追っ手
― 1 ―
「おい、貴様! ここで何をしている?」
松明を持った男が一人、俺の所に近づいてきた。
「野宿だよ。見たら分かるだろ?」
俺は目を合わさずに男を観察した。身なりは鎖帷子の軽装備、腰には剣を帯びている。二の腕には十字架を模した紋様が見える。
(教会の従士か……? 何でこんなところに……?)
教会直轄の騎士団、テンプルナイツ。人数は多くないが、精鋭揃いの騎士たちだ。そのテンプルナイツには階級があり、精鋭なのは騎士階級のこと。その下には、騎士のために雑用をする従士という階級がある。
ここに来た男は、その従士のように見えた。
「こんな所で野宿だと?」
従士らしき男は訝し気に聞いてきた。
「俺は冒険者だからな。街でワイルドボア討伐の依頼を受けて森に入ってる。そこにあるのが今日の獲物だ。夜が明けたら処理して、街に戻る」
俺はぶっきらぼうに、解体途中のワイルドボアを指さした。今日食べる分の肉しか取っていないので、まだ原型は留めている。
「冒険者か……。ということは、この辺りの森でワイルドボアを狩っていたということだな?」
「そうだが?」
「この辺りで少女を見かけなかったか?」
「少女?」
俺はあからさまに不審そうな顔で返した。
「……ああ、少女だ……。銀色の長い髪をした少女がこの辺りにいるはずなんだが。貴様は見かけなかったか?」
俺の態度に動揺したのか、従士らしき男の声が大人しくなった。
「どこかのご令嬢か?」
俺は予め考えておいた回答を口にした。従士らしき男が翼や尻尾のことを言わなかったのは、余計な詮索をされたくないからだろう。
もし、ドラゴニュートのことを口にしていたら、もっと不審な顔で返してやろうかと思っていたところだ。
「いや……。見てないならいい……」
従士らしき男は、収穫がないと見るや、踵を返して森の中へと消えて行った。
俺はその後ろ姿を見送りながら考える。
(ティアリーズを探しているのは間違いないだろうな……。この辺りに、銀髪の少女なんて、他にいるわけがない……)
ただ、気になることはある。教会の人間が関与している可能性だ。
俺は、邪教がドラゴニュートの少女を使って、ろくでもない儀式をしようとしているのだと推測していた。
今でもその考えは持っている。だが、そこに現れたテンプルナイツの従士らしき男。ただ、確証はない。テンプルナイツの従士という根拠は、二の腕の十字架だけだから、いくらでもカモフラージュはできる。邪教の信徒がテンプルナイツになりすましている可能性もある。
(だけど、こんな辺境の森だ……。中央の管理が届いていない教会が、好き勝手に何か企んでいる可能性もあるな……)
そもそも、俺は教会というものを信用していない。神の言葉やらお告げやらを掲げて、世界の平和やら人々の安寧やらのために金を巻き上げて私腹を肥やしている。
末端の教会は、まっとうな信仰の下に、人々のために祈りを捧げて慈善活動をしているのだろうが、上の方に行けば行くほど、私利私欲に塗れているのが、教会というものの実態だ。
俺は松明の光が完全に見えなくなっても、まだ警戒を解かなかった。鳥たちがまた騒いでいるからだ。
ここでようやく、妙なざわつきの原因が分かった。ティアリーズを探してる奴らが、森の中を動き回っているからだ。
静かな夜の森の中を、何人もの人間が、松明片手に動き回っていては、鳥たちも騒ぐというもの。鳥たちだって火は嫌いなのだから。
俺は、しばらく鳥たちが静まるのを待った。鳥たちのざわめきは次第に遠くなっていくのが分かる。
それで追っ手の位置が凡そ判断できた。
「……もういいぞ」
俺は背中越しに声をかける。
すると、もぞもぞと外套の中からティアリーズが出て来た。
ティアリーズの追っ手が迫っていると感づいた俺は、荷物を処理中のワイルドボアの方へと固め、外套を被せた。
ぱっと見た感じでは、荷物と獲物を一まとめにして、作業をしやすくしているように見える。
その中にティアリーズを隠したというわけだ。
俺の演技力も相まって、追っ手の男は疑うことなくこの場所を去っていった。
「ありがとう……。助かった……」
まだ怯えた表情をしているティアリーズだが、礼を言う余裕はあるようだ。
「いや、これくらいお安い御用だ」
俺はティアリーズに微笑みかけた。
「――と言っても、まだ安心はできないだろうがな……」
俺は表情を引き締めて、改めて言った。追っ手を一人やり過ごしただけ。どれだけの数がティアリーズを追いかけているのかは分からない。
あちこちで鳥たちが騒いでいたことを考えると、10人――いや、20人はいるだろうか。
「どうしたらいい……?」
再びティアリーズが不安そうな顔になる。こんな顔を見せられては、放っておくわけにはいかない。
「今、森の中を動くのは怪しまれる。夜が明けるまではここで野宿だ。ティアリーズは、さっきと同じ様に荷物に紛れて隠れていてくれ。朝になったら森を出る」
俺はざっと考えた計画を伝える。あくまで一冒険者として振舞って、やり過ごすのが一番だろう。
「それから、どうするの……?」
「追っ手はしばらくの間、森の中を探し回るはずだ。だから、さっさと森を抜けて、別の地域に行くのが得策だ」
「アイクは、一緒に……来てくれるの……?」
ティアリーズは不安げに俺を見ている。おそらく、今日見た中で、一番不安そうな顔だ。
「ああ、一緒に行くよ。どうせ俺は流れ者だ。家なんて物はとっくになくなっている。この国に未練なんてない……とは言い切れないが、個人的な理由で、この国を出ることは考えてたところだ」
俺は曖昧な言葉で返した。俺の個人的な事情はティアリーズには関係ない。それに、食事の食べ方も知らなかった奴を一人放り出すなんてこと、俺にはできない。
「そう……」
「……どうした?」
俺の返事を聞いて、ティアリーズが俯いてしまった。何か心配させるようなことでも言っただろうか?
「なんて言えばいいのか分からないけど……。この辺りにあった、重たい物が消えていった感じがする……」
ティアリーズはそう言いながら、自身の胸の辺りを擦った。
「そうか、重たい物が消えたなら良かったじゃねえか」
俺は笑いながら返す。
「良かった……。うん、良かった。まだ、なんて言えばいいのか分からないけど、軽くなったっていうか、嫌な物が流れていったっていうか……。そんな感じがする」
ティアリーズの表情が柔らかくなる。ずっと独りでいたせいか、今の感情をどう表していいか分からないでいるようだ。別に上手く言葉にする必要はない。その顔を見れば何を思っているのかは想像がつく。
「よし、それじゃあ、今日はもう寝ろ。夜明けから動くからな」
「分かった」
ティアリーズは軽快に返事をすると、頭からすっぽりと外套を被って、荷物の中に隠れてしまった。
一度覚えたことはちゃんとできるようだ。
「超絶世間知らずなのが問題なんだけどな……」
俺はそんなことを思いながら、焚火に木片を放り込む。
朝になってからワイルドボアの処理をしようと思っていたが、それでは遅い。
今から、毛皮を剥いでおかないといけない。肉の大半はここに捨てて行くしかなさそだ。
「そういえば、夕飯をほとんど食べてなかったな。今、焼いて食うか」
俺はワイルドボアの皮を剥ぐ作業と同時並行して、肉を焼いた。明日の朝にも食べる分として、少し多めに焼いておく。
「朝一から、猪肉っていうのはどうかと思うが……、まあ、いいだろう。食べれるだけ食べておこう」
俺は誰ともなしに独り言ちると、黙々と作業を続けた。
― 2 ―
空が白みだすと、朝靄が森の中に立ち込める。
俺は焚火を前にして、せっせと処理した毛皮を畳み、焼き過ぎた猪肉を一口頬張った。
「硬ってえ……」
火を通し過ぎて、硬くなったワイルドボアの肉を頬張りながら、俺は愚痴を溢した。一睡もしていない状態で食べたい料理ではない。
「うぅ……」
そんな文句を言っている時だった。背後から寝言のような声が聞こえてきた。
「起きたか? ティアリーズ」
俺は背中越しに声をかける。
「うん……」
まだ寝ぼけた声で、ティアリーズが返事をしてきた。
「とりあえず水でも飲んで目を覚ませよ」
俺は革製の水袋を渡してやる。
「…………?」
ティアリーズは渡された水袋を不思議そうに見ていた。
「ああ、そうか、これも分からないか――これはな、こうやって飲むんだよ」
スプーンの使い方すら知らなかったのだから、水袋を渡されても分からないのは当然か。俺は手本に水袋から水を飲むジェスチャーをしてみた。
俺の動きで理解したのだろう。ティアリーズは、水袋に口を付けると、ゴキュゴキュと飲みだした。
「ぷはー。これは凄い……。私の中を何かが満たしていく」
「水分だな」
朝一番に飲む水が美味いのは確かだ。体中を潤してくれる感覚というのは俺もよく分かる。
「それとティアリーズ。これも食べておけ。食べ終わったらすぐに出発する」
俺は比較的焼き過ぎてはいない猪肉をティアリーズに渡してやる。
「あと、悪いけど、俺がいいって言うまではずっと荷物の中に紛れていてもらうが、大丈夫か?」
「だいひょうふ」
やはり硬かったのか、ティアリーズはもごもごと口を動かしながら返事をした。『大丈夫』と言っているようなのでよしとする。
猪肉を食べ終わった後、俺は荷物と一緒にティアリーズを背負う。その上から外套をかけ、更にその上にはワイルドボアの毛皮を乗せた。
多少、多めの荷物には見えるだろうが、ワイルドボアの肉を運んでいる風には見えるはずだ。
こうして、俺はティアリーズを背負って、ロンドワースの森を出ていった。