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テンプルナイツ

      ― 1 ―




昼過ぎの冒険者ギルドには、夕方の混雑時を避けるために、早めに報酬を受け取りに来ている冒険者が何人もいた。


ブルームにある冒険者ギルドにも酒場が併設されており、酒だけでなく食事もできるので、報酬をもらった金で遅めの昼食を食べている冒険者というのも珍しくない。


夜になれば、酒場として盛り上がるのだが、流石に昼過ぎの時間帯では、のんびりとした空気が流れていた。


そんな昼過ぎの冒険者ギルドの平穏を乱す者が訪れる。


バンッ!


乱暴に開かれた冒険者ギルドの扉が派手に音を立てる。


まるで威嚇するような開扉の音に、食事をしていたスキンヘッドの男が入り口の方を睨んだ。


「なんだ、コ……ラ……」


厳ついスキンヘッドの男が、睨みをきかせて唸り声を上げようとしたが、入って来た者を見て言葉が詰まった。


冒険者ギルドへの来訪者は3人。全員が重装鎧を着ている。二の腕と赤いマントには十字架の紋様。


教会直轄の騎士団、テンプルナイツだ。しかも、騎士階級。


「あぁ? なんだ? 貴様、今僕の方を見たよな?」


3人のテンプルナイツの中心にいる男が、苛立ち交じりに声を上げた。


細身だが長身の体つきと、紫色をした癖の強い髪。一重の目は、瞳が小さい三白眼。嫌味ったらしい顔つきだが、年はまだ10代後半といったところだろう。


「い、いえ……、そんな……。ただ、扉が開いたようなので、勝手に目が行ってしまっただけかと……」


スキンヘッドの冒険者は、立ち上がり、冷や汗をかきながら弁明をする。


「ふんっ。貴様のような下賤の者が、僕を見るな! 汚らわしい!」


「へ、へい……。申し訳ございません……」


最早、厳つさの欠片も見当たらない冒険者。スキンヘッドを掻きながら、ヘコヘコと頭を下げている。


「ケイン様、このような者に関わっている暇は……」


他のテンプルナイツの男が声をかけた。


「分かっている! いちいち僕に指図するな! 僕は中級貴族! お前は下級貴族! お前こそ、分かってるよな?」


ケインと呼ばれた騎士が、部下らしき騎士に怒鳴る。年齢は相手の方が上だろうが、身分はケインの方が上だ。


「出過ぎた真似、失礼いたしました」


部下らしき騎士が頭を垂れる。もう一人いる騎士は我関せずといった表情。


「ふんっ! お前もテンプルナイツの一員なら、部を弁えろ!」


ケインはもう一度怒鳴ると、今度は冒険者ギルドの奥にある受付に進んで行った。


「おい、貴様。聞きたいことがある」


「は、はい……。どのようなことでございましょうか?」


ケインに話しかけられた、冒険者ギルドの受付。小太りの中年男性が緊張した面持ちで返事をした。


「この辺りで少女を見なかったか?」


「少女でございますか……?」


「そうだ」


「少女と言われましても、この街にも大勢の少女が暮らしておりますので……」


「僕が普通の少女を訊ねて来ると思うか? 馬鹿か貴様は? 貴様の少ない頭でも少しは考えて物を言ってみろ!」


「そ、それは、申し訳ございません……。私の頭では、理解が足りないようでございまして……」


小太りの男が頭を下げる。どう考えても、ケインの質問の仕方が悪いのだが、相手はテンプルナイツ。しかも、中級貴族の出のようだ。ただ、高い身分の割には、人間性はかなり低いもよう。頭を下げるくらいで事なきを得るなら、その方が良い。


「それでは、足りない貴様の頭にも分かるように言ってやる。銀髪に青い目の少女だ。そいつは亜人だ」


「亜人……でございますか。どのような亜人で……?」


亜人と一言でいっても色々と種類がある。エルフなのかハーピーなのか。


「亜人は亜人だ! 一目で普通の人間とは違うと分かるから亜人と言ってるんだ! 本当に馬鹿だな貴様は! 兎に角、銀髪と青い目をした亜人の少女だ!」


ケインは取り付く島もない言い方で返した。


実際にケイン達テンプルナイツが探しているのは、ドラゴニュートの少女だった。


だがここで、ドラゴニュートと言わなかったのには理由がある。テンプルナイツが来ているというだけでも噂になるのに、さらにドラゴニュートを探しているとなれば、更に噂が大きくなる。追っている立場からすると、それはよろしくない。


「銀髪……。あの、亜人かどうかまでは分かりませんが、銀髪の少女でしたら見かけました……」


「なに!? 本当か!」


「は、はい……」


「なぜ、そいつが亜人だと分からなかった? 見たら分かるだろ!」


「そ、それが、大きめの外套とフードを被っておりましたので、見えたのは銀髪くらいしか……」


「外套とフード? そんなものどこで手に入れた? まあいい、何時だ? どこで見た?」


ケインは身を乗り出して質問を重ねた。


「つ、つい先刻のことです……。午前中に17~18歳の男と一緒にやってきて、仕事を受けて行きました」


「男と一緒……? 協力者か? 外套とフードで姿を隠しているのも、その男の持ち物なら説明がつく……。となると、協力者で間違いないか……。で、そいつらは、どこに行ったか分かるか?」


「エンダル湖です。湖畔に生えている薬草を取りに行っているはずですが……」


「エンダル湖か……、近いな。まさか、協力者を得ていたとは……。あんな亜人を助ける物好きがいるなんて思いもしなかった……。どうりで見つからないわけだ……。こいつは、かなり可能性が高いな……」


ケインはフムフムと考えながら独り言を言っている。


「ケイン様、報告に行きませんと……」


部下らしき騎士が、考え中のケインに提言してきた。


「分かっている! お前はいちいち僕に意見をするな! 煩わしい! いいか、これは僕が掴んだ情報だからな! 僕がトリスタン隊長の報告をする! 分かったな!」


「御意」


今まで黙っていたもう一人の騎士が、すぐさま返事をした。この騎士はケインの扱い方を理解しているようで、余計なことは言わず、素直に流すだけだった。


こうして、情報を得たケインは、一言の礼も言わずに冒険者ギルドを去って行った。




      ― 2 ―




ブルームの街で薬草取りの仕事を請け負った俺とティアリーズは、昼過ぎにはエンダル湖に着いていた。


エンダル湖はこの辺りでは一番大きな湖だ。淡水に住むエビやカニがよく採れることで有名。他にはマスやブナなどの魚も釣れる。


高い日差しが湖面に反射してキラキラと光り、飛び跳ねた魚が、波紋を広げて水面を揺らす。


本当に平和な昼下がりなのだが、この辺りにはジャイアントスパイダーが住み着いてしまっている。


エンダル湖は広いので、他の場所は安全なのだが、薬草がよく採れる場所にジャイアントスパイダーが大量発生してしまったのが問題だ。


これ以上、数を増やされて、エンダル湖一帯に進出されては、ブルームの人達の生活も成り立たなくなってしまう。


そのジャイアントスパイダーの駆除については、他の冒険者に任せるとして、俺たちはとりあえず薬草を摘んで、とっとと帰りたい。


「ティリーズ、これがシギソウで、こっちがツキノワだ。お前はこの二種類だけを採ってくれ。あと、キノコには触るなよ。毒があるやつもあるからな」


俺は自前の麻袋を一つティアリーズに渡してやると、摘んでいい薬草を教えてやる。


シギソウやツキノワ以外にも薬草はあるが、判別が難しいので、それは俺が採る。


「分かった」


ティアリーズは任せておけと言いたげな顔で返事をした。


「ジャイアントスパイダーが出て来る前に、摘めるだけ摘んでしまうぞ」


今はジャイアントスパイダーの姿が見えないが、俺たちが薬草を摘んでいたら、その内こちらの気配に気が付くだろう。


「了解した」


ティアリーズは、短く返事をすると、薬草を摘み始めた。


「さてと、俺も薬草摘みを始めますか――って、かなり多いなこれは……。ジャイアントスパイダーのせいで、全然人が入ってないんだろうな」


俺は改めてエンダル湖の湖畔を見渡した。見える限り草が生い茂っている。雑草もかなり多そうだが、選別していても、これなら、俺の分の麻袋を一杯にするのに、それほど時間はかからないだろう。

 

それから、俺とティアリーズは黙々と薬草を摘んでは麻袋に詰めていく。少し陽が傾きだした頃には、俺の麻袋は一杯になっていた。


「ティアリーズ、そっちはどうだ?」


俺は、近くで薬草を摘んでいるティリーズに声をかけた。


「…………」


麻袋はもうすぐ一杯になるというところで、ティアリーズは手を止めて林の方を見ていた。


「どうした……?」


俺はすぐにティアリーズの傍へと寄った。


「あれ……」


ティアリーズは前方を指さした。そこには――


「くそっ……、出やがったか……。数は……1、2、3……6匹か……。ちょっと多いな……」


背の高い草に紛れてジャイアントスパイダーがこちらを見ていた。数は6匹。じっとこちらを見ているが、いつ飛びかかってくるか分からない。


俺は音を立てずに剣を抜いて、ジャイアントスパイダーへと向けた。


「下がってろ……。ここは俺が何とかする」


俺は横目でチラリとティアリーズを見て言った。


まだ囲まれてはいないが、相手は巨大な蜘蛛。地面に張り付くほど低い体だが、広げた両足の長さは、大人の男よりも大きい。


俺一人ならどうとでもなるが、ティアリーズを守りながらとなると、慎重に立ち回らないといけない。


「アイク。これくらいなら、私がやっつける」


「えっ……?」


俺はティアリーズが何を言っているのか理解できず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


当のティアリーズは、ジャイアントスパイダーを前にしても、全く怯えた様子はない。


それどころか、俺の脇を通って、前に出て来た。


「よせ、ティアリーズ! 下がって――」


「モエツキロ」


ティアリーズは無感情な声と共に、右手を横に振り払う。


同時に、俺の目の前が一瞬にして、火の海と化す。


穏やかな湖畔が一変。辺り一面を覆いつくすほどの紅蓮の炎が、轟音を響かせて巻き上がる。


それは、まるで現出した地獄の業火だった。


「ぁッ……!?」


俺は完全に言葉を失っていた。ただ茫然と視界を埋め尽くす炎の赤を見つめるだけ。


「静まれ」


ティアリーズは右手を引き戻し、掌を閉じると、暴れまわっていた灼熱の炎は、瞬く間に消え去った。


残されたのは焦土と化した湖畔。ティアリーズより前にある場所は、真っ黒に焼け落ちていた。


6匹いたジャイアントスパイダーなど、そこに存在したという欠片すら消失してしまっている。


「……ティアリーズ……、今のは一体……?」


俺が声をかけると、ティアリーズは振り返って返答をしてきた。


「魔法を使った……」


「魔法……? 今のが、魔法……? いや、俺の知ってる魔法とは全然違うんだけど……」


俺も基本的な魔法の勉強をしたことはある。当然、魔法というものも今までに何度も見ている。だけど、今しがたティアリーズが使った魔法は、俺の知っている範囲を完全に超えている威力だ。


「そうなの……? でも、私が知ってる魔法は、今の魔法」


「どこで、そんな魔法覚えたんだ……?」


「知恵の宝珠が魔法の使い方を教えてくれた」


ティアリーズはそう言いながら、銀髪をかき上げて、額に埋めこまれた赤い宝石を見せる。豆ほどの大きさしかない小さな宝石。ティアリーズの母が知識を残したという知恵の宝珠だ。


「凄いな……、あんな凄い魔法使えたのか……」


知恵の宝珠が魔法の使い方を教えてくれたって……。その宝珠、一体何なんだ……? 駄目だ、理解が追い付かない……。


「うん……。でも、今ので魔力が底をついた……。万全の状態だったら、あの程度の魔法はいくらでも使えるんだけど……」


「力加減くらいしろよ! 何で、ジャイアントスパーダ―ごときに、回復したての魔力を全部注ぎ込んでるんだよ!」


俺は思わず声を上げた。ティアリーズが行き倒れていたのは、一昨日の夜。食事を摂って、睡眠をとって、ある程度回復はしているだろうが、まだまだ全快には程遠い。それなのに、6匹のジャイアントスパイダーを倒すために、あれだけの魔法を使ってしまっているのだから、常識がないというか、何と言うか。


「ほとんど魔法を使ったことがないから、どれだけの力で使えばいいか分からなかった。だから、今できる全力を出せばいいと思った」


「はぁ……。そういうことか……。まあ、でも、助かったよ。ありがとう、ティアリーズ」


「そんな……。大したことはしてない……」


少し照れた表情でティアリーズが言う。こういう顔をしていると、とても可愛いんだけどな……。


「でも、魔力を使いきって大丈夫か? 歩く力は残してるよな?」


「それは大丈夫。魔法はしばらく使えないだけ」


「そうか。それなら、早く帰ろうぜ。俺たちが湖畔を焦土にしたなんて、バレたら厄介だからな」


俺は曖昧な笑みを浮かべて言った。正直言って、ティアリーズの力が意味不明だ。今ある全力を出したら、湖畔が焦土になりましたって、どう考えても普通じゃない。しかも万全とは程遠い状態で。ティアリーズが狙われているのはこの力が原因なのか……? だったら、この場を離れないといけない。


「分かった」


ティアリーズの返事を聞きながら、俺は薬草の入った麻袋を担ぐ。ティアリーズも俺と同じようにして、麻袋を担ぐが、少女の身長では、麻袋を担いでいるのか、麻袋に担がれているのか分からない。


「おい! そこの二人! その場から動くな!」


今から帰ろうとした時だった、俺たちの背後から、警告を発する男の声が聞こえてきた。

 


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