第26話 才能の片鱗
「そうだ! 言い忘れていたけど、もう少ししたら、ウルド商会でヴァナ村のウィスキーが売られるぞ」
マリーベルの料理を食べながら、アークがヴァナ村のウィスキーの話をすると、仕込みをしていたマリーベルが驚いて振り向いた。
「それ、本当?」
「本当、本当。ウルドと専属契約を結んだ時、条件に加えといた。もし、この店で仕入れたいのなら、俺から頼んどこうか?」
「ありがとう! ……うーん。やっぱり、こういう時は「愛しているわ」とでも言うべきかしら?」
マリーベルが礼を言ってから首を傾げる。
「多分、それで合ってるとは思うけど、別れが辛くなるからやめた方が良いと思うぜ」
「そうね。私を一番に愛していない人に言っても、無駄なセリフだからやめとくわ」
「一応、愛してはいるぞ」
「それは知っているわ。だけど、アークが一番愛しているのは空でしょ」
そう言ってマリーべルが上を指さす。
その彼女に、アークがこめかみをポリポリと掻いて、照れくさそうに笑った。
「もし、俺が空獣狩りをしてなきゃ、この場で結婚を申し込んでいたかもな」
「申し込まれても多分断ってるわね。男って命がけの戦いをしている時が一番輝いているの。私はアークのそこに惚れているのよ」
(……変な女)
マリーベルの話に、アークが肩を竦めた。
「ごちそうさま。いくら?」
「1100ギニーよ」
アークがカウンターに2000ギニーを置く。
「釣りはいらない」
「了解。貰っとくわ」
「んじゃ、また明日の昼ぐらいにメシを食いに来るよ」
「明日は定休日だから休み」
マリーベルの返答に、店の外に出ようとしたアークが振り返った。
「ん? そうなのか?」
「だけど、アークなら何時でも歓迎するわ」
「了解。じゃあ、明日もメシを食いに来るよ」
「食事だけ?」
そう言ってジト目で自分を見るマリーベルに、アークが顔を顰める。
「……夜までなら、付き合うよ」
「期待して待っているわ。それとチョットこっちに来て」
マリーベルがにっこりと笑いながら、アークを手招きする。
「何?」
「忘れ物」
アークが近寄ると、彼の胸倉を掴んで引き寄せた後、口づけを交わした。
「……!!」
「またね♪」
(……やっぱり変な女)
驚いているアークに、マリーベルが笑って手を振っていた。
アークが『ルークバル』を出てウルド商会のドックに戻ると、数人のパイロットに囲まれた。
彼等は20m級のタイガーエアシャークを仕留めたアークを、自分のパーティーに誘うために待ち構えていたらしい
実はフルートも彼等に話し掛けられそうになったのだが、ドーン一家と整備士全員の妨害により、彼等は断念していた。
断ってもしつこく勧誘してくるパイロット達に苛ついたアークは、「1人でオーガを3匹同時に倒してから来い!」という条件を出すと、なぜか逆切れされた。
そこでアークが「え? 倒せないの? マジで?」と真顔で聞き返すと、「コイツ狂ってやがる!」と言って彼等は去って行った。
ちなみに、アークは「オーガ3匹同時とか、逃げるに決まっているだろ」と思っていた。
アークは勧誘してきた連中を追い返した後、自分の部屋まで戻ると、酒を一杯飲んでベッドに倒れるなり眠りについた。
翌日。アークが目を覚ますと、既に9時を過ぎていた。
1階に降りて顔を洗っていると、仕事中のフランシスカに拉致された。
「少しは相手の状況を見てから誘えよ。女はムードで濡れるけど、男はシチュエーションで立つんだぞ」
「朝からナチュラルに下ネタか!」
「いや、別に下ネタを言ったつもりはないが?」
「自覚していないのが恐ろしい」
フランシスカが呆れて溜息を吐いた。
「それで、何の用だ?」
「ワイルドスワンについての報告た。チェックしたけど、偽装のボディーが一部剥されていたが、それ以外は特に問題ない」
「了解。どうせ偽装だし、このままでいいか……」
「いや、こちらも手は空いてる。今日中に剥がれた部分は直そう」
「そうか? まあ、専属でタダだし、適当にやってくれ」
「ああ、好きにやらせてもらう。それよりも、フルートの方をケアしてやれ」
そう言うと、フランシスカがアークの顔をジッと見た。
どうやらこっちが本題らしい。
「フルートのケア? すまねえが、合法ロリでも見た目がガキなのは興味ねえんだが……」
「そう言う意味じゃない!!」
首を傾げるアークに、彼女は昨日、落ち込んでいたフルートの話をする。
「何? アイツ、才能がないって落ち込んでるの?」
笑うアークに、フランシスカが眉を顰めた。
「笑いごとじゃない。昨日からずっとフルートは悩んでいるんだぞ!」
「そんな事言っても、俺は才能のない奴を後ろになんて乗せねえし、ペアなんて組まねえよ」
「そうなのか? だったら、お前からきちんとそれを伝えるべきだ」
フランシスカの説教に、アークは両肩を竦めて「分かったよ」と頷くと、彼女もようやく怒りを収めた。
「それで、その肝心のフルートお嬢様はどこへ行った?」
「お前と違って朝には起きていたぞ。ドーン一家の離陸を見送った後、買い物に行ったっぽいけどな」
「そうか。じゃあ戻った時にでも話してみるよ」
そう言って、アークが外に向かって歩き始める。
「どこへ行くんだ?」
「メシを食いに行く」
「飛行場にも食堂はあるぞ」
それを背中で聞いたアークが、露骨に顔をしかめて振り返った。
「あれは人間が食うメシなのか? 一度食べてみたけど、俺はてっきりゴブリンに与える餌だと勘違いしたぜ」
「……否定はしない」
顔を顰めて同意するフランシスカに頷くと、アークはドックから出て行った。
町に出たアークは、マリーベルに会いに行く途中で、以前ヴァナ村のミッキーが女の家に行くときは何か土産を持ってくのが常識だと、自慢げに話していた事を思い出していた。
確かにあのアホが言っている事は間違っていないと思ったアークは、何を持っていけばいいのか考えながら町を歩いた。
最初は貴金属にしようと考えたが、恋人という関係でもないのに、それはプレゼントとして少々重いような気がした。
結局、通りかかった花屋に寄って、女性店員が勧めるピンクのガーベラとキキョウにカスミソウの花束を購入する。
店員から「彼女へのプレゼントですか?」と尋ねられ、つい素直に「セフレ」と答えて、思いっきり軽蔑された。
すぐ後に「冗談」と言って誤魔化したが、店員の冷たい視線は元に戻らなかった。
『ルークバル』に着くと、ドアを引いたが鍵が掛かっていたのでノックをする。
少ししたら普段着のマリーベルが中から鍵を開けて、彼を招き入れた。
その際に、手に持っていた花を渡したら、マリーベルが喜んでアークの頬にキスをした。
それで、あのクソ野郎に初めて感謝した。
ちなみに、アークが渡した花束の花言葉は、ピンクのガーベラが「熱愛」。キキョウが「永遠の愛」。カスミソウが「幸福」で、愛する人に渡すには1番ふさわしい花だったのだが、今まで死者にしか花を手向けなかった彼は、花言葉なんて全く知らなかった。
アークが2階の私室に入ると、手の込んだ料理がテーブルに並んでいた。
「マリーってもしかして男に尽くすタイプなのか?」
マリーベルに尋ねると、彼女はキョトンとした顔をアークに見せる。
「違うわよ。私、縛るのも縛られるのも好きじゃないし。あ、でもベッドの上でならやってみたいかも……」
「……男の精も根も尽きさせるタイプだったな」
マリーベルの返答にアークが冗談を言い返すと、彼女は腹を抱えて笑っていた。
その後、2人は楽しいランチを終えると、夜までベッドの上でドッグファイトを開始した。
その頃、フルートは町の本屋で「消えた2人の英雄」という本を買った後、自室のベッドでその本を読んでいた。
本の内容は、アークの父親『無敗のエース』シャガンと、『撃墜王』ダイロットの活躍。
ルポライターがインタビューした、彼等の戦闘技術などが纏められていた。
その本の最後には、2人が突然ダヴェリール空軍を辞めて、その後の消息は不明と書かれていた。
シャガンが軍を逃亡した事はフルートも聞いていたが、シャガンが軍を辞めたのと同時期にダイロットも辞めていたのは知らなかった。
本は読み始めたら意外と面白く、最後まで読み切った時には夕方になっていた。
読み終えたフルートが自室から出ると、本を片手にワイルドスワンの後部座席に座って、イメージトレーニングを始めた。
フルートは本の内容を思い出しながら、時には本を開いてダイロットの戦闘技術が書かれているページを何度も読み返す。
そして、昨日戦ったタイガーエアシャークを仮装の敵だとイメージし、ひたすら自分の中に蠢く恐怖心と戦っていた。
(結局6発か……まさか、本当に「縛って」って言うとは思わなかったぜ。まあ、縛ったけどさ。だけど何であの部屋にヒモとアイマスクなんてあったんだ……ん?)
夜に疲れ果てたアークがドックに戻ると、フルートが大きな木箱の上に座って、足をブランブランしながら目を瞑っていた。
「フランから聞いたぜ。ダイロットを目指すんだって? 随分と壮大な目標を立てたな」
アークがフルートに近づきながら声を掛けると、それに気づいたフルートが目を開ける。
「……あ、アーク」
「ほら、ギルドカード。昨日、渡しそびれたからな」
アークがギルドカードを取り出して、フルートに投げ渡す。
「あ、ありがとう」
アークはカードをしまうフルートの横に立って木箱に背もたれると、何も言わず目の前のワイルドスワンを見ていた。
「昨日、分かった」
何も言って来ないアークに、フルートの方から話し掛ける。
その声に、アークの視線がワイルドスワンからフルートの方へ向いた。
「何をだ?」
「ただ飛びたいだけじゃダメなんだって。自由に飛ぶには強くならなきゃいけない事に気付いた」
「そうだな……この世界の空は強くならなきゃ、自由に飛べない……」
「アークはダイロットさんの事を知ってる?」
フルートの質問にアークが眉を顰めた。
「んーー。ガキの頃、1度だけあった事がある」
「本当!?」
行方不明のダイロットに会ったことがあると聞いて、フルートが目を丸くして驚いた。
「ああ、俺が5歳か6歳だった頃に1度だけな。ある日、知らねえおっさんが親父を訪ねて来たんだけど、そのおっさんがダイロットだって後から知った」
「どんな人だった?」
アークが顔首を傾げながら、昔の事を思い出す。
「んー彫の深い渋いおっさんだったな。親父と何かを話していたんだろうけど、その頃の俺には2人が何を言っているのか理解できなかったから覚えてない」
「そうなんだ……今は何をやってるのかな?」
「さあな。1度しか来なかったし、俺もすっかり忘れてたからシラネ。だけど、どこかの空を飛んでんじゃねえか」
「そうだね……」
フルートが呟いた後、2人の会話が途切れた。
「なあ、フルート」
静かなドックで、今度はアークが話し掛ける。
「何?」
「俺は才能のない奴を後部座席にのんびり座らせるほど寛大な心は持ってねえ。昨日の戦いで、お前にはガンナーの才能がある……そんな気がした」
「…………」
「俺は自分の勘は信じる方でね。しかも不思議と結構な確率で当たるんだ。まあ、碌な事だけにしか当たらねえけど……だからフルート、自信を持てよ。お前に足りないのは経験だけだ。ダイロット? んなの目じゃねえって、お前の方があんなオッサンなんかより才能があるぜ。俺が保証してやるよ」
アークの励ましにフルートが微笑む。その瞳は嬉しさのあまり、涙が零れそうになっていた。
「……アーク、ありがとう」
「礼には及ばねえ」
礼を言われたアークは、両方の肩を竦めて笑っていた。
「ねえ、アーク。1つ質問しても良い?」
「何だ?」
アークが近づいた時から、気になっていた事を質問する。
「アークからマリーさんの匂いがするんだけど、もしかしてマリーさんと付き合ってるの?」
その質問に、アークが顔を顰めた。
「んーそうだな。確かに付き合っていると言われれば、付き合ってる」
その返答にフルートの心が少しだけ痛む。だけど、それが何なのかは、まだ本人も分からなった。
「だけど、恋人の関係じゃない」
「え? そうなの?」
意味が理解できず、フルートが首を傾げた。
「ああ、マリーが言うには、俺は人間を愛せない変態らしい」
「……?」
「しかも、空を飛んでなきゃ口の悪いただのロクデナシみたいな事まで言われた。少しショックだったな」
(当たってるかも……)
マリーベルの評価に、フルートも心の中で同意する。
「だからマリーは俺を恋人にはしないらしい。俺がダヴェリールに行くまでの間の限定の付き合いだ」
「恋人じゃないのに付き合ってるの?」
「もしかするとフルートにはまだ早いかもしれないが、俗に言うセックスフレンドって関係だな」
それを聞いた途端、フルートの顔が真っ赤になって、熱で頭から湯気が昇っていた。
「その様子だと、ご理解して頂けたようで何よりでございます」
「…………」
アークはフルートにピッと敬礼した後、木箱から離れる。
「明日も飛ぶぞ、早く寝ろよ」
そう言い残してアークは去ったが、未だ赤面しているフルートはしばらく眠れそうになかった。
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