表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

結魂

低い声音だが、威圧感のある声。その声色だけでも実力が伺えるほど……。相当な手練れだ。


俺はゆっくりと振り返って、声のした方に目をやる。


そこには、重装鎧と赤いマントをした騎士達がいた。二の腕には十字架の紋様。そういった出で立ちをした男たちがざっと50人ほどいる。


(テンプルナイツ……だと!? 騎士階級のテンプルナイツがなんで、こんな田舎の湖に……?)


俺は訳が分からなかった。ただ、これだけの人数が接近しているのに気が付かなかったのは、ジャイアントスパイダーを相手にしていたせいだ。そっちに気を取られて、テンプルナイツの存在に気が付かなかった。


「そこの少女! フードを外せ!」


声の主は更に大きな声を上げて命令をしてくる。長い黒髪を後ろで束ね、顔には無精ひげを生やしている。堀の深い顔立ちだ。年齢は30代後半といったところか。50人はいるテンプルナイツの中心にいることから、おそらく、この男が隊長格だろう。


「おい、フードを外せと言っている!」


俺もティアリーズも何も答えずにいると、隊長格らしき男が、更に威嚇を強めた声で言ってきた。


「い、一体何の御用でしょう……? 俺達は、ただ薬草を摘みに来ただけでして……」


俺は何とか誤魔化そうと話を切りだした。


「貴様に話してはいない。そこの少女のフードを取れと言っている!」


だが、隊長格らしき男は取り合ってはくれない。


「トリスタン隊長、あの焼け野原……。やはり本物の魔王竜では……」


「分かっている。怖気ずくな! そのために我らが来たのだ!」


トリスタンというのがこの男の名前か。やっぱり隊長格だったようだ。トリスタンに話しかけた、短髪刈上げの男は部下か。


どうやら、俺達の背後に広がっている焼け野原を気にしている様子。魔王竜とかなんとか言っているが……。やはり、こいつらはティアリーズを追ってきている。


本物のテンプルナイツが、なんでティアリーズを追っている? 理由は分からないが、兎に角誤魔化すことを考えないと。


「そ、その……、この辺りは、ジャイアントスパイダーが出る地域でして、薬草を摘んだついでに、火を放って、焼き殺そうかと……」


俺は咄嗟に言い訳をする。どうみても、火を放った程度で済んでいる状態ではないし、実際に火を放ったというのがバレるのもかなり不味い。だが、それを考えている余裕はない。


「さっきから、なんだ貴様は? トリスタン隊長が話をしているのは、そっちのフードを被った……ん? お前、もしかして……、アルベルトか……?」


テンプルナイツの一団の中から、別の男が声を上げた。紫色で癖の強い髪の毛。三白眼の嫌味な顔立ち。


「……ケイン……なのか?」


俺は驚きに声を上げた。俺の本名を知っているこの男。俺もこの男のことをよく知っている。主に嫌な方の意味で。


「やはりアルベルトか……。ははぁん……。そうか、そういうことか……。まさか、お前が協力者だったとはな、アルベルト!」


ケインは俺を卑下するように睨んできた。


「どうして、お前がここに……?」


俺の知っている嫌味な男が、どういう理由でこの場所にいるのか。それが分からない。


「どうしてって? 僕がテンプルナイツになったからに決まってるだろ!」


ケインは相変わらず威嚇するような声を出している。その様子にトリスタンが訝し気な顔を向ける。


「知っているのか? 騎士ケインよ」


トリスタンがケインに尋ねた。この場で俺のことを知っているのはケインだけだ。気になって当然だ。


「はい! この男は、逆賊エンバーラスト家の嫡子、アルベルト・エンバーラスト。我がウェールズ家の分家の下級貴族だった男です」


ケインは嘲笑うかのような顔つきで言った。


「誰が逆賊だ! 父さんは決して逆賊なんかじゃない! 父さんの実力を妬んだ貴族に嵌められただけだ!」


俺は逆上して言い返した。


俺は冒険者になる前は、下級貴族の嫡子として生活をしていた。田舎の貴族で、平民と同じように山で遊び、父から毎日剣の手解きを受けて育ってきた。


俺はその生活に満足していた。剣の腕では、俺に勝てる奴はいなかったし、父さんも俺の実力を認めてくれていた。


それが、ある日突然崩壊した。


謂れもないことで、逆賊扱いされ、父さんと母さんは投獄され、処刑された。俺を逃がすために大勢の人が犠牲になった。


「魔王信奉者がなにを言う!」


「誰が魔王信奉者だ!」


「お前の両親だよ! この逆賊が! トリスタン隊長、このアルベルトという男の両親は、密かに魔王を信奉しておりまして、それを我が父が発見し、捕えたのでございます」


「お、お前の父……だと……?」


俺は自分の耳を疑った。ケインは昔から俺に突っかかってきた幼馴染だ。親戚だから相手にしてやっていたが、いつも俺が勝っていた。特に剣なんか、ケインに一太刀も受けた記憶がない。


だから、ケインの父親も知っている。だけど、父さんの嫌疑に関与していたなんて、俺は知らなかった。


「そうだ! 僕の父の功績だ! 親類に魔王信奉者がいるなんて、一族の恥さらしだが、正義感の強い父は、親類であっても逆賊を捕えたのだ! 父は心を痛めておられたがな、国の安寧のためには、一族の恥であっても、自らの手で、その汚名を濯ぐと決心なされたのだ! そんな父の功績が認められて、僕は晴れてテンプルナイツへと推薦されたというわけなのさ」


ケインが声高らかに言う。何が国の安寧だ。ケイン・ウェールズの父、ロズワルド・ウェールズがそんな高尚なことを考えるものか。あいつは、私利私欲に塗れた豚以下の男だ。


「父さんを嵌めたのは……お前の……」


「はぁ? 嵌めただぁ? 何を言ってるんだアルベルト。お前の両親が魔王信奉者だっていう証拠は挙がっているんだ」


「でっち上げた証拠だろ!」


「でっち上げ? 何を言ってるんだ、アルベルト。証拠ならここにもあるんだぞ?」


「証拠だと? そんな物があるわけねえだろ!」


「だから、そこにいるだろう。証拠がさぁ。魔王レイヴィアと竜王ザイアードの間に生まれたドラゴニュート、魔王竜がさぁ」


「魔王と竜王の間に生まれたドラゴニュート……」


俺の頭は真っ白になりながらもティアリーズの方を見た。


「……アイク……。私は魔王とか竜王とかそういうのは知らない……」


ティアリーズが小さく呟く。俺はその言葉にほっとした。そうだ、ティアリーズが魔王と竜王の間に生まれた子供のわけがない。


「でも……、母の名前はレイヴィア……。父の名前はザイアード……。知恵の宝珠に、その知識が入っている……」


「…………ッ!?」


俺はその言葉に愕然とした。魔王と竜王の間に子供がいたなんて話は聞いたことがない。だけど、ティアリーズ自身が、父母の名前を言っている。レイヴィアとザイアード。魔王と竜王の名前を……。


「そいつが、お前ら親子が魔王信奉者だっていう証拠だ! 違うというなら、その少女のフードと外套を取ってみろ! 普通の人間が出て来たのなら、見逃してやる!」


ケインはまくし立てるように言ってきた。完全にティアリーズが魔王竜であることを分かっていての発言だ。


「…………」


俺はそっとティアリーズのフードを外した。


「アイク……」


俺を見つめる青い瞳。綺麗な長い銀髪の隙間から、黒い二本の角が突き出ている。


「観念したか、アルベルト? 魔王信奉者の家に育ったお前が、魔王竜に協力している。辻褄の合う話だよなぁ? もう逃げて暮らすのにも疲れただろう? 大人しくしていれば、一生牢獄生活で許してやらんでもない。おい、魔王竜! 無駄な抵抗はするなよ! 抵抗すれば、アルベルトもろとも殺すからな!」


ケインはロングソードを抜いてこちらに近づいてきた。偉そうにしてはいるが、魔王竜の力は怖いようだ。


「アイク……。ごめんなさい……。でも、これだけは信じて……。私は、自分が何者なのか知らなかった……。アイクの過去も……。だけど……」


だけどなんなんだ? お前は、その先に何を言おうとしている?


「そうだ、大人しくしていろ。そうすれば――」


「ッ!!!」


俺は近づいてきたケインの鼻っ柱に思いっきり拳をめり込ませた。


「ぶべらッ!?」


ケインは無様な声を上げて倒れる。


「ふざけんじゃねえぞ! 何が魔王竜だ! そんなこと俺が知るか! ティアリーズはティアリーズだ! ずっと、暗いところに閉じ込めやがって! お前らなんかにティアリーズを渡すとでも思ったか!」


俺は憤慨して叫んだ。生まれてきた中で一番腹が立っていた。テンプルナイツがなんだ! 教会がなんだ! どいつもこいつも、俺の敵だ!


「アイク……ッ!?」


ティアリーズが驚いた顔で俺を見ている。そらそうだろうな。


「逃げろ、ティアリーズ! こいつらは俺がなんとかしてやる!」


今のティアリーズには魔力がない。これだけのテンプルナイツを退けるだけの力は残されていない。だったら、俺が逃げる時間を稼いでやればいいだけのこと。


俺は剣を抜いて、構える。ここから先は誰も通さないと覚悟を決める。


「で、でも……」


ティアリーズの不安な顔が俺を見ている。どうしていいか分からないのだろう。でも、心配はいらない。俺はティアリーズの目を見つめて言ってやる。


「早く逃げろ! 後で必ず追いつく! 絶対にお前を一人にはしな――」


俺の言葉はそこで止まった。『絶対に一人にはしない』その約束をしようとした直前、俺の心臓にロングソードが突き刺さっていた。


「よそ見できる相手だとでも思ったか? テンプルナイツを舐めているとこうなる」


その声は、トリスタンのものだった。俺がティアリーズに視線を向けた隙に、音もなく距離を詰めて一刺し。これで終わり。


俺の胸に深々と刺さったロングソードは、背中を貫通している。油断したつもりはなかった。技量も大きく劣っているとは思わない。だが、一つだけ決定的な差があった。それは、本物の殺し合いの経験。


「ァッ……ァッ……」


呼吸すらできなかった。想像を絶する強烈な痛みが俺の思考を乱す。急激に体温が低下していくのが分かる。力が入らない。握っていた剣は支えを失くして、地面に落ちる。


「に……げ…………ろ……」


パクパクと口を動かしながら、何とかその言葉だけは吐き出した。


ティアリーズの目が俺を見ている。綺麗だった青い瞳は、絶望の色に塗りつぶされて濁っている。


そんな目をしないでくれ、ティアリーズ。


俺のことはいいから、早く逃げてくれ……。


「――――!!!」


ティアリーズが何かを言っている。駄目だ、何も聞こえない。


視界がゆっくりと傾きだす。


見える景色が色を失くしていく。


世界が動きを止める。何も動かない。鳥も草木も、テンプルナイツも、全てが止まっている……。


俺は……、もう死ぬのか……。


寒い……。


暗い……。


怖い……。


そうか……、ティアリーズはこんな所にずっと閉じ込められていたのか……。


外に出れて、良かったな……。


ああ……、もう何も考えられない……。


光が消えていく……。




…………




…………




…………




……どこだ、ここは……?


ふと気が付くと、俺は夜空を眺めていた。


視界一杯に広がる満点の星空だ。こんなに綺麗な星空を見たのは初めてだ。


一体俺は、どこにいるんだろうか? そう思って、周りを見渡してみる。


「ッ!?」


そこで、俺は愕然とした。右を見ても星空。左を見ても星空。さらには、下を見ても星空が広がっている。


「な、なんだここは!? 星空の中? なんで、地面まで星空なんだ!?」


俺は思わず声を上げた。そこには地面がなかった。俺は全て星空に囲まれた所にいた。


「う、浮いているのか……? これ……」


俺は慌てて、じたばたしたが、どうやら浮いているらしい。星空に浮いてる俺。


「アイク……」


そこに綺麗な声が聞こえてきた。俺はこの声に聞き覚えがある。


「ティアリーズッ!?」


俺はすぐさま振り返って、声の主の名前を叫ぶ。


「アイク……」


再び俺の名前を呼んでくれる。なんて綺麗な声なんだろう。星空に浮いているなんて訳の分からない状況でも、その声を聞いた途端、不安は霧散していた。


「ティアリーズ――って、どうして、こんな所にいるんだ?」


現れたティアリーズも、俺と同じように浮いていた。しかも、体全体が白く光っている。一体どうしたんだ?


「アイク……、いいから私の話を聞いて。時間がないの」


「いや、でも……これ……」


「お願い……話を聞いて」


ティアリーズは真剣な眼差しで俺を見つめている。


「あ、ああ……。分かった……」


俺は、あまりにも真剣なティアリーズの圧力に押されて、素直に話を聞くことにした。


「アイク……。あなたはもう死んでいる……。今は魂だけの状態」


「俺が、死んだ……?」


「そう……。心臓を剣で貫かれて死んだ……。だけど、そこには私がいた……。今なら、選ぶことができる……」


「選ぶ……? 何を?」


「このまま人として死を受け入れ、輪廻の流れに戻るか、私と一つになって生き返るか……どちらかを選べる……」


「このまま死ぬか、生き返るか選べる? だったら考えるまでも――」


「最後まで聞いて――輪廻の流れに戻れば、アイクという存在は完全に消えてしまうけど、人として死を迎えることができる。私と一つになるということは、その輪から外れるということ……。生き返ったとしても、人としての生ではない……」


ティアリーズは悲痛な面持ちで言ってきた。どちらにしろ、俺の人生は終わっているということだ。


「人として死ぬか……。魔王竜と一つになって、人を捨てるか……」


「そう……。アイクには辛い選択を迫ってしまって、本当に悪いと思っている……。でも、もう時間がない。だから――」


「俺はティアリーズと一緒に生きる!」


俺は迷わず答えた。


「アイク……。本当に良いの? 私と同一の存在になってしまうのよ……?」


「何か問題でもあるのか? お前が魔王竜だからか? そんなことどうでもいい、俺はお前を一人にはしない! 絶対に守ってやる!」


「アイク……」


白く光っているせいで分からないが、ティアリーズは泣いているのだろうか。声が震えている。


「さあ、早くしてくれ! 時間がないんだろ?」


俺は笑顔で言った。


「ありがとう……アイク――今から、儀式を始める」


「ああ、どんと来い!」


「あなたは、病める時も健やかなる時も、私、ティアリーズと共にあることを誓いますか?」


「ああ、誓う!」


「あなたは、どれほどの苦難を前にしても、私、ティアリーズと乗り越えることを誓いますか?」


「誓う!」


「あなたは、たとえ死が二人を分かとうとも、私、ティアリーズと永遠を生きることを誓いますか?」


「誓うッ!」


「その言葉を持って、誓約と成す。その魂を輪廻の理から外し、私の魂と結びつける。ここに結魂けっこんの儀は成った!」


ティアリーズは宣言すると、俺に顔を寄せて、口づけをした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ