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路銀

      ― 1 ―



俺がロンドワースの森を出て、最寄りの街に到着したのは昼前のことだった。


片田舎の街だが、それなり人はいる。土地が豊であるというのも、人がいる理由だろう。


ただ、如何せん、王都から遠い。しかも、街の先に進んでも広大な森と山脈があるだけ。交易路としても使いにくい場所にあるから、発展はしていない。


それでも街には冒険者ギルドがある。


冒険者ギルドというのは、要するに仲介所。主な仕事は魔物の討伐だが、危険な場所に生えている薬草を取りに行ったり、山賊が出る山を越えて荷物を運んだりと、まあ、危険を伴う仕事を専門に斡旋する場所だ。


依頼を受けて、各地の危険な場所に行って、強大な魔物を討伐したりする。まさに冒険をするから、冒険者と呼ばれるようになった職業だ。


俺がワイルドボアの討伐依頼を受けたのも、この街の冒険者ギルドだ。田舎だから小さいし、建物を支える木柱は一部腐っているが……。


俺はティアリーズを隠して背負ったまま、小さな街の冒険者ギルドにやってきた。


危険な仕事が多い冒険者は、血の気の多い奴が多い。職業柄、家庭を持っていない者も多いし、流れ者も多い。


そういった特徴があるため、冒険者ギルトという所の多くは、酒場と併設している。報酬を得たその場で酒を飲めるからだ。


この街の冒険者ギルドもその例に漏れない。とはいえ、今は昼前。都会の冒険者ギルドならいざ知らず、こんな片田舎の冒険者ギルドでは、昼間から酒を飲んでいる奴はいない。


いるのは冒険者ギルドの受付にいる男と、酒場の床を磨いているおばさんだけだ。


俺は、客のいない酒場を素通りすると、奥にある冒険者ギルドのカウンターに向かった。


カウンターにいる中年の男が無言で俺の方を見る。年の割には頭髪が寂しい男だ。大きな冒険者ギルドなら、綺麗なお姉さんが受け付けをしてくれるのだが、辺境の冒険者ギルドだから仕方がないか。


「ワイルドボアを一匹仕留めてきた」


俺は背負っていたワイルドボアの毛皮をカウンターに置く。


「一匹だけか?」


受付の男が不愛想に聞いてきた。


「一匹だけだ」


俺も不愛想に返す。当初の予定では、あと2~3日森に籠って、ワイルドボアを狩るつもりだったが、ティアリーズのことがあり、それもできなくなった。


「ほらよ、報酬だ。受け取れ」


受付の男は、ワイルドボアの毛皮を確認すると、報酬の金をカウンターに置いた。


俺はそれを無言で受け取る。こんな中年男に対して、楽しく会話するつもりはない。


金を受け取った俺は、そそくさと冒険者ギルドを後にした。


そして、そのまま街を出るべく歩いていく。荷物に紛れて背負っているティアリーズは全く動かない。本当にそこにいるのか疑いたくなるほど大人しい。


ほどなくして俺は街の外に出た。時刻は昼過ぎと言ったところ。雲がゆっくりと流れて、頬を伝う風も優しい。とても穏やかな天気だ。


俺は草原の街道を進む。人に会わないように、街道から外れようかとも思ったが、どうみても怪しい。普通の冒険者として行動するのが一番だ。


「まあ、こんな片田舎の街道、昼間でも往来はないわな……」


交易路としても使われていない街道だ。道はガタガタだし、所々に小さな岩もある。馬車が通るにも一苦労しそうな道だから、人影は全くない。


「ティアリーズ、大丈夫か?」


「……何が?」


俺の背中からティアリーズの小さな声が聞こえてきた。微動だにもしていなかったので、消えてしまっているのではないかとも思ったが、ちゃんといるようだ。


「いや、ずっと荷物の中に隠れてるだろ? 辛くないか?」


「問題ない。ここは暖かい。ずっと閉じ込められてきた、あの冷たくて暗い部屋に比べれば快適。それに……」


「それに?」


「この匂いは好き……。心が落ち着く匂い」


「荷物の匂いがか? 変わってるな。布と皮の匂いが好きなのか?」


「その匂いじゃない。アイクの背中の匂い。よく分からないけど、アイクの背中の匂いを嗅いでるのは好き」


ティアリーズは、そう言いながら俺の背中に顔を埋めて来る。俺は細身だから、あまり広い背中とは言えないが、小柄なティアリーズを背負う分には問題ない。


「俺の背中が?」


背中にティアリーズの鼻先を感じながら、俺は答えた。背中の匂いが好きだと言わるのは何とも気恥ずかしい気がする。


「うん……。アイクの背中の匂いが好き……。昨夜のスープの匂いとは違う感じの匂い……。ずっと、こうしていられる」


ティアリーズは鼻先をぐりぐりと俺の背中に押し当てている。なんだかくすぐったい。


「そ、そうか……」


俺は照れながらも返事をした。背負っているティアリーズの表情は見えないが、どういう仕草をしているのか想像してしまうと、その姿が可愛くて顔が熱くなってしまう。


「うん……」


なんだか嬉しそうな声でティアリーズが返事をすると、背中の荷物がパタパタと揺れた。


どうやら、ティアリーズが尻尾を振っているようだ。


「もう少しだけ大人しくしていてくれよ。次の街に着く前には下ろしてやるからな」


「分かった……」


尻尾を振るのを止めたティアリーズは、先ほどまでと同じように、じっと動かなくなる。


完全に荷物と一体化したティアリーズを背負って、俺は街道を歩いていく。


本当にいい天気だ。風が運んでくる草の匂いも、空から聞こえて来るトビの鳴き声も、追っ手から逃げているということを除けば、なんともいい旅日和なことか。


しばらくの間、俺は黙って歩き続けた。ティアリーズも何も言ってこない。ティアリーズは幼いところもあるが、今何をしないといけないかということは、ちゃんと理解している。


たまにすれ違う人もいるが、俺のことは気にも留めていない。多少多めの荷物を持っている程度にしか思われていないだろう。


次第に日が傾き始める。俺から伸びる影は長くなり、景色が橙色に染まっていく。


そして、赤い夕陽も徐々に沈んでいき、夜の闇が覆いだす。


その日は街道の脇で野宿。昨日焼いたワイルドボアの肉の残りを食べる。カチカチに固まったワイルドボアの肉だが、ティアリーズは口をモグモグとさせながら食べていた。歯は丈夫なようだ。


次の日の朝からは、ティアリーズに外套を着せて一緒に歩くことにした。外套についているフードを頭からかぶれば角は見えない。


ティアリーズの翼も折りたためば、厚さは気にならず、尻尾は外套に完全に隠れてしまう。そもそも、俺の外套だから、ティアリーズには大きい。


この日も朝から天気が良い。順調に街道を歩いていくと、午前中にはブルームという街に着くことができた。


土を均した道路に煉瓦造りの家々。街の外れには風車が見える。この辺りの田舎にしては、そこそこの規模の街だ。行きかう人もそれなりに活気がある。


大きな街には劣るが、いくつかの商店もあるため、旅の支度をするには申し分ない街と言えるだろう。


「というわけで、ここでお前の装備も整えたいところなんだが、先立つものがない」


「うん……」


ティアリーズは俺の顔を見ながら返事をした。俺の外套に包まってはいるが、その下に着ているのはボロ布の服。これから長い旅になるかもしれないのに、それでは先が思いやられる。


「だから、冒険者ギルドで一つ仕事をしていくことになる」


俺はブルームの街にある冒険者ギルドの前でティアリーズに説明をしてやった。できることなら、すぐにでも服を買ってやりたいところだが、その日暮らしの俺には厳しい。


「分かった。私も手伝う」


ティアリーズはどこか気合の入った瞳で俺を見てくる。まあ、期待はしていないが、手伝いくらいはさせてみようか。


「よし、それじゃあ、行くぞ」


「うん」


俺はそう言って、ティアリーズと一緒に冒険者ギルドに入っていった。


ブルームにある冒険者ギルドは、午前中ということもあり、仕事を探しに来ている人がちらほら見られた。


魔物の討伐の張り紙やらが壁に掲げてある。俺はそれらを見ながら、短期間で金になる仕事を探す。


「ブルームの守衛の代役、二カ月……そんなに滞在するつもりはないな。こっちは、コボルトの集落の討伐か……。中規模の討伐隊が編成されて、一カ月はかかるか……」


俺は張り出されている依頼を一つずつ見ながら考える。どれも金にはなるが、その分、時間がかかる依頼だ。


「ねえ、アイク。これは?」


ティアリーズが何か見つけたようで、背伸びをして一枚の張り紙を指さした。


「これか――えっと、エンダル湖の湖畔に生えている薬草を取って来るのか……。こういうのは相場が安いからな、新米中の新米がやるような仕事――ッ!? 一袋1000G!?」


俺は目を疑った。薬草を取って来るなんて、冒険者じゃなくてもできる仕事だ。それこそ、街娘が行って取って来ればいい。依頼するにしても一袋100Gが相場だろう。それが10倍の1000Gときた。


俺は、すぐさま張り紙を持って、受付に向かった。ティアリーズも一緒に着いて来ている。


「なあ、これどういうことだ? 一桁間違ってないだろうな?」


単純な記載ミスかもしれない。だが、本当に一袋1000Gなら、今日中に片付けられるし、必要な金も手に入る、美味しい仕事だ。


「ああ、それはな。大丈夫だ、間違っちゃいない」


ブルームの街にある冒険者ギルドの受付は、小太りの中年男性だった。俺の質問に対して軽い口調で返してきた。


「薬草取りに行くだけだぞ?」


俺は念のためもう一度聞いた。


「そうなんだがな。問題があるんだよ」


「問題?」


「ああ、エンダル湖の周辺には、シギソウなんかの薬草が自生してるんだがな、どうやらジャイアントスパイダーが巣を作ってるみたいなんだ……。そいつの子が大量発生してしまって、それで、薬草を取りに行った人が襲われてな。今年は、全然薬草が入ってこない。そんな状況だから、どんどん値が上がって、この値段というわけだ」


受付の小太り男は丁寧に説明をしてくれた。


「ジャイアントスパイダーの討伐は?」


「当然、依頼は出してる。だが、元の数が多くてな。まだ完全に駆除できたとはいえない状況さ。駆除に行った冒険者も怪我をするから、薬草の需要の方が多くて、全く足りていない状態なのさ」


「なるほどな……」


大量発生したジャイアントスパイダーを駆除するために、傷を負って、それを治療するために薬草が必要だが、その薬草自体を取りに行けていない。悪循環だな。


「この仕事なら、私にも手伝える?」


話を聞いていたティアリーズが声をかけてきた。


「お嬢ちゃんも行くのか? まあ、薬草を摘むだけなら問題はないだろうがな……。兄ちゃん、この子も連れて行く気か?」


受付の小太り男がティアリーズの質問に答えた。言っていることは、確かにそうだろう。


「一応な……。危なそうならすぐに帰る」


「そうか……。まあ、あんたらの事情に口を挟むつもりはないさ……。ところで、お嬢ちゃんの髪は銀色なんだな。この辺りじゃ見かけない色だけど、どこの出身だい?」


フードから覗くティアリーズの銀髪が珍しかったのだろう。受付の小太り男が興味を示した。


「ああっと……。その髪な……。生まれたての時に病気に罹ってな……。それ以来、色がこのままなんだ……」


俺は適当に作り話をして誤魔化す。俺もこんな銀髪見たことねえよ。


「私、病気じゃない」


俺の説明にティアリーズが口を挟んでくる。


「ああ、そうだな。病気じゃないよな」


俺は微笑んで返した。これで、病気だと認めたくない妹と、それに合わせる兄といった風に見えるだろう。


「行くなとは言わないが、無理はするなよ。ジャイアントスパイダーが危険なのは分かってるだろ?」


受付の小太り男が忠告をしてきた。その忠告自体はありがたく受け取っておく。


「ああ、それは分かってるさ……」


俺だって、ティアリーズを危険に晒すつもりはない。ただ、一緒にいない方が危険だから、仕方なく連れて行くしかないだけなんだ。




      ― 2 ―




アイクとティアリーズがブルームの街を出て、エンダル湖へと向かってから、数刻の時が過ぎた頃。


太陽の位置からすると、時刻は昼過ぎといったところか。


田舎にあるブルームの街の中を、鎧を着た一団が到着した。二の腕の所には十字架の装飾がある重装鎧だ。肩からなびいている赤いマントにも大きな十字架が描かれている。


腰にはロングソードを携え、金属製の鎧をガチャガチャと鳴らしながら、街の中で整列する。数は総勢40人から50人といったところ。


整列した一団の前には一人の男が立っていた。年齢は30代後半くらい。無精ひげを生やし、長い黒髪は雑に束ねられらている。おそらくこの一団のリーダーだろう。


「ロンドワース周辺を虱潰しに探したが、依然として見つかってはいない。つまり、例の少女がこの街にまで来ている可能性がある。まずは情報収集からだ。各班、この街を調べつくせ。どんな些細な情報でも全て私に報告しろ。以上だ。散会」


リーダーと思わしき人物が低い声音を上げる。口調はきつく、冷たい声だ。


整列している一団は、この号令に合わせて、一斉に右の拳で左胸を叩いた。命令を受諾したという意思表示だ。そして、すぐさま少人数のグループに分かれると、街のあちこちに散らばって行った。


ブルームの街の住民は、その様子を訝し気な顔で見ていた。


そこそこの規模がある街とはいえ、王都から離れた田舎の街だ。そんな街の中に、どうしてテンプルナイツ、しかも騎士階級が来たのかと、不思議に思っていた。






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