結魂
低い声音だが、威圧感のある声。その声色だけでも実力が伺えるほど……。相当な手練れだ。
俺はゆっくりと振り返って、声のした方に目をやる。
そこには、重装鎧と赤いマントをした騎士達がいた。二の腕には十字架の紋様。そういった出で立ちをした男たちがざっと50人ほどいる。
(テンプルナイツ……だと!? 騎士階級のテンプルナイツがなんで、こんな田舎の湖に……?)
俺は訳が分からなかった。ただ、これだけの人数が接近しているのに気が付かなかったのは、ジャイアントスパイダーを相手にしていたせいだ。そっちに気を取られて、テンプルナイツの存在に気が付かなかった。
「そこの少女! フードを外せ!」
声の主は更に大きな声を上げて命令をしてくる。長い黒髪を後ろで束ね、顔には無精ひげを生やしている。堀の深い顔立ちだ。年齢は30代後半といったところか。50人はいるテンプルナイツの中心にいることから、おそらく、この男が隊長格だろう。
「おい、フードを外せと言っている!」
俺もティアリーズも何も答えずにいると、隊長格らしき男が、更に威嚇を強めた声で言ってきた。
「い、一体何の御用でしょう……? 俺達は、ただ薬草を摘みに来ただけでして……」
俺は何とか誤魔化そうと話を切りだした。
「貴様に話してはいない。そこの少女のフードを取れと言っている!」
だが、隊長格らしき男は取り合ってはくれない。
「トリスタン隊長、あの焼け野原……。やはり本物の魔王竜では……」
「分かっている。怖気ずくな! そのために我らが来たのだ!」
トリスタンというのがこの男の名前か。やっぱり隊長格だったようだ。トリスタンに話しかけた、短髪刈上げの男は部下か。
どうやら、俺達の背後に広がっている焼け野原を気にしている様子。魔王竜とかなんとか言っているが……。やはり、こいつらはティアリーズを追ってきている。
本物のテンプルナイツが、なんでティアリーズを追っている? 理由は分からないが、兎に角誤魔化すことを考えないと。
「そ、その……、この辺りは、ジャイアントスパイダーが出る地域でして、薬草を摘んだついでに、火を放って、焼き殺そうかと……」
俺は咄嗟に言い訳をする。どうみても、火を放った程度で済んでいる状態ではないし、実際に火を放ったというのがバレるのもかなり不味い。だが、それを考えている余裕はない。
「さっきから、なんだ貴様は? トリスタン隊長が話をしているのは、そっちのフードを被った……ん? お前、もしかして……、アルベルトか……?」
テンプルナイツの一団の中から、別の男が声を上げた。紫色で癖の強い髪の毛。三白眼の嫌味な顔立ち。
「……ケイン……なのか?」
俺は驚きに声を上げた。俺の本名を知っているこの男。俺もこの男のことをよく知っている。主に嫌な方の意味で。
「やはりアルベルトか……。ははぁん……。そうか、そういうことか……。まさか、お前が協力者だったとはな、アルベルト!」
ケインは俺を卑下するように睨んできた。
「どうして、お前がここに……?」
俺の知っている嫌味な男が、どういう理由でこの場所にいるのか。それが分からない。
「どうしてって? 僕がテンプルナイツになったからに決まってるだろ!」
ケインは相変わらず威嚇するような声を出している。その様子にトリスタンが訝し気な顔を向ける。
「知っているのか? 騎士ケインよ」
トリスタンがケインに尋ねた。この場で俺のことを知っているのはケインだけだ。気になって当然だ。
「はい! この男は、逆賊エンバーラスト家の嫡子、アルベルト・エンバーラスト。我がウェールズ家の分家の下級貴族だった男です」
ケインは嘲笑うかのような顔つきで言った。
「誰が逆賊だ! 父さんは決して逆賊なんかじゃない! 父さんの実力を妬んだ貴族に嵌められただけだ!」
俺は逆上して言い返した。
俺は冒険者になる前は、下級貴族の嫡子として生活をしていた。田舎の貴族で、平民と同じように山で遊び、父から毎日剣の手解きを受けて育ってきた。
俺はその生活に満足していた。剣の腕では、俺に勝てる奴はいなかったし、父さんも俺の実力を認めてくれていた。
それが、ある日突然崩壊した。
謂れもないことで、逆賊扱いされ、父さんと母さんは投獄され、処刑された。俺を逃がすために大勢の人が犠牲になった。
「魔王信奉者がなにを言う!」
「誰が魔王信奉者だ!」
「お前の両親だよ! この逆賊が! トリスタン隊長、このアルベルトという男の両親は、密かに魔王を信奉しておりまして、それを我が父が発見し、捕えたのでございます」
「お、お前の父……だと……?」
俺は自分の耳を疑った。ケインは昔から俺に突っかかってきた幼馴染だ。親戚だから相手にしてやっていたが、いつも俺が勝っていた。特に剣なんか、ケインに一太刀も受けた記憶がない。
だから、ケインの父親も知っている。だけど、父さんの嫌疑に関与していたなんて、俺は知らなかった。
「そうだ! 僕の父の功績だ! 親類に魔王信奉者がいるなんて、一族の恥さらしだが、正義感の強い父は、親類であっても逆賊を捕えたのだ! 父は心を痛めておられたがな、国の安寧のためには、一族の恥であっても、自らの手で、その汚名を濯ぐと決心なされたのだ! そんな父の功績が認められて、僕は晴れてテンプルナイツへと推薦されたというわけなのさ」
ケインが声高らかに言う。何が国の安寧だ。ケイン・ウェールズの父、ロズワルド・ウェールズがそんな高尚なことを考えるものか。あいつは、私利私欲に塗れた豚以下の男だ。
「父さんを嵌めたのは……お前の……」
「はぁ? 嵌めただぁ? 何を言ってるんだアルベルト。お前の両親が魔王信奉者だっていう証拠は挙がっているんだ」
「でっち上げた証拠だろ!」
「でっち上げ? 何を言ってるんだ、アルベルト。証拠ならここにもあるんだぞ?」
「証拠だと? そんな物があるわけねえだろ!」
「だから、そこにいるだろう。証拠がさぁ。魔王レイヴィアと竜王ザイアードの間に生まれたドラゴニュート、魔王竜がさぁ」
「魔王と竜王の間に生まれたドラゴニュート……」
俺の頭は真っ白になりながらもティアリーズの方を見た。
「……アイク……。私は魔王とか竜王とかそういうのは知らない……」
ティアリーズが小さく呟く。俺はその言葉にほっとした。そうだ、ティアリーズが魔王と竜王の間に生まれた子供のわけがない。
「でも……、母の名前はレイヴィア……。父の名前はザイアード……。知恵の宝珠に、その知識が入っている……」
「…………ッ!?」
俺はその言葉に愕然とした。魔王と竜王の間に子供がいたなんて話は聞いたことがない。だけど、ティアリーズ自身が、父母の名前を言っている。レイヴィアとザイアード。魔王と竜王の名前を……。
「そいつが、お前ら親子が魔王信奉者だっていう証拠だ! 違うというなら、その少女のフードと外套を取ってみろ! 普通の人間が出て来たのなら、見逃してやる!」
ケインはまくし立てるように言ってきた。完全にティアリーズが魔王竜であることを分かっていての発言だ。
「…………」
俺はそっとティアリーズのフードを外した。
「アイク……」
俺を見つめる青い瞳。綺麗な長い銀髪の隙間から、黒い二本の角が突き出ている。
「観念したか、アルベルト? 魔王信奉者の家に育ったお前が、魔王竜に協力している。辻褄の合う話だよなぁ? もう逃げて暮らすのにも疲れただろう? 大人しくしていれば、一生牢獄生活で許してやらんでもない。おい、魔王竜! 無駄な抵抗はするなよ! 抵抗すれば、アルベルトもろとも殺すからな!」
ケインはロングソードを抜いてこちらに近づいてきた。偉そうにしてはいるが、魔王竜の力は怖いようだ。
「アイク……。ごめんなさい……。でも、これだけは信じて……。私は、自分が何者なのか知らなかった……。アイクの過去も……。だけど……」
だけどなんなんだ? お前は、その先に何を言おうとしている?
「そうだ、大人しくしていろ。そうすれば――」
「ッ!!!」
俺は近づいてきたケインの鼻っ柱に思いっきり拳をめり込ませた。
「ぶべらッ!?」
ケインは無様な声を上げて倒れる。
「ふざけんじゃねえぞ! 何が魔王竜だ! そんなこと俺が知るか! ティアリーズはティアリーズだ! ずっと、暗いところに閉じ込めやがって! お前らなんかにティアリーズを渡すとでも思ったか!」
俺は憤慨して叫んだ。生まれてきた中で一番腹が立っていた。テンプルナイツがなんだ! 教会がなんだ! どいつもこいつも、俺の敵だ!
「アイク……ッ!?」
ティアリーズが驚いた顔で俺を見ている。そらそうだろうな。
「逃げろ、ティアリーズ! こいつらは俺がなんとかしてやる!」
今のティアリーズには魔力がない。これだけのテンプルナイツを退けるだけの力は残されていない。だったら、俺が逃げる時間を稼いでやればいいだけのこと。
俺は剣を抜いて、構える。ここから先は誰も通さないと覚悟を決める。
「で、でも……」
ティアリーズの不安な顔が俺を見ている。どうしていいか分からないのだろう。でも、心配はいらない。俺はティアリーズの目を見つめて言ってやる。
「早く逃げろ! 後で必ず追いつく! 絶対にお前を一人にはしな――」
俺の言葉はそこで止まった。『絶対に一人にはしない』その約束をしようとした直前、俺の心臓にロングソードが突き刺さっていた。
「よそ見できる相手だとでも思ったか? テンプルナイツを舐めているとこうなる」
その声は、トリスタンのものだった。俺がティアリーズに視線を向けた隙に、音もなく距離を詰めて一刺し。これで終わり。
俺の胸に深々と刺さったロングソードは、背中を貫通している。油断したつもりはなかった。技量も大きく劣っているとは思わない。だが、一つだけ決定的な差があった。それは、本物の殺し合いの経験。
「ァッ……ァッ……」
呼吸すらできなかった。想像を絶する強烈な痛みが俺の思考を乱す。急激に体温が低下していくのが分かる。力が入らない。握っていた剣は支えを失くして、地面に落ちる。
「に……げ…………ろ……」
パクパクと口を動かしながら、何とかその言葉だけは吐き出した。
ティアリーズの目が俺を見ている。綺麗だった青い瞳は、絶望の色に塗りつぶされて濁っている。
そんな目をしないでくれ、ティアリーズ。
俺のことはいいから、早く逃げてくれ……。
「――――!!!」
ティアリーズが何かを言っている。駄目だ、何も聞こえない。
視界がゆっくりと傾きだす。
見える景色が色を失くしていく。
世界が動きを止める。何も動かない。鳥も草木も、テンプルナイツも、全てが止まっている……。
俺は……、もう死ぬのか……。
寒い……。
暗い……。
怖い……。
そうか……、ティアリーズはこんな所にずっと閉じ込められていたのか……。
外に出れて、良かったな……。
ああ……、もう何も考えられない……。
光が消えていく……。
…………
…………
…………
……どこだ、ここは……?
ふと気が付くと、俺は夜空を眺めていた。
視界一杯に広がる満点の星空だ。こんなに綺麗な星空を見たのは初めてだ。
一体俺は、どこにいるんだろうか? そう思って、周りを見渡してみる。
「ッ!?」
そこで、俺は愕然とした。右を見ても星空。左を見ても星空。さらには、下を見ても星空が広がっている。
「な、なんだここは!? 星空の中? なんで、地面まで星空なんだ!?」
俺は思わず声を上げた。そこには地面がなかった。俺は全て星空に囲まれた所にいた。
「う、浮いているのか……? これ……」
俺は慌てて、じたばたしたが、どうやら浮いているらしい。星空に浮いてる俺。
「アイク……」
そこに綺麗な声が聞こえてきた。俺はこの声に聞き覚えがある。
「ティアリーズッ!?」
俺はすぐさま振り返って、声の主の名前を叫ぶ。
「アイク……」
再び俺の名前を呼んでくれる。なんて綺麗な声なんだろう。星空に浮いているなんて訳の分からない状況でも、その声を聞いた途端、不安は霧散していた。
「ティアリーズ――って、どうして、こんな所にいるんだ?」
現れたティアリーズも、俺と同じように浮いていた。しかも、体全体が白く光っている。一体どうしたんだ?
「アイク……、いいから私の話を聞いて。時間がないの」
「いや、でも……これ……」
「お願い……話を聞いて」
ティアリーズは真剣な眼差しで俺を見つめている。
「あ、ああ……。分かった……」
俺は、あまりにも真剣なティアリーズの圧力に押されて、素直に話を聞くことにした。
「アイク……。あなたはもう死んでいる……。今は魂だけの状態」
「俺が、死んだ……?」
「そう……。心臓を剣で貫かれて死んだ……。だけど、そこには私がいた……。今なら、選ぶことができる……」
「選ぶ……? 何を?」
「このまま人として死を受け入れ、輪廻の流れに戻るか、私と一つになって生き返るか……どちらかを選べる……」
「このまま死ぬか、生き返るか選べる? だったら考えるまでも――」
「最後まで聞いて――輪廻の流れに戻れば、アイクという存在は完全に消えてしまうけど、人として死を迎えることができる。私と一つになるということは、その輪から外れるということ……。生き返ったとしても、人としての生ではない……」
ティアリーズは悲痛な面持ちで言ってきた。どちらにしろ、俺の人生は終わっているということだ。
「人として死ぬか……。魔王竜と一つになって、人を捨てるか……」
「そう……。アイクには辛い選択を迫ってしまって、本当に悪いと思っている……。でも、もう時間がない。だから――」
「俺はティアリーズと一緒に生きる!」
俺は迷わず答えた。
「アイク……。本当に良いの? 私と同一の存在になってしまうのよ……?」
「何か問題でもあるのか? お前が魔王竜だからか? そんなことどうでもいい、俺はお前を一人にはしない! 絶対に守ってやる!」
「アイク……」
白く光っているせいで分からないが、ティアリーズは泣いているのだろうか。声が震えている。
「さあ、早くしてくれ! 時間がないんだろ?」
俺は笑顔で言った。
「ありがとう……アイク――今から、儀式を始める」
「ああ、どんと来い!」
「あなたは、病める時も健やかなる時も、私、ティアリーズと共にあることを誓いますか?」
「ああ、誓う!」
「あなたは、どれほどの苦難を前にしても、私、ティアリーズと乗り越えることを誓いますか?」
「誓う!」
「あなたは、たとえ死が二人を分かとうとも、私、ティアリーズと永遠を生きることを誓いますか?」
「誓うッ!」
「その言葉を持って、誓約と成す。その魂を輪廻の理から外し、私の魂と結びつける。ここに結魂の儀は成った!」
ティアリーズは宣言すると、俺に顔を寄せて、口づけをした。