れている。


シュトリーナは内心驚いたが、平然と…

未来の王妃たるもの、こんな事で驚いてたまるものですか。


「貴方がミディアリア様。そんなに悔しかったのかしら?わたくしに首飾りを使われた事が。」


- そうね。この首飾りはわたくしの物ですもの。-


「でも、貴方は夜会で着ける事が出来ないでしょう?わたくしの胸元を飾ってこそ首飾りも喜ぶと言う物。」


- 悔しい。悔しいわ。わたくし、一度しかこの首飾りを着ける事が出来なかったのよ。

この首飾りはわたくしの愛する人が、わたくしの要望に応えて誠心誠意をもって作ってくれたものなの。だから、わたくし以外、着ける事は許さない。-


「よくおしゃべりする幽霊ね。呪ってやるしか言えないと思っていたわ。」


- 何よ。わたくしは王族よ。もっと敬いなさいよ。-


「いかに王族とはいえ、死者を敬うつもりはないわ。それにわたくしは先行き王妃になるのですから。」


- 貴方は何も知らないのだわ。王太子の心がどこにあるのか。何も知らないくせに。-


「なんですって?貴方は何か知っているの?」


- ゼリオールは、マリア・セルジオルト男爵令嬢と浮気をしているわよ。-


「貴方、嘘を言っているのではないでしょうね。」


- 本当の事ですもの。何だったらアレクセオ公爵家の手の者に調べさせなさいよ。貴方の家なら調べる事は造作ないでしょう。-


確かに我が公爵家、高位貴族である。その気になれば、ゼリオール王太子の事を調べる事なんて訳はないが…


- それとも貴方の父、アレクセオ公爵だったら、何か知っているかもしれないわよ。まぁこのままじゃ、貴方、婚約破棄されてしまうわね。いい気味だわ。-


「わたくしが婚約破棄ですって?この、わたくしがっ?」


何事も完璧でこの国で一番、王妃にふさわしいと自信があったシュトリーナ。


幽霊はせせら笑いながら、


- また、来るわ。-


姿を消してしまった。


真実を知らないと、居ても立ってもいられなくなり、シュトリーナは夜着姿のまま、父であるアレクセオ公爵の寝室のドアを叩く。


母は数年前に亡くなっていない。父はその後、後妻も迎えることなく、唯一のシュトリーナの肉親であった。


「こんな夜遅く何用だ?」


父は起きていたようだ。夜遅くまで仕事をしている事は知っているので、シュトリーナは寝室を訪ねてしまった。


アレクセオ公爵は優しくシュトリーナを部屋に招き入れてくれる。


ソファに座り、シュトリーナは父に向かって訴えた。


「ゼリオール王太子殿下が男爵令嬢と浮気をしているようなのです。わたくし、婚約破棄をされてしまう…最近、あまり会ってくれなくなってしまいました。わたくし、わたくし、どうしたら…」


アレクセオ公爵は、隣に座って優しくシュトリーナの頭を撫でて、


「真実か調べさせよう。婚約破棄は絶対にない。男爵令嬢だと?男爵令嬢に王妃は務まるか?せいぜい、側室に迎える位だろう。しかしだ。私は側室など認めはしない。

王家から頼まれて婚約を結んだのだ。だから、私は抗議をしようと思う。お前は王妃だ。

間違いなくレストリカ王国の。だから私に全て任せて安心するがいい。」


「有難うございます。お父様。」


涙がこぼれる。これは悔し涙だ。

婚約破棄なんてされたら、耐えられない。

社交界にどういう顔をして出たらいいの?

でも、アレクセオ公爵はそうはさせないと言う。

安心した。


部屋に戻ると、幽霊もいなくなっていて、シュトリーナはゆっくりと眠りにつくのであった。



数日後、王城に父と一緒に呼ばれたシュトリーナ。


そこには国王陛下と、王妃、そしてゼリオール王太子殿下がいて、

客間に通され、そこで用件を伝えられる。


国王陛下が口を開く。


「ミディアリアの首飾りをゼリオールから強請ったらしいな。」


シュトリーナは慌てて、


「貸して下さいとお願いいしたのです。わたくし、着けてみたかったものですから。」


「あの首飾りは、王家の者以外に着ける事は許されていない。」


ゼリオール王太子が驚くべきことを言った。


「シュトリーナは自分の見栄の為に貸してくれと。私は仕方なく、持ち出してしまったのです。」


「そんな…」


確かに真実であるけれども、少しは庇ってくれても良いのではないのか?


国王陛下は眉を潜めて、


「そのような令嬢が未来の王妃にふさわしいと言えるだろうか?婚約破棄をするには十分な罪だろう。」


シュトリーナは慌てて、


「確かにわたくしが悪いと思っております。でもっ…」


アレクセオ公爵がシュトリーナの肩に手を置いて、


「シュトリーナ。」


首を振り、


「承知いたしました。確かに我が娘に落ち度があった事は確かです。」


「すまぬの。アレクセオ公爵。」


「首飾りは今日中に返還致します。」


イレーヌ王妃も嫣然と笑って、


「当たり前です。我が王家の宝を、早急に返還するように。」


ゼリオール王太子がニヤリと口端を引き上げて笑う。


その顔を見て、シュトリーナはショックを受けた。



そんなに…そんなにわたくしは嫌われていたの?


努力してきたのに…より美しくより気高く…未来の王妃にふさわしいように努力してきたのに…


確かに愛等という物は互いの間になかった。


それでも、5年間、婚約者として共にあった。信頼もあったはずだ。未来の国王と王妃として。

そう思っていたのは自分だけだったのか…


父と共に、屋敷へ戻る馬車の外はいつの間にか雨が降っていて、シュトリーナは霞む王都の景色をぼんやりと眺めているのであった。



婚約破棄をされたシュトリーナ。

慰謝料などは貰えなかった。こちらに落ち度があったのだから。

首飾りはその日のうちに王家に返還した。


夜会には出たい。


しかし、笑われるのは耐えられない…

さすがのシュトリーナも落ち込んで鬱々としていたのだが。


- ほら、やっぱり婚約破棄されたじゃない。-


幽霊がまた、現れた。血まみれの姿で、ニンマリ笑って、


ミディアリアだ。夜着を着て、ソファに座って自室で紅茶を飲んでいたら現れた。


シュトリーナはカップをテーブルに置いて、


「いい気味だと思っているのでしょう?わたくしなんて婚約破棄されて。」


- 夜会に出なさいよ。このまま負け犬でいるなんて貴方らしくないわ。-


「だって、笑われるわ。婚約破棄された女として。」


- 貴方らしくない。それでも貴方はアレクセオ公爵家の唯一の令嬢。貴方の美しさ、優秀さは変わらないのよ。堂々としていたらいいわ。-


「ちょっと、貴方幽霊でしょう?首飾りは返したのよ。まだ、なんでここにいるの?」


- あの男爵令嬢が、首飾りをしたいって強請っているのよ。許せないわ。王家でもないあんな下賤な女に… -


「わたくしだって王家の者ではないわ。ごめんなさい。」


- 王家の者にだって許せなかった…わたくしの大事な首飾りを着ける事を。いいのよ。

久しぶりに貴方とお話し出来て楽しかったわ。-


そう言うとミディアリアは、すうっと姿を薄くして行き、


- 夜会には出なさい。いいわね。背を伸ばして、いつもの貴方で咲き誇って。-


「有難う。ミディアリア様。」


姿を消してしまった。ミディアリア。


シュトリーナは夜会に出る事にした。



3日後の王宮の夜会。


ゼリオール王太子は男爵令嬢、マリア・セルジオルトを連れていた。


ピンクの髪のその令嬢は愛らしく、天使のような白のドレスを着て、ニコニコしている。

その胸元にはミディアリアの首飾りが美しく輝いていた。


シュトリーナは銀のドレスを着て、銀の髪をアップにし、白の大輪の花で飾って。


ゼリオール王太子はシュトリーナを見つけ、


「本当に図々しい女だ。お前の高慢な所が嫌いだった。今宵、新たなる婚約者マリアを皆に紹介する所だ。」


シュトリーナは扇を手に微笑んで、


「まぁ、それはおめでとうございます。お祝い申し上げますわ。」


マリアがシュトリーナに、


「この首飾り、私の方が似合うってゼリオール様に褒めて頂きましたわー。

あ、私も呪いなんて信じないので。うふふふふ。とても幸せっ。ゼリオール様に愛されて。」


嫌な気分になったが、シュトリーナは微笑みを崩さず、


「それはようございました。」



国王陛下と王妃が共に広間に入って来る。


ゼリオールとマリアは二人の傍へ行き、


国王陛下が貴族達に向かって声を張り上げる。


「皆の者。ゼリオール王太子は新たに婚約を結ぶことになった。ここにいるマリア・セルジオルト男爵令嬢とだ。」


皆、口々に…


「男爵令嬢とっ?シュトリーナ様は?」

「何があったんだ?」


イレーヌ王妃が、説明する。


「シュトリーナは落ち度がありましたので、婚約破棄致しましたわ。」


皆、シュトリーナの方を一斉に見る。


シュトリーナは平然と扇を手に、周りを見渡して、


「落ち度があった事を認めますわ。いかに王太子殿下にお断りしたとはいえ、王家の首飾りをお借りした事。まことに申し訳なく思っております。」


優雅にカーテシーをする。


マリアが、皆に向かって、


「私が新しい婚約者、マリアですっ。皆さん、よろしくお願いしますっ。」



その時である。首飾りがきゅううううっと締まって、ギリギリとマリアの首を締め付け始めたのだ。


「く、くるしっ…」


首に手をやり、苦しむマリア。


皆、真っ青になる。


「ミディアリアの呪いが発動したっ。」

「うわっーー。呪いは本当だったんだっ。」


ゼリオール王太子も真っ青になってオロオロするが、どうする事も出来ない。


このままでは、マリアは首が締まって死んでしまうであろう。


シュトリーナが叫んだ。


「ミディアリア様。貴方の大事な首飾りを、こんな女を殺すために使ってはいけませんわ。首飾りを作った愛する人が悲しみます。そうでしょう?」


すると、ミディアリアの声が聞こえて来た。

ギリギリとマリアの首を背後から首飾りで締め付ける姿が、はっきりとシュトリーナには見えた。

他の皆には見えていないようだ。


シュトリーナに向かって、ミディアリアはギリギリとマリアの首を首飾りで締め付けながら、


- 愛する人が作ったというのは本当。でもあの人はわたくしを愛していなかったのよ。

本当はこのような身分の低い女を愛していた。わたくしが死んだ後に、すぐに結婚したわ。

このような下賤な女と。許せない。-


ぎゅうううううっと首を絞めつける。

マリアがぎゃああああっと悲鳴をあげた、


マリアの白い首から血が流れ出る。このままでは首飾りに首を飛ばされる。


シュトリーナは叫んだ。


「やめなさいっ。ミディアリア。それでも貴方は愛していたのでしょう?その男性を。

愛した男性の作った首飾りを下賤な女の血で汚す事はないわ。

貴方の誇りを持って、やめなさい。王族ならば、王族らしく…例え幽霊であったとしてもあるべきよ。」


するとスっと首飾りは絞める力を弱めて、元の首飾りに戻る。


ミディアリアは悔し気な顔をして姿を消した。


マリアは苦し気に息をしながら、


「く、首飾りを外してっ…早くっ…」


ゼリオール王太子は首飾りを外すと、床に投げつけた。


「こんなものっ。マリアっ。大丈夫か?」


慌ててマリアを気遣うゼリオール王太子。マリアは首を絞められた痕から血を流して、

床に座り込み放心している。

国王陛下の命で使用人の手で抱えられ、王宮の広間を出て行った。


シュトリーナは首飾りを床から拾って、国王陛下に、


「恐れながら、申し上げます。この首飾りは祭って、ミディアリア様の魂を慰めて差し上げる事が大事かと思いますわ。」


国王陛下も頷いて。


「確かに。そうする事にしよう。」



シュトリーナは首飾りを近衛兵に手渡す。


首飾りを手渡す時に、心の中で。


- 悔しかったのですね。ミディアリア様も…わたくしも悔しかったですわ。でも、貴方様のお陰ですっきり致しました。これからも、わたくしはわたくしらしく前を向いて生きていきたいと思います。有難う…ミディアリア様。-




それから、騒動があってからも、シュトリーナは夜会に出続けた。


マリアはショックのあまり、寝込んでしまったとの事で、騒動から二週間ぶりに、ゼリオール王太子と顔を合わせた。


婚約破棄をされたシュトリーナ。しかし、相変わらず社交界の中心にいて、美しく咲き誇っていた。


ゼリオール王太子はシュトリーナに近づいて、


「すまなかった。其方は遠くから見ても美しい。マリアとは大違いだ。もう一度、私とやり直してくれないか?」


シュトリーナはにこやかに、


「婚約破棄されたのです。わたくしは。せっかく自由になれたのですもの。

新しい人生を送りたい。そう思いますわ。」


そして、ゼリオール王太子の耳元で小声で囁く。


「わたくしの高慢な所が嫌いなのでしょう。わたくしも貴方の変わり身の早い所が嫌いですのよ。オホホホホ。」


唖然とするゼリオールの傍をスっと離れて、

毅然とドレスを翻し背を向ける。


マリアは寝込んでしまった上に、頭が少々おかしくなってしまったと言う。

自分を婚約破棄までして選んだ女性をそんなに簡単に切り捨てるなんて…

なんて酷い男。わたくしはこの人の何を見てきたのかしら。

元々、国王陛下も王妃も、息子可愛さで、どうしようもない方々でしたけれども…


しかし、もう過ぎた事。


シュトリーナは頭を切り替える事にしたのであった。




「そなたが社交界の花。シュトリーナ・アレクセイ公爵令嬢か。」


「あら、初めまして。見かけない顔だわ。」


大勢の貴族達に囲まれて、あでやかに話をしているシュトリーナ。

シュトリーナと同じく銀の髪を持つ、青年が話しかけて来た。

背まで長い銀の髪を流しているが、白の神官服を着て、胸に鳳凰の紋章の首飾りを着けている。

この国で鳳凰の紋章を使用しているのは、神殿のみである。


「私はリデリオ・フォルデシモと申します。今春、父の後を継ぎ、神官長になった者です。」


「まぁ、神官長様はお若いと噂になっておりましたけれども、本当にお若いのですわね。」


「ええ。それでもって、お話が。二人きりで、話が出来ないでしょうか?」


「解りましたわ。」


シュトリーナはリデリオと王宮の個室で話をする。


リデリオは黒の箱を差し出して、


「ミディアリアの首飾りです。王家から魂を宥める為に祭ってくれと頼まれて私が預かりました。この首飾りが夜ごと訴えるんです。

貴方の元へ行きたいと。行かせてくれないと呪い殺すと…

私は眠れなくて眠れなくて。どうか貴方が引き取ってくれませんか?国王陛下には許可を取ってあります。」


「ミディアリア様はわたくしが気に入ったのかしら…」


「ともかく、お渡しします。お願いですから引き取ってくれませんか?」


「承知しましたわ。これも何かの縁。ミディアリア様。わたくしがこの首飾り貰ってもよろしいですわね?」


黒い箱を手に取って、首飾りを確認する。


エメラルドが美しくきらめいていて、うっとりと見惚れるシュトリーナ。


「ああ、やはり美しいわ。」


「いえ、美しいのは貴方でしょう。」


赤くなって言葉を紡いだリデリオの言葉にシュトリーナは、


「まぁお上手です事。」


褒められる事は慣れている。

リデリオはシュトリーナに近づき、その手を取って、


「世辞ではなく…お噂は聞いていた。王太子殿下に婚約破棄をされた令嬢。

全てにおいて完璧でそして、美しいと…本当にお美しい。そのミディアリアの首飾りの主にふさわしいお方だ。」


「でしたら、首飾り…着けて下さらない?貴方の手で。」


「ええ…着けさせて頂きましょう。」


シュトリーナの白い首に首飾りを着けながら、リデリオはシュトリーナ囁いた。


「この国の王族は駄目です…いずれは滅ぼさなくてはならない一族…その時、貴方も協力してくれますかな?」


恐ろしい人…下手に答えたら身の破滅だわ。


「さぁ…どうかしら。わたくしは公爵令嬢。父の指示に従いますわ。」


リデリオがシュトリーナの白い手を取り、手の甲に口づけして。


「近いうちに求婚に伺います。私は貴方に惚れました。ただし、安穏な日々を約束してあげられそうもない。それでも、色よい返事がもらえると嬉しいですね。」


「政略ですわ。父が良いと言えば、わたくしは貴方に嫁ぐでしょう。」


「父上は良いと言うでしょう。絶対にね…」



すっと離れると、リデリオは、


「近いうちに伺います。アレクセイ公爵家に。それでは…」


部屋を出て行ってしまった。



確かに貴族達の間に、不満は出ている。

男爵令嬢を王妃に据えようとしたのだ。

息子可愛さのあまり…


それだけではなかった。

王家と貴族との間に、色々な溝が出来ている事は確かであり、

特に神殿と王家は近年、仲があまりよろしくない。

それでもこの厄介者の首飾りを押し付けたのは、王家としても手に余る代物って事だろう。


神殿の不満、貴族の不満が王家を滅ぼす渦になるかは解らない。

自分の父、アレクセイ公爵がどう出るか、他の貴族達がどう出るか?


- 悩んでも仕方ないじゃない? -


血だらけのミディアリアが、夜、部屋に現れた。


シュトリーナは慣れたもので、紅茶を飲みながら応対する。


「貴方も一緒にお茶でもどう?何故、わたくしの元へ来たの?」


ミディアリアはシュトリーナの前に腰かけて、カップを手に取り、紅茶を飲みながら。


- 面白そうだから。貴方には安穏な生活は似合わない。いずれ、この国は波乱が起きるわ。

だって、王族は馬鹿だから。その時、貴方の家は中心になる。旗印のね。だから、いい男を紹介したのよ。-


「下手したら、断頭台へ送られる人生になると思うけれど?わたくしは社交界で華やかに生きたいのよ。」


ミディアリアは何か言いかけた。

だが、首を振って、寂し気ににっこり笑った。


シュトリーナは、ミディアリアに向かって、はっきりと断言する。


「反乱の中でも華やかな人生が約束されている訳ね。」


シュトリーナはカップを置いて立ち上がる。


「解ったわ。反乱の中でのわたくしは華やかに生きてみましょう。わたくしはシュトリーナ・アレクセイ公爵令嬢。オホホホホホ。わたくし程、完璧でかつ美しい令嬢はいなくてよ。」


そう、わたくしには安穏な人生なんて無いのね。それならば、戦ってみせる。

シュトリーナは強い決意をしたのであった。



後に、神殿と貴族達の反乱軍によって、王家は滅ぼされた。

国王と王妃、そしてゼリオール王太子は北の牢獄へ送られて、一生牢の中で過ごす事となった。


アレクセイ公爵家と神官長は旗印となり、滅ぼされた王家の後に、新しく国の主になったのは、神殿のリゼリオ神官長である。

その神官長夫人となり、レストリカ神国の女神と称えられたのがシュトリーナ。

シュトリーナ神官長夫人は、リデリオ神官長と共に、レストリカ神国を発展させた。


「オホホホホホ。わたくし程、完璧でかつ美しい夫人はいなくてよ。」


と、高笑いしながら、シュトリーナは更に美しく咲き続けたと言う。

その胸にはミディアリアの首飾りがいつも美しく輝き続けたとか…


誰もいない部屋で、誰かと語り掛けながら、お茶をするシュトリーナの姿がたびたび見かけられたが、神官長夫人が神様とお話しをしているんだと、誰も気にしなくなった。

夫であるリデリオや子供達も慣れたもので、お茶時間を邪魔しないように、気を遣う程だったという。





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