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力の差

俺の意識は、いきなり現世に戻って来た。


モノクロームの景色が色を取り戻し、風の音が鼓膜を叩く。


止まっていた世界は、唐突に動き出し、俺は自分の体が傾いていることに気が付く。


「――ッ!!??」


俺は無理矢理体を捻って、倒れそうになる体で踏ん張った。


「ふんッ!!!」


全身に力が漲ると、思いっきり大地を踏みつけて体勢を戻す。


そこで、見えたのは、俺を通り過ぎていく数人のテンプルナイツ。


「ティアに近づくんじゃねえーッ!!!」


俺は雄叫びのような声を上げると、テンプルナイツの一人に飛びかかって、拳を突き立てた。


「ッ!?」


一瞬振り向いたテンプルナイツの一人は、顔面から俺の拳を喰らって吹き飛ばされる。


重装備の鎧を纏った騎士が、あり得ないくらいに飛んでいる。


「なッ!? こ、この死にぞこないがー!」


吹き飛ばされた奴の隣にいたテンプルナイツが、ロングソードを俺に向けて来る。


(あれ? こんなに遅かったか?)


こいつは隊長格ではないにしろ、テンプルナイツに選ばれた騎士だ。そんじょそこらの剣技ではないはず――なのだが、あまりにも遅く感じる。


俺は左手でテンプルナイツの手首を抑えると、脇腹に一発拳をめり込ませた。


「がぁッ……はッ……」


金属製の鎧が俺の拳の形に拉げて、テンプルナイツの男が泡を吹いて倒れる。


かなり痛そうだが、気を失っているようだから痛みは感じていないだろう。


「な、何をした、貴様ー!」


もう一人のテンプルナイツがロングソードを振り上げる。


しかし、やっぱり遅い。


俺は先んじて一歩前に踏み出して、裏拳をテンプルナイツの顔にお見舞いする。


それほど力を入れたわけではなかったが、テンプルナイツの男は体ごと一回転して、地面に倒れ込んだ。


「大丈夫か、ティア?」


俺は蹲っているティアに声をかける。怯えているのか、手は小刻みに震えている。


「ア、アイク……後ろ……」


「分かってる」


俺は背後から迫りくるテンプルナイツを気配だけで察知し、後ろ蹴りを放った。


「ぐふぅッ……!?」


腹に俺の蹴りを直撃したテンプルナイツは、大きく吹き飛ぶ。いや、そんなに飛ぶほど力入れてないはずなんだけどな。


よく分からないが、一つだけ確かなことはある。


「お前らじゃ、俺の相手にもならねえよ!」


どういうわけか、体全体から力が溢れてくる。それも尋常じゃない力だ。まだ40人以上は残っているテンプルナイツを前にしても、怖いなんていう感情は一切湧いてこない。


サメがメダカに囲まれている状態がこんな感じなのだろうか。勝てるとかそういう次元の問題ですらない。


「やはり、この男は魔王信奉者のようです! 外道の術を使っているに違いありません!」


テンプルナイツの一人が声を上げた。


「そういうことか……。ならば、全力を持って討伐せよ! 一人ずつでは挑むな、囲んで斬り刻んでやれ!」


トリスタンが号令をかけると、テンプルナイツ達は、一斉に動き出して俺とティアを取り囲む。


「お前ら……もし、ティアに少しでも傷をつけてみろ……。ただじゃ済まさねえぞ!」


俺は怒気を含んだ声で威嚇すると、周囲の空気がビリビリと震えだした。


「ッ!?」


テンプルナイツ達も、その異様な空気を感じ取り、緊張が走っているのが見て取れる。


「怯むな! 相手は魔王の手先だ! 神に仇をなす不届きものだ! 我ら神聖なるテンプルナイツの剣により、裁きを下せ!」


「うおおおーーー!!!」


トリスタンが大声を張り上げると、テンプルナイツ達は俺に飛びかかってきた。


「だから、遅せえよ」


取り囲まれているとはいえ、10人も20人も一斉に攻撃を仕掛けて来ることはできない。お互いの体が邪魔になってぶつかってしまうからだ。


だから、一度に向かって来るのはせいぜい3~4人。


俺は正面から来た奴に狙いを定めると、地面を蹴って飛び出す。


スピードも圧倒的に俺の方が早い。剣を振り上げた体勢で、ガラ空きになっている腹部に拳を一発入れる。こいつは、それで終わり。


再び地面を蹴って、反対方向へと飛ぶ。


見えたのは、突きを出そうとしている構えのテンプルナイツ。こいつには、顔面に拳を入れてやる。


その横にもう一人いたから、そいつにはバックハンドブロー。


これで3人のテンプルナイツが地面に横たわる。


次の奴らは警戒しているのか、無暗に飛び込んでくるような真似はしてこなかった。その代わり――


「天に輝く神の威光よ、我が願いに応え、断罪の槍となって悪しきものを討たん!」


距離を取っていたテンプルナイツ達が手を掲げて魔法を詠唱すると、光りが収束し、輝く槍のような形を成した。


「神聖魔法か!?」


俺は思わず声を上げていた。テンプルナイツは何も剣技だけに秀でているわけではない。教会の騎士として、闇を払う神聖魔法の使い手でもある。


そして、対策を考える間もなく、神聖魔法による光の槍が、一斉に飛んできた。


俺は咄嗟にティアの前に出て、飛んできた光の槍の盾となる。


直後、放たれた光の槍が俺の体に直撃していく。光が高熱を帯び、魔を滅する刃となって襲い掛かって来る。岩をも破壊するテンプルナイツの神聖魔法。それが、俺の体に突き刺さっていく。


「……ん? 終わりか?」


特に痛みも感じることなく、神聖魔法による攻撃は止んでいた。ふと、テンプルナイツの方を見ると、俺を仕留めたと思っていたようで、呆けた顔が見えた。


「ま、まだだー! もう一度――」


「遅い!」


俺はもう一度神聖魔法を詠唱される前に、飛び出していった。


テンプルナイツ達は、俺の動きに反応を示すが、全くついてくることができていなかった。テンプルナイツ達の動きが余りも鈍い。


どうして、こんなに緩慢な動きをしているのだと疑問に思うほどだが、その疑問は解消できた。


こいつらが遅いんじゃない。俺が速いんだ。


自分でも信じられないほどのスピードで動いている。しかも、その動きに即対処できるだけの反射神経もある。


昔から腕っぷしが強くて、喧嘩で負けたことはなかったが、ここまで圧倒的な強さというわけではなかった。


ましてや、相手はテンプルナイツだ。子供の頃に喧嘩をした奴とは訳が違う。


それでも、俺は次々と襲ってくるテンプルナイツ達を一撃の下に沈めていった。


あっと言う間に、50人はいたテンプルナイツ達も、立っているのは10人未満にまでなった。


「何をやっているんだ貴様らは! それでも、誉れあるテンプルナイツか! 神の名の下に、異端者を斬り裂け!」


トリスタンが苛立った声を上げた。


「う、うわあああーーー!!!」


退くことは許されないのだろう。残ったテンプルナイツ達は、ヤケクソ気味に俺に飛びかかってきた。


「悪いが、どれだけ手加減したらいいか、まだ分かってないんだわ」


俺は一応殺さない程度には力を緩めて、かかってきたテンプルナイツ達を張り倒していく。


とはいえ、加減はしているつもりなのだが、ある者は鎧に拳がめり込み、ある者は人形のように吹き飛んでいく。


まあ、重装備の鎧を着ているのだから、これくらいでは死なないだろう。


「さて、残りはあんただけだな、大将」


俺は最後に残された一人、隊長格のトリスタンを睨んだ。


「人の道を外し、魔物に堕ちたか……、この外道」


トリスタンはロングソードを俺に向けて構える。


流石は隊長格。構えに隙が無い。俺も剣には自信があるから、トリスタンの強さは理解できる。


俺が視線を外した僅かな時間で、心臓を貫いたくらいだ。並の使い手じゃない。


「どうした? 来いよ」


俺は手招きをして挑発した。


「図に乗るなよ、若造が!」


トリスタンは一瞬腰を下げると、体をバネのようにして飛び出してきた。


そこから繰り出されるのは、横薙ぎの一閃。狙いも正確で鋭い一撃だ。


それでも、やっぱり遅く感じる。


俺は一歩後退して、トリスタンの剣を躱す。


トリスタンは、切り返す刃で斜めに斬り上げてきた。狙いは顔面。


俺は体を傾けてそれを回避。ギリギリの所で避けたため、俺の茶色い髪の毛の何本かは、風に乗って飛んでいく。


トリスタンは、一旦剣を引くと、半歩踏み込んできた。


今度の狙いは心臓。つい先刻、俺を死に追いやったあの突きを繰り出してくる。


俺はトリスタンの剣の先をガシッと掴んだ。


トリスタンの剣は、俺の胸に届く前にピタリと止まる。


普通、突き出された剣を素手で握るなんて芸当、絶対にやならいのだが、何故かこの時は大丈夫だと確信できた。


案の定、俺の掌には傷一つ付かずに、剥き出しの刃を握っている。


「部下を連れて退けよ。そして、二度とティアには近づくな! そうすれば見逃してやる!」


俺は低い声でトリスタンに言った。どう見ても勝負は付いている。こいつは俺を殺した張本人だから、ただで返すのは腹の虫が収まらないが、ティアに近づかないと誓うのであれば、百歩譲ってやってもいい。


「私にそのような世迷い言が通用するとでも思っているのか? テンプルナイツを舐めるなよ小僧!」


トリスタンはそう言うと、剣を手放し予備のショートソードに手をかける。


「その覚悟だけは買うよ」


俺は踏み込んで、空いてる手でトリスタンの顔面を殴打する。


「ッ!?」


流石は隊長格といったところか、俺に殴られても、声一つ出さずに倒れた。


「ティア……。大丈夫か? 怪我はしてないか?」


俺はティアの方へと駆け寄っていく。ティアは未だにしゃがみ込んで動こうとしない。


「アイク……」


ティアが顔を上げて俺の方を見る。どこか顔が赤いような気がする。熱が出ているのだろうか。


「どうした、ティア? 辛いのか? 痛いところがあるのか?」


俺は心配になり矢継ぎ早に質問を並べた。


「その……、ティアっていうの……」


「ん……?」


「ティアリーズじゃなくて……、私のことをティアって……」


「ん? ああ、ティアリーズって呼ぶより、ティアの方が呼びやすいだろ。嫌だったか?」


「嫌じゃない……。むしろ、そう呼んで欲しい。でも、アイクに『ティア』って呼ばれると、なんだか顔のあたりが、“ほわ”ってなる」


ティアはムズムズとした表情で話た。嬉しいやら恥ずかしいやら、そんな感情なのだろう。それがどういう感情なのか、ティア自身がまだ理解していない。だから、言葉にすることができないでいるんだ。


「そうか。それなら、これからはずっと『ティア』って呼ぶことにするな」


俺は笑って返す。


「うん……。私もそれがいい」


「よし、それじゃあ、帰るぞ。何時までもこんな所にいるわけにもいかないしな。ジャイアントスパイダーは、ティアが焼き払ったから、しばらくは来ないだろう」


俺は倒れているテンプルナイツ達を見渡した。当然、このまま放置して帰るのだが、ここはジャイアントスパイダーの縄張り。だが、ティアが、あれだけ派手に焼き払ったんだ。生き残ったジャイアントスパイダーも警戒して近づいては来ないはずだ。


「アイク……」


「なんだ?」


「立てない」


「立てない……? どうしたんだ? やっぱり怪我してるのか?」


俺は不安になりティアの前に屈みこんだ。やはり、さっきの戦いで、テンプルナイツの誰かが、ティアに傷を負わせたのだろうか? いや、でもそんな奴はいなかったはずだ。


「怪我はしてない。だけど、アイクを生き返らせるために、結魂の儀を行った。その時に、歩けるだけの力も使い果たした……」


「それって……、あの星空の中でやった儀式か……?」


「そう。それが結魂の儀。ジャイアントスパイダーを倒した後、魔力がもう残っていなかったけど、何とか力を振り絞って儀式を成立させた。だけど、もう歩く力も残っていない……」


「無茶しやがって……」


そうか、あの儀式は本当にあったことなんだ。俺の魂と魔王竜の魂を一つに結び付ける儀式。あれを執り行うために、ティアは歩く力も使い果たしてしまったんだ。


「無茶はアイクの方。勝てるわけないのに、私に逃げろなんて言って……」


少し拗ねたような表情でティアが言って来た。


「それしかなかったんだよ……。他に何も思いつかなかった……。ただ、それだけは譲れないって思った……」


「それは、死んでも譲れないことなの……?」


「……正直言うと、あの時はそこまで考えてなかった。でも、ティアを見捨ててたら、俺は俺じゃなくなってた。たとえ、生き延びたとしても、俺じゃない俺のままで、苦しみながら生きていたと思う。そんなのはまっぴらだ」


だから、俺はあの時の選択を後悔はしていない。ティアが生き延びてくれればそれで良いと思っていた。


「アイクは……馬鹿なのね……」


「うるせえな、それくらい俺だって分かってるよ! 真顔でそういうこと言うな! ああ、もう! いいから帰るぞ! 俺が背負ってやるから」


俺はティアに背中を向けて、手招きをする。


「……いいの?」


「いいよ。別にティアと薬草の入った袋を持つくらい、なんてことはない。だけど、回復したら自分で歩けよ。この先もずっと背負っていくつもりはないからな」


「そうじゃなくて……。私と、一緒にいていいの……?」


「何がだ? 一緒にいていいに決まってるだろ」


「私は……、魔王と竜王の間に生まれた娘……。アイクの両親は、魔王のことで処刑された……。だから、私は――むぎゅッ」


俺はティアの方に向き直って、その頬をギュッと引っ張った。ティアは驚いた瞳で俺を見ている。


「馬鹿はお前だ、ティア! 俺の両親は貴族に嵌められたんだ! 魔王を利用したのはケインの父親だ! ティアは何も知らないし、関わってもいない。それに、ティアは俺を助けてくれたんだ!」


「で、でも……。アイクは、そのせいで……人じゃなくなった……」


泣きそうな顔でティアが言ってくる。理解力があるせいで、余計なことまで考えてるのは見え見えだ。


「いいか、ティア。それは、俺が選んだんだ! テンプルナイツに喧嘩を売ったのも、俺がティアの魂と一つになることも、全部俺が選んだんだ! 俺がティアを選んだんだ! 何故だか分かるか?」


一度は失った命。だけど、魔王竜であるティアの魂と結合することで生き返った。この強大な力はそのせいだろう。魔王と竜王を受け継いだ魔王竜の魂と結ばれたんだ。これくらいできてもおかしくはない。


「……分からない……。私は、魔王竜……なのに……。ずっと狙われるのに……」


「俺がティアと一緒にいたいからだ!」


「――ッ!?」


ティアの言葉が止まる。見開いた瞳からは、ボロボロと涙が溢れてきている。ティア自身は、涙を流していることすら気が付かないほどに、俺を見たまま固まっている。


「なあ、ティア……。俺がそうしたいんだよ……。だからさ、俺と一緒にいてくれ」


俺はそっとティアを抱き寄せる。細い肩を抱き、頭を撫でてやる。


「アイク……アイク……。うぅぅ……。あああぁぁぁ…………」


ティアは俺の胸の中で大声を出して泣いた。俺の背中に手を回して、ギュッと抱き着いてくる。


俺は、銀髪の間から出ている黒い角に頬を寄せて、ティアを包みこんだ。





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