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宝石

      - 1 ―




「ティア! すまなかった……。俺のミスだ……」


オーゼンが去った後、俺はティアに駆け寄って声をかける。ティアに怯えている様子はないし、怪我をしている様子もない。手荒な真似はされなかったようで安心した。


「アイクのせいじゃない。私もどうしていいか分からなかった……」


ティアは伏し目がちに言って来た。何もできずにいたことに自責の念を感じているのだろうか。


「いや……。ティアに問題はなかった……。俺がもっと、自分達が置かれている状況を考えておくべきだった……」


そうだ。俺達は逃亡中の身だ。相手は教会。しかも、テンプルナイツを動かせるほど上位の者。司祭以上の位だろう。そんな奴から狙われているという自覚が足りなかった。


「アイクが謝ることじゃない……。ただ……」


「ただ?」


「……匂いを嗅ぎたい」


ティアはそう言って、俺の胸に飛び込んできた。ギュッと服を掴んで、俺の胸に顔を埋めている。


「お、おい……。どうした……?」


ティアは俺の胸の中で大きく息を吸っている。言葉通り、匂いを嗅いでいるようだ。ただ、こうもあからさまに匂いを嗅がれるというのは、気恥ずかしいところがある。


「もうちょっとだけ……」


「お、おう……」


「……ふぅ。少し落ち着いた……」


ティアはまだ俺の胸に顔を埋めているが、どうやら一定の満足は得られたようだ。ただ、何がしたいのかよく分からない。


「おう……。そうか、良かったな……」


「うん。良かった……。教会でアイクと離れた後、部屋に一人でいる時、急に体が冷たくなった……。どうして、そうなったのか分からなかった……。出された食事を食べれば治ると思ったけど、体は冷たいままだった……。そうしたら、動けなくなった……」


オーゼンがティアを連れ去ろうとした時、ティアが抵抗しなかったもう一つの理由というか、原因がこれだろう。


おそらく、また一人になったことで不安になり、体が動かなくなったんだ。オーゼンはそれを、眠り薬が効いていると勘違いしたということだ。


「一人にして悪かった……。好きなだけ匂いを嗅げ」


「うん……」


ティアは一言頷くと、俺の胸に鼻を押し当ててくる。俺はそっとティアの頭を撫でてやった。フードから見えるティアの銀髪。ふんわりと香ってくるティアの匂い。それは、ほんのりと甘い香りだ。俺もこの匂いが好きだ。心が落ち着く匂い。


「もう大丈夫。堪能した」


しばらくすると、俺の胸の中からティアが離れる。月明かりに照らされた顔は、どこかご満悦の様子。


「そうか……。それなら、もう行くぞ。ここに長居する必要もないからな」


「待って、アイク……」


「なんだ?」


ティアはまだ何かあるのだろうか。できることなら、教会からは早く立ち去ってしまいたいのだが。


「シャドウビーストはどうなったの?」


ティアは真剣な眼差しで訊いてきた。


「ああ、あれか。あれはな嘘の情報だったんだ」


「嘘の情報……?」


「ああ、ティアを捕まえるために、オーゼンと自治会の男が手を組んで仕組んだ罠だった」


「そうなの……。だったら、仕事は……」


ティアはとても残念そうにしている。旅の資金を手に入れるために仕事を探していて、都合よく見つけた依頼がブラフだったのだ。気を落とすのも無理はない。


「その代わりと言ったらなんだが、これを見てみろ!」


俺はオーゼンから貰ったサファイアを見せた。綺麗な青色をした宝石だ。


「これは……?」


「サファイアっていう宝石だ。希少価値が高くてな。売れば、シャドウビーストの討伐報酬どころじゃない。これでも俺は元貴族だからな、宝石の価値は分かる。これは質も良い石だ。見れば分かる」


腐っても元貴族。宝石の類は子供の頃から見たことがある。そして、サファイアも見たことがある。その特徴的な青さが美しい宝石だ。


「そう……。良かった。これでお金が手に入る……。これで、あの串焼きが」


ティアはニタニタとしながら言っている。気にしてたのはシャドウビーストのことじゃなくて、豚の串焼きの方か。欲望が駄々洩れた。


「明日になったら換金するから、その後に買ってやるよ」


シャドウビーストは出現していなかったのだから討伐報酬はないが、代わりにサファイアを手に入れた。これを売れば、シャドウビーストの報酬どころの話ではない。当分の間、冒険者ギルドで仕事をする必要がなくなるほどだ。




      - 2 -




「カイヤナイトだな。2,800Gで買い取らせてもらう」


次の日の午前。俺はティアを連れて、ハルタートの街にあるアクセサリー専門店を訪れていた。そこで、オーゼンから謝罪の証として受けとった宝石を売りたいと話をしたわけなのだが……。


「はあ!? 2,800G!? そんなわけあるか!」


アクセサリー店のカウンターで俺は声を上げていた。30,000~40,000Gはくだらない宝石が、十分の一以下の値段で買い取るとか言われたら、声も上げたくなるものだ。


「カイヤナイトだからな、そんなわけなんだ」


だが、アクセサリー店の店主は、淡々と言ってくる。恰幅の良い柔和な顔の男だが、値段の付け方はシビアだ。


「カイヤナイトってなんだよ? これはサファイアだぞ!」


俺も退くわけにはいかない。昨日は散々騙されてきたのだ。この店主も、高価なサファイアを二束三文で買おうとしている可能性がある。


「これがサファイアなわけないだろ。どう見てもカイヤナイトだ。本物のサファイアなら、光に翳すと直線の帯が見えるんだよ。それに、もっと透き通った色をしてる。これはカイヤナイトだ」


店主にそう言われて、俺はまじまじと青い宝石を見た。言われてみれば、確かに透明度が低い。


「これは……。サファイアじゃない……?」


「そうだ。カイヤナイトっていうのは、サファイアと同じ青い宝石なんだけどな。質の良い物となると、素人では見分けがつかない場合もある。まあ、これは一目でカイヤナイトって分かるけどな」


「う、嘘だろ……」


「嘘だって言うなら、他を当たってみな。あんた、騙されたのかもしれないが、カイヤナイトっていうのは、特段貴重な宝石でもない。3,000G以上で買い取ってくれるところがあるなら、それで売った方が賢明だ。持ってても意味はない」


アクセサリー店の店主は、俺の持つ宝石には特に興味を示していない。いや、これは俺を騙すための方便かもしれない。俺はもう引っかからない。


「分かった……。他を当たってみる……」


俺はこの宝石がサファイアであると信じて、他の店を探すことにした。陽の光の下で見る、この青い宝石は確かに濁っているが……。


それから、俺達は数件の店を巡った。返って来た答えはどれも同じ。『カイヤナイト』。知るかそんな宝石。


すでに日が傾きだしている。俺は諦めて、3,200Gでカイヤナイトを買い取ってくれる店に売った。


項垂れる俺をティアが見ている。ティアの目にはどんな風に見えるのだろうか。昨日、『俺は元貴族だからな、宝石の価値は分かる。これは質も良い石だ。見れば分かる』とか言っていた男の姿は、さぞ滑稽に見えることだろう。


「アイク……。私考えたんだけど……」


「ああ……」


「こういう時って、何も言わないという優しさがあるんじゃないかって思う」


「おう……。その通りだ……」


その優しさに気が付いたのなら、そのことも言わないでほしかった。


「でも、お金は手に入った。3,200Gがどれくらいの価値なのかは分からないけど、足りない?」


少しだけ心配そうな顔でティアが見て来る。金に困っているっていうのは、分かってるからな。ここで俺が項垂れてたら、そら心配もするだろう。


「いや、大丈夫だ。期待してたほどの金は手に入らなかったが、最低限必要な分は確保できた」


確かにティアの言う通りだ。金は手に入った。カイヤナイトの元手はタダだ。損をしたわけじゃない。とは言っても、3,200G程度では、すぐに仕事を探さないといけなくなる。


「それならいい……」


ティアはまだ何か言い足りないのか。俺の方をじっと見つめている。


「ああ、そうか……。約束の豚の串焼きを買わないとな。余裕で買えるから安心しろ」


丁度、俺も小腹が減ったところだ。一本50G程度の豚の串焼きを買うくらい、何の問題もない。


「うん! アイク、あそこに店がある!」


ティアが嬉しそうに指さす方を見ると。丁度屋台があるのが見えた。カイヤナイトを売るために、商店街を歩いていたのだから、屋台くらいあって当然か。


「分かってるよ。買ってやるから付いて来い」


「うん!」


俺が微笑むと、ティアは満面の笑みで返してくる。本当に可愛い。


俺は屋台で豚の串焼きを二本購入し、一本をティアに渡してやる。


大振りにカットされた豚から漂ってくるのは、焦げた油の匂い。それだけでも食欲をそそる。そして、一口頬張る。


一口齧ると、中からジュワッと肉汁が出て来る。軽く振られた塩と、豚の甘味が口の中一杯に広がり、焦げた所が香ばしくて美味い。


「んんんんんーーーーーーッ!!!」


同じく、豚の串焼きを一口食べたティアは、その場に蹲り悶絶している。拳を強く握り締め、ギュッと目を閉じて、呻き声を上げている。


「美味いか?」


俺は、その様子が面白くて、ついつい笑いながら訊いた。


「す、凄い! これは、凄い! 口の中が洪水みたいになってる! なんなのこれ!?」


肉汁の洪水か? 美味さの洪水か? よく分からなけど、凄く美味しいということだろう。


「豚の肉を焼いただけだ。さっきから、豚の串焼きって言ってるだろ」


「これが……。豚の肉……。知恵の宝珠の中にも『豚』というのがある。でも、それは母が父に対して怒る時に使う言葉……」


おい、魔王。娘にどんな知識の残し方してるんだよ。っていうか、竜王も『豚』とか言われて罵られてるんじゃねえよ。勇者の強敵としてのイメージを壊すんじゃねえよ。


「お前の両親の事情はいい……。それ喰ったら、食料の補給に行くぞ」


「分かった」


ティアは豚の串焼きを頬張りながら返事をした。こうして、ティアの嬉しそうな顔を見られて良かった。もし、俺が騙されていることに気が付かなかったら、今頃は手遅れになっていただろう。


そう考えると、これからの行動はより慎重にしないといけない。俺は今回の件を肝に銘じておくことにした。



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